「雨のちセミ」
雨ばっかりの日が終わったと思ったら、たくさんのセミの声が聞こえてきたよ。
夏ってさ、外に音がいっぱいだよね。セミだけじゃなくてさ、色んな虫の声が聞こえるし、学校だってじゅぎょう中に「わあっ」とかさ、ほかの季節には聞こえてこないプールからの声が聞こえたり、チリンチリンってちいばあちゃんの家から風鈴の音がしていたり。
夜だって、虫だけじゃなくて、どーんっておなかがビリビリする花火の音だって聞こえちゃう。あと大人の女の人がはいてるカランコロンっていうゲタの音とか、ペタンペタンっていうゾウリの音もする。
ぼくもソラも、いっぱい音を出しちゃう。ばしゃばしゃって水の音、ポリポリってキュウリをかじった時の音、チュルチュルってそうめんの音。そんな楽しい音がいっぱいの夏がやってきた。
そうそう、今年の七夕は、学校で短ざくにお願いごとを書いてササの葉っぱにつるしたんだ。でもさ、雨だったんだよね。ちゃんとお願いきいてくれるかな。かなったら、来年の七夕に「ありがとう!」って書こうってソラと決めてるんだけど。
でもねえ、ちょっぴりソラとお願いがちがっちゃったんだよね。
「かわいい弟がほしい」これがぼく。
「かわいい妹がほしい」これがソラ。
本当はどっちでもいいんだけど、ぼくとソラって双子だから、お兄ちゃんってよんでくれる家族がほしいんだ。同じマンションのようすけ君みたいにさ、弟からお兄ちゃんってよばれたら、すんごくうれしくなっちゃうと思うんだ。
6月にさ、お父さんにしかられた時、ソラと二人で思ったんだよ。もっと家族がふえると、きっともっと楽しくなるよねって。だからこないだのたんじょう日、ロウソクの火を消すときも、おんなじお願いをしたんだ。弟か妹を下さいって。
お父さんやお母さんにはないしょ。だって、ちいばあちゃんにこっそり教えたら、
「うーん、こればっかりは、さずかりものだからねえ」
って、言われたんだよ。さずかりものってなあに? って聞いたぼくたちに
「ん? ちょっとむずかしかったかい? ええとねえ、神さまやほとけさまが下さるって事だね。人の力だけではかなわない事なんだね」
「「ふうーん」」
わかったようなわからないような、へんてこな気持ちになったけど、神さまとかにお願いしてみようってソラと話し合ったんだよ。ひょっとしたら、聞いてくれてるかもしれないじゃん?
ぼくとソラは、空海っていう、えらいおぼうさんと同じ日に生まれたんだって。えらいおぼうさんだったら、神さまとかほとけさまとかに、ぼくたちのお願いを届けてくれるかもしれないからさ、空海っていう人にお願いしてみたよ。ずっと昔の人だよって、ちいばあちゃんが教えてくれたけど。
おんなじ名前だから、聞いてくれてるといいねえって、ソラと話してるんだ。空海さん、よろしくね!
夏休みに入って、朝はラジオ体そうだし、学校でプール教室もあるし、宿だいもすんごくたくさんあるし、モリモリできる野菜は取りに行かなきゃだけど、泳げるようになったからプールは楽しいし、まっかなトマトもクネクネキュウリも何もつけなくたってそのまんまでおいしいんだよ!
宿だいは……ねえ、なんで「夏休みの友」なんて名前のドリルなんだろう。あれってぜったいに友だちじゃあないよね?
「プールに行く前にやってしまいなさい!」
なあんてお母さんに言われてさ、ソラと二人で朝ごはんのあとは、毎日ドリルやってたんだよ。今日やっと終わったけど。まだまだ工作とかあるんだよねえ~。それとさ、自由けんきゅう。何やろう。あ~あ、ぜんぜんうかばないよ。ソラはさ、工作はもう決まったんだって。いいなあ~。ずっと前に雪で作ったレース会場で思いついたって言ってたよ。
8月になったら、遠くに住んでるひいおばあさんのお家に行くんだけど、
「それまでに終わらないと、おるすばんだからね!」
って、お母さんが言ってたから、がんばらなくっちゃ。ひいおばあさんは、もう88才になるんだって。ぼくやソラが赤ちゃんの時に、きてくれたみたいだけど、ぼくたちぜんぜんおぼえていないからさ、すごく楽しみにしてるんだ!
「カイ? プール行くよ~!」
「わかった! ちょっとまって、ソラ!」
*「雨のちセミ」おわり*
※空海の誕生日は、7月27日と言われています。