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現代陰陽師・臨の章  作者: 九尾
最強の二人
8/9

望月右京

「最後、キミだ」

 振るわれた剣を、右京は咄嗟に胸から取り出した呪符で五芒星の特殊障壁を創り出し、防ぐ。

「――なるほど、キミがDクラスのトップってところかな」

「確かに、Dクラストップは私ですが――」

 あなたには、到底及びはしない。

 言おうとした右京だったが、すんでのところで言葉を飲み込んだ。

 相手が自分より上だからといって、それを認めていいわけがない。諦めず、立ち向かうことこそが今の自分のすべきことだろう。なにより、その思いこそが右京にとっての勝利につながるのだから――。

 右京は呪符の一種、『発火』と書かれた起爆札を地面に叩きつけ、小さな爆発を起こして晴光を引かせようと試みる。

 何か、起こすか――――?

 察した晴光は、右京の狙い通り咄嗟に後方へ退いた。

「――(オン)

 その隙に、右京は祝詞を唱えはじめる。

 この呪文は、右京自らを勝利へと導くもの。

不空遍照尊よ(アボキャ・ベイロ)大印を有する尊よ(シャノウ・マカボダラ・摩尼と蓮花の光明をマニ・ハンドマ・ジンバラ・差し伸べたまえハラバリタヤ・ウン)。」

 この呪文は、右京の信じる『最強』を誇示するもの。

「――(オン)吠室羅縛拏野(ベイシラ・マンダヤ)――」

 右京はさらに胸から取り出した呪符をばらまき、その呪符が右京によって操作され、新たに形創る。

 そして巨大な陰陽陣を構成し、最後の言葉を紡ぐ。

「――成就せよ(ソワカ)!」

 最後の祝詞により陰陽陣よりなにかが召喚されたが、先ほどの起爆札が巻き上げた砂煙にその正体は隠されている。

「へぇ、創造型の――」

 呟いた晴光は、ギリっと歯を食いしばり、本気で剣を振るった。

「――ッ!」

 けれど足りず、右京の方向より突き出された何かに吹き飛ばされる。

 数メートルほど空に舞った後、すたりと大地に足をつけた。手に持った剣を見ると、柄より先はポッキリとへし折れていた。

「やるね、キミ。ぼくの足を一時的とはいえ地から離すなんて」

 顔を上げた晴光が睨んだのは、右京ではなかった。晴光の注意は右京の隣――憤怒の形相とも言える守護神にある。

「創造型式神。毘沙門天です」

 創造型式神――毘沙門天を背に、右京は言う。

 そもそも、式神と呼ばれる陰陽師の使役する存在は、大きく分けて二種類ある。

 一つが、契約型。妖怪と契約し、妖怪の力を借りる代わり、妖怪の望むモノを何かしら与えることで使役することを許可される。しかしこれには人と妖怪、互いのメリット及びデメリットが大きく影響されるため、あまり一般的ではない。

 もう一つが、この右京が使用している創造型式神。この式神には実体がなく、契約型のように大きなデメリットはない。そのため、多くの陰陽師の式神はこちらになる。創造型は『己の信仰する存在』そのものを陰陽力によって創造するため、力の消費が並みではないが、式神の能力が己の想いの強さに依存することから、精神力が強いものほど大きな力を発揮する。『己の信仰する存在』が強いと信じるほど強くなる、反則とも言える陰陽師の切り札だ。しかしその反面、己が勝利を信じられなくなったときの脆さは言うまでもないだろう。さらにいえば、操作するのは式神を操作する者になるので、式神を操作している間は本体が弱点になることが多い。

「あなた、酒呑晴光と言いましたか。確かに生身としては恐るべき身体能力ではありますが、私の毘沙門天の前ではどうでしょう」

 戦国時代、かの軍神とよばれた上杉謙信に憑依したと言われるのが、毘沙門天である。現在目の前にあるのは右京の使役する創造型式神、その強さは右京の精神力に左右されるものではあるが、乱世に軍神とまで呼ばれるその実力は如何なものか。

 考えると、晴光は己の血がたぎるのを感じた。

「いいね――いいね、キミ。ぼくも、この姿での本気を遠慮なく出せそうだ」

「それは僥倖です。私もまた、あなたが相手であればいつも以上に力が出せそうですよ」

 ――瞬間。

 やはり先に動くのは瞬発力、身体能力の秀でた酒呑晴光。

 彼が疾走を開始した直後、右京もまた凄まじき判断力で毘沙門天を操作する。

 柄だけになった剣を逆手に持ち替えた晴光の拳と、毘沙門天の拳が激突した。

 片や5メートルほどの巨体を持つ、創造型式神・毘沙門天。対するは、身長百六十ほどの生身の少年。

 勝負の結果は火を見るよりも明らかに思われたが、しかし――。

 ――メキ。

「――!」

 ――メキメキ。

 先に悲鳴を上げたのは、晴光ではなく毘沙門天の拳の方だった。

 軋みの後、ピシリと毘沙門天の拳にヒビが入り、砕ける。

「ぼくの勝ちだ」

 勝利の笑みが、晴光の口もとに浮かんだ。

 本来、創造型式神は絶対の存在であると多くの陰陽師は考える。己の創造型式神が相手よりも強いと信じる限り、どこまでも強くなるためだ。しかし逆に、心のほんの片隅でも絶対の存在を信じられなくなることがあれば、創造型式神は紙のように脆くなる。

つまり、創造型式神に勝つには何か一つでも創造型式神より優位に立てばいいのだ。少しでも勝る所があれば、術者が己の式神に自信を失う。もともと術者が創造する式神は、己の最強と信ずる存在だ。それが無敵ではなかったと知れば、術者も式神も機能しなくなる――ハズなのに。

「まだ、終わっていませんよ!」

 己の信じる最強の拳が目の前で打ち砕かれたというのに、右京の瞳は闘志を失わず、それどころか砕けてはいない左拳を振るった。

「――え?」

 サイズの違いからか、これ以上は耐えられないと悟った晴光はすぐさまその場を離れる。

 けれど動揺が大きかったのか、避けきれない。晴光の胸を拳が掠る。

 毘沙門天の拳を砕かれた今、右京に戦う意思はなくなると甘く見た己のミスだ。

 晴光は唇を噛み締める。

「軍神の拳はキミの自信と同義であると思ったのだけど……。まさか、(じしん)を砕かれて尚ぼくに攻撃するとは――キミ、とんでもない精神力の持ち主だね」

 創造型の式神、その片腕を奪われても未だ式神の存在を維持していられるとは。

 創造型式神の片腕を奪われて――攻撃手段の破壊という致命的とも言える傷を負わされて尚式神を維持する陰陽師など――負けを認めない陰陽師など、聞いたことがない。

 驚きに目を丸くする晴光に、目を細めて苦しそうな呼吸で右京は言う。

「私の信ずる毘沙門天、そう簡単には堕ちません」

「でも、次でその毘沙門天も――堕とす」

 確固たる自信を持ち、晴光は軍神を倒すと宣言する。

「できますか」

 確固たる自信を持ち、右京は軍神は不落であると信じる。

 しかし、これほどの精神力を持ちながら何故彼はDクラス程度の位に甘んじているのか。ふと、晴光は疑問を感じた。

 自分の位階がどのレベルなのかは知らないが、かなり高い方だと自負している。その己と一時的とはいえ彼は対等に渡り合っている。そもそも、創造型式神を使用する陰陽師の中でも、この精神力はトップクラスだろう。Bクラス並みの実力は最低でも備わっていると思うのだが。

 考えていると、右京が口を開いた。

「ちなみにですが、私の陰陽力はあまり多くない。おそらく次の一撃が最後になるでしょう。しかし、その一撃で必ずあなたを沈める」

 それを聞いて、晴光はなるほどと思う。

 まだ彼が創造型式神を召喚して十数秒だが、既に式神を召喚しているだけの力がなくなりかけているらしい。

 強力な切り札と成り得る創造型式神だが、それを使用するだけの陰陽力は他の陰陽術の比ではない。特にこの毘沙門天、強力すぎるが故に多大な陰陽力を消費するし、術者である右京のもともとの陰陽力が少ないのだろう。

 いくら強力と言っても、一〇秒二〇秒しか使えない陰陽師は実践では役には立たない。それが、彼がDクラスに部類された大きな理由か。

「――ほんの刹那の最強、か……」

 面白い。ふっと笑って、晴光は柄だけになった剣を放り投げた。

「『できる、できない』じゃないよ。やるんだ」

 ほんの刹那の最強、正々堂々と破ってやろうではないか。

 グッと拳を握り、晴光は毘沙門天との距離を一気に詰める。

「さあ、勝者を決めよう。キミの陰陽力が尽きる前に――」

 振りかぶった拳。

「ええ、決めましょう。正々堂々一撃で――」

 振り下ろされた拳。

 一瞬ののち――激突。

 二者の拳が再度衝突した。遠慮はない、容赦もない。まして油断も、慢心もない。あるのはただ、己の勝利を譲らない、本気の衝突。

 一瞬で始まったその勝敗が決するのもやはり、一瞬だった。

 ビシリと晴光の腕が裂け、血を吹いた。しかし晴光は顔をしかめる事すらなく、右京の目をまっすぐに見つめた。

 見つめられた右京はしばらく、口を開いたままだった。

 しばらく言葉にしようとしていたが、うまく言えなかったらしい。崩れ落ちて、ようやく言葉にすることができた。

「私の、負けですか……」

 右京がやっとのことで口にすると同時に、毘沙門天の腕が砕ける。そのことから、晴光に敗北したのだと嫌でも理解できた。

 右京が負けを理解したことにより、毘沙門天――創造型式神を維持できなくなる。

 残ったのは、晴光と崩れ落ちた右京。

「私の土俵だった。時間も、距離も。それでも、勝てなかったんですか……」

 右京は呟く。

 別に聞いて欲しいわけじゃない。けれど、口から流れる言葉が止まらなかった。

「私の毘沙門天は、最強だと自負していたんですけどね。超近距離型ですし、召喚できる時間だって短い。だけど、条件を満たせばどんな妖怪にだって負けないつもりだった。私なりの精一杯だったのですが……」

 悲しげに語る右京が見つめるのは、どこまでも青い空。雲一つない、綺麗な空。

 だけどそれが逆に、右京には辛かった。

 努力しても、叶わない。足掻いても、届かない。

 それはまるで青い空。手を伸ばしても触れられず、どうしたところでたどり着くことはできない。

 右京の表情を見て、晴光はなんとなくだけれど、右京の心に触れた気がした。

 努力しても、叶わない。足掻いても、届かない。そのもどかしさが、苦しさが、晴光には痛いほど理解できる。

 かつて晴光が味わった人生の苦汁。どうにもならない、どうしようもない感情が胸に渦巻いて、何もかもが無駄なのではないかと感じてしまう。

 きっと、今の右京も同じ気持ちだ。

 その苦汁を飲み込んだからこそ、晴光は今ここに立っていられる。仲間と共に、戦える。

「やっぱりダメですかね、あんな式神じゃ……」

 苦笑した右京に、晴光はどこまでもまっすぐな目を向けた。

「キミは強いよ。これからも、もっと強くなる。絶対に。そのときはまた、ぼくの前に立ち向かって欲しいね」

 それだけ言うと、晴光は投げ捨てた剣を拾い、擬似神社『紅星』へと走った。


 晴光が目の前から姿を消すと、この場には自分ひとりでいることに右京は気付いた。

 ――。

 ポロリ。右京の目から、一筋の涙が流れる。

 努力した。親に見放され、親族にも役に立たないと言われ。それでも、距離と時間の条件さえ満たせば自分の式神は無敵だと自負していた。

 たとえ実践で役に立たないといわれても、それだけが自分の誇りだったのに。己の土俵で負けてしまった。

 自分の価値がわからなくなって。何をすればいいのかわからなくなって。

 誰にも気づかれない森の中で、右京は声を上げて泣いた。

 一体自分はどうすればいいいのかと問いかけるが、その問いは誰の耳にも届かない。

『キミは強いよ。これからも、もっと強くなる』

 その声だけが、右京の耳には確かに残っていた。


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