神社神玉争奪戦、始まる
晴光らが属するこの学校、新平安区第三南陰陽師学校では、クラスの分け方が他の陰陽師学校とは大きく異なっており、実習の形もまた、他とは異なる特徴を持つ。
そもそもこの学校のいう『クラス』というのは、日本語で言う『組』という意味と『位階』という意味の両方を含んでおり、一定の基準によってクラス分けが行われる。
一般入試を受ける際に、通常の学力だけでなく陰陽術を使用した試験があるが、その陰陽力の大きさ、使用可能な術や式神、使用呪符など、どの程度使いこなせるか、どの程度のレベルのモノを使用できるかと、日本政府が設けた一定基準ごとにクラスを分けるのだ。
――Dクラス。学校試験の中では合格点ギリギリの最低位階である。
――Cクラス。そこそこの実力を持ち、学生としては平均的な実力であるとされる位階である。
――Bクラス。ある程度優秀であるとされ、現役陰陽師の現場を見学することを許されている位階である。将来的にこの位階まで上がることができれば、陰陽師教師としての道を歩むことも可能だ。
――Aクラス。かなり優秀、後方支援の任務とはいえ、現役陰陽師と共に仕事を行えるレベルであり、将来有望であるとされるエリート位階である。陰陽師教師を目指すのであれば、将来的にこの位階以上の実力が理想とされる。
――Sクラス。所属する生徒が数十年に一度とまで言われ、その実力は現役陰陽師と同等かそれ以上とされる。紛れもない最高位階であるが、現在所属している生徒は一名で、その人物は妖怪退治の任務に当たっているため神社神玉争奪戦には不参加である。
以上の5クラスの他に、Xクラス―――通称『推薦組』という特別クラスがある。
このクラスは文字通り推薦入学によって学校に入学した生徒たちであるが、一般入試とは異なり陰陽術を使用した試験が行われないため、合格基準に関係なく入学できる。それ故、多くの生徒は一般入試に比べて陰陽師としての実力が乏しいものが多く所属している。
陰陽師志望の多くの入学生たちは、推薦で入学することはしない。
クラスを分けられることで己の力がどの程度のものであるのかが理解できるし、なにより、クラス対抗戦の際に極力強いメンバーと共に戦いたいという気持ちがあるからだ。
結果、XクラスとDクラスの間には例年大きな実力差が生まれる。
つまり、晴光らが所属するXクラス―――推薦組は、新平安区第三南陰陽師学校において、最弱の地位であるDクラスにも劣るとされる底辺クラスというわけだ。
そして現在――。
『現時刻より、Dクラス、及びXクラスによる神社神玉争奪戦を開始する』
Dクラスとの戦いが、始まった。
ザザザザザ――。
草をかき分け、木々の間をすり抜け、森の中を走り抜ける。時には地を蹴り、幹を蹴り、枝を蹴り、しかし着実に前方へと突き進む。
走る彼は狩衣を纏った人であるが、しかし獣のようでもあった。また、獣のようでありながら、どこか美しさをも兼ね備えている。それはさながら、森を走り抜ける妖精のようである。
走る脚を止めることなく突き進む彼は、自らの懐へ右手を忍ばせると、一枚の札を取り出した。
その札に向けて、「足尾宗正」と唱える。
すると、札から足尾宗正との文字が浮き出した。
「前線指揮及び特攻部隊隊長、酒呑晴光。定期報告」
森を走り抜ける彼――酒呑晴光は、札に向けて言い放つ。
『呼応』との文字が刻まれたこの札は、話札と呼ばれるものだ。遠くにいる仲間への情報伝達手段として用いられる、携帯通信機器ならぬ携帯通信紙である。
この話札は、例え地球の裏側であろうと、札を持つ双方の陰陽師の陰陽力が尽きない限りは声が伝わるという優れものだ。消費する陰陽力などは極端に少ないし、当然ながらお金もかからない。雑音すらも入らない。それ故、現役陰陽師はもちろん、陰陽師見習いを含めた陰陽師の実に十中八九が、携帯電話やスマートフォンなどという文明の利器をかなぐり捨て、この話札を使用する。極希に携帯電話などを好んで使用する者もいるらしいが、それもほんの少数の機械マニアのみである。
『後方指揮、足尾宗正だ』
話札より、宗正の声が聞こえる。
「今のところ、敵との遭遇はないよ。このまま前進予定。なにか問題は?」
会話する二人は、いつものようにおちゃらけた雰囲気ではなかった。
日常的に彼らを見ている者たちからすれば、まるで別人を見ていると錯覚するほどの変わりようである。何が違うとは上手く表すことはできないが、しかし何かが明確に違うと断言できるほどの変化がそこにある。
今までの座学や練習ではない、勝敗を決する戦いがそこにあるからだろうか。
『現在、お前の進行方向に敵影十。――問題は?』
「――ない」
『……だろうな。んじゃ、とりあえずそいつらの一掃を頼むわ』
最後の方、いつもの調子で離した宗正の声を聞きいた晴光は「了解」と呟き、話札を胸にしまった。
「待たせたね。遂にぼくらの出番だよ、特攻部隊諸君」
けれど彼の言葉に答えるものは何もなく、いるかもわからない森の動物ですら、鳴き声一つ漏らさない。
「おおっと、ぼくの部隊は部隊であって部隊ではなかったね」
そう、彼の部隊は部隊と称されながらも、部隊とはとてもではないが言えるものではなかった。何故なら――。
「――ぼく一人の部隊なのだから」