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現代陰陽師・臨の章  作者: 九尾
最強の二人
6/9

足尾の作戦

 

「全く……何を考えているのよ、あの教師は」

 長い黒髪を星型の髪留めで二つにまとめた、小柄な少女が呟いた。

 彼女は指揮官である足尾宗正の命令である『女の子はとりあえず待機』を無視して、クラスの敷地内である擬似神社『黒星』を抜け出し、霞森を歩いていた。

 ああ、腹立たしい。実に腹立たしい。この怒りを、一体誰にぶつければいいのか。一体どこにぶつければいいのか。

 余りに腹立たしく、また行き場のない怒りを抑えようもない。とにかく、少しでも心を落ち着けようと、森の中で安らげる場所を探して歩く。

 今現在、学力・能力ともに学校の定めた合格範囲内であったとはいえ、能力は合格基準スレスレであるため能力はさほど高くないとされるクラス――Dクラスと、学力や能力を問われずに入学を決めた、彼女のような生徒たちが所属するクラス――Xクラスとの戦闘が行われている。

 学校側からしてみれば、辛うじて入試合格ラインを満たしていたDクラスも、合格ラインを満たしているかどうかすらわからないXクラスも、学校の底辺であることに変わりはない。それ故に、担任教師もあれほど雑にクラスの指揮官を決定したのではないだろうか。

 確かに学校側からしてみれば、今行われているのはただの底辺クラスの実習だろうと思う。けれど、たかが実習とはいえ自分にとっては大切な戦いなのだ。にもかかわらず、自分のクラスの指揮は遅刻常連の生徒に任されている。

 さらに言えば、指揮には前衛・後衛とそれぞれ二人任命されるのだが、そのどちらもが遅刻常習犯であるのだ。

 彼女でなくとも、不満が募るのも当然だ。

 そのうちの一人、前方指揮官・酒呑晴光。

 身長は百六十ほどで、男子生徒にしては低め。外見は、女の子と言われても違和感を感じない程度には可愛らしいものだ。女物の服を着ていれば、誰も男だとは思わないだろう。また、制服を着崩している様子はなく、パッと見ると真面目な生徒だ。

 しかし、だ。この間も、お菓子が切れたからと買いに行き、学校に遅刻していたようであるし、その内面はとても評価できたものではない。

 彼は学校を――否、陰陽師を何だと思っているのか。今はまだ陰陽師見習いといったところだろうが、おいおいは人々を救う立場に立つ。お菓子を買っていたから人々を助けることができませんでした、などという言い訳が通用する世界ではない。人の命がかかっているというのに。

 けれど、そんな彼も百歩どころではないが、一万歩ほど譲れば許せなくもない。いや、許せたものではないのだが、その彼よりも許せない人物がいる。

 全体及び後方指揮の足尾宗正である。

 まず、金髪。次にピアス。着崩した狩衣に胸からだらしなくぶら下げたサングラス。女の子にばかり声をかけ、ナンパばかりをしているゴミクズ男。陰陽師以前に、人間としてどうかと思う。人類の底辺とは彼のことをいうのではないか。しかもなんだ、一部の女子生徒らがあのような不良に黄色い声を上げているのがまた鬱陶しい。

「そもそも、あの作戦自体が有り得ない!」

 ああもう!

 やり場のない怒りから唇を強く噛み締めつつ、少女――安倍華夜は先ほどの作戦会議とすら呼べない雑談を嫌でも思い出してしまう――。


 ――――。

 ――――――――。

「――お前たちの指揮を取ることになった、足尾宗正だ」

「同じく、酒呑晴光です」

 今回のクラス対抗神社神玉争奪戦の対戦表が発表されたのは数日前。クラスの代表者が呼ばれ、くじ引きを行った結果作られた対戦表である。

 試合は一日一試合ずつ行っていくトーナメント方式で、彼らの所属するXクラスは初日より試合が始まるようだ。

 試合に出場するクラスは、Aクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラス、Xクラスの五クラスである。ちなみにSクラスの生徒は現在妖怪討伐の任に当たっているため、不参加である。

 そのうち第壱試合がDクラス対Xクラス、第弐試合がAクラス対Bクラスという形になった。一つ余ったCクラスは、トーナメントでいうシードで、彼らは一度勝つだけで優勝となるのだから、非常に幸運であったと言えるだろう。

 つまり、Xクラスが優勝するためには第壱試合でDクラスを打ち負かし、第参試合にておそらく第第弐試合を勝ち抜いてくるであろうAクラスを打倒し、そしてCクラスを倒さなければならないのだ。

「まぁ、アレだ。今回の相手は俺らよりも少し強いだろうと目測されているDクラス。さほど差が開けているとは思えねぇ。小手調べとでも思って、気楽に行こうや」

 キミ達は気楽でいられても、華夜は気楽ではいられないのだけれど――。

 内心毒づきながらも、「んで、俺の計画した作戦だが――」と言葉を続ける宗正の言葉に耳を貸す。

「とりあえず、女の子は全員俺と同じ後衛な。神社でお留守番だ。やっぱ、俺の周りは華やかじゃないといかんからな」

 うむうむ。と腕を組み、宗正は深く頷いた。

 対する華夜は、作戦内容を聞いたそばから耳を貸したことを全力で後悔し、かつ今までに類を見ないほど絶望した。

 自分の周りを華やかにするためだけに、この男は部隊編成をしたとでも言うのか。

 有り得ない。指揮官にあるまじき行為だ、権力の悪用だ。

「ちょっと待ってよ、宗正!」

 そこで、もう一人の指揮官である酒呑晴光が声を張り上げた。

「それじゃあ、ぼくの周りが男だらけになってしまうじゃないか!」

 宗正のそれは計画として成り立たない、そう指摘するものかと思い期待した華夜だったが、

「前衛にも女の子を希望!」

 しかし、その一言に呆気なく裏切られ、総ての希望を打ち砕かれた気分になる。

 指揮官はどうも、己の損得しか考えていないようだった。

 ああ、これでは勝てるわけがない。頭を抱えた華夜を含む半数ほどの生徒たちは思考を停止した。

 そのため、残り半数の頭のよくない生徒たちと、宗正らが繰り広げた会話を彼女ら半数ほどの生徒たちは知らない。


「まぁ待て、よく考えろ晴光」

 前衛にも女の子が欲しいといった晴光を、宗正が宥める。

「女の子を前線に回すということは、女の子を危ない場所に行かせるということだ。女の子が怪我をするなど、俺は断じて許さん」

「う………」

「それによく考えろ、前線で活躍すれば女の子にいいトコ見せられるぜ」

「やるよ!全力で敵地に突っ込むよ!」

「オーケー、頼んだぜ晴光」

「頼まれるよ!」

 などと上手く晴光を躱し、宗正は右手に丸めていた大きな紙を広げる。

「次、小隊の発表だ。野郎共には、基本的に五人一組で行動してもらう」

 宗正が広げた紙は、大きな地図。

 それぞれ『紅星』『黒星』と表記された二つの神社が中心として描かれており、部隊編成、配置、進路などが簡潔に記されていた。

 真面目な生徒たちの意識は既に作戦にはなかったし、賢くない生徒たちの視線は部隊編成などに集められたため、Xクラスの生徒たちが気付くことはなかったが、戦いの部隊となる霞森の地面状況や、木々の生え方。また、今までの戦闘によるためか、木々が抉れて周りを眺めやすい位置や、逆に木々が邪魔して視界が悪い場所。しまいには擬似神社『紅星』『黒星』の内部構造までもが網羅され、ありとあらゆる情報が乗せられていた。

 よくぞここまでの地図を作り上げたものだ。教卓から眺める美祢が感心していると、女子生徒の一人が「あれ?」と鎌首をもたげた。

「どうした?」

 宗正が問うと、他の生徒たちもおかしくないかと口々に言い合い、ほかの生徒たちも 『それ』に気付き始める。

 それはミス。それも、陰陽道に関してさほど詳しくないはずの彼らですら一目で見抜いてしまうほどの、致命的なミス。

「なぁ、足尾。聞いてもいいか?」

「なんだ?」

宗正の作った地図のミスを、男子生徒の一人が口にする。

「さっき五人一組が基本とかって言ってたが――酒呑の部隊だけ一人じゃね?」

 そう。晴光以外の全員は、後衛の女子生徒も含め五人一組……最悪でも四人一組に収まっているというのに、彼一人だけが、孤立していた。

けれど、そのミスを「そんなことか」と言わんばかりに宗正は笑った。

「ああ、それな。上手く部隊のバランスを取ろうとしたんだが、どうにも綺麗に揃わなくてな」

「一人で大丈夫なのかよ。しかもこの地図を見る限り、酒呑一人が最初に敵の擬似神社に突っ込むじゃないか。それも、援護も何もないのに」

 まるで神風特攻じゃないの。

 五人組の部隊を四人にして、酒呑の部隊に誰かを入れないと。

 そうだね、じゃあ誰を入れようか――?

 みんなが晴光の部隊に誰を入れるか話し合いを始めた時だ。

「お前ら、なんか勘違いしてないか?」

 宗正が呆れたように言った。

「それじゃあ、余計に部隊の均衡がとれなくなるだろうが――」


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