Dクラス戦、決着
「――ああ、頼む」
話札を胸にしまった足尾宗正は、二〇畳ほどの畳部屋の中心にあぐらをかいている。
その部屋には彼しかおらず、一人で将棋を打っていた。
パチンと飛車を動かして、宗正はいう。
「成り。王手飛車取り」
晴光という飛車を動かした宗正は、相手の飛車、そして角将、桂馬、香車にあたる精鋭部隊を取った。
次に落とすのは、金・銀将の固めた守りの奥に潜む神社神玉――王将だ。
しかし、それまで飛車を取られないよう他の駒で牽制するのもまた、指揮官である宗正の役割である。
胸からとりだした話札に、「武蔵野圭壱」と呟いた。
『小隊長、武蔵野だ』
「今、晴光が精鋭部隊を倒したみたいだ。もうそちらに現れるだろう。それからの動きは――わかってるな?」
『ああ、わかっているさ。酒呑のヤツが一刻も早く神玉のもとへたどり着くよう、全力でサポートするぜ』
バリンとガラスが砕けたような音と共に、Dクラスの張った結界が崩れ落ちた。
「ありがとう、キミは最後の仕事をよくやってくれたよ」
毘沙門天にへし折られた、柄だけの剣とは呼べない代物を優しく撫でて、晴光は左手に展開した陰陽陣にしまうと共に、新たな剣を陰陽陣より取り出した。
「さぁ、最後の仕上げだ」
目の前にはDクラスの本拠地である擬似神社『紅星』。
「もらうよ、キミらの神玉」
結界が破られたという異常事態に驚きつつ、Dクラスの面々が晴光の前に立ちはだかるが、しかし。術のことごとくをたった一本の剣によって無効化され、足止めすらもできずに突破される。
擬似神社の敷地内に晴光は一人入っていった。
「――王手」
パチン。
将棋盤から、駒を置く際に生じる乾いた音。
足尾宗正は成った歩兵、桂馬、香車を巧みに駆使して相手の駒を牽制しつつ、飛車のみで敵陣を攻めた。
飛車のみで敵陣を攻めるなどと子供のような攻め方をしていると思われるかもしれないが、彼の場合は逆だ。この程度の相手ならば、他の駒を動かすまでもない。
『…………』
そのような負け方をしたにもかかわらず、相手方からは悔しさを表す呻きも、落胆によるため息も聞こえない。ただ、淡々と無感情に述べる声が響いた。
『あなたの勝利です』
そんなもの、見ればわかる。
宗正は眠たげに頭を掻き、大きく欠伸をした。
眠気を噛み締めた後、目の前にある陰陽将棋セットを片付け始める。
この将棋セットはいわばテレビゲームのようなもので、僅かな陰陽力によって昨日する将棋盤だ。ゲーム同様、コンピューター対戦も通信による対人戦も可能である。
今回は初めてだったのでコンピューターレベルを普通ぐらいに設定したのが間違いだった。正直弱すぎる。
「俺の得策を弄するまでもないか」
つぶやいた時だった。
大きな笛の音が鳴り響き、霞森を震わせた。
宗正が座る部屋の周りで女子生徒たちがざわざわと騒いでいたが、宗正はこの笛がなんたるかを知っている。
『Dクラス対Xクラス、決着。Xクラスの勝利。繰り返す、Xクラスの勝利』
それを聞き、擬似神社『黒星』のあちこちから喜びの声が広がり始めた。
「流石だよ、晴光」