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現代陰陽師・臨の章  作者: 九尾
第一章 二人の少年
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呉越同舟

 チャイムが鳴った。

 朝のSTと呼ばれる時間だ。

 この時間内に着席していなければ遅刻としてみなされるのだが、彼ら二人――酒呑晴光と足尾宗正の姿は教室に見えない。

 彼ら二人のためにほかの生徒を待たせる訳にはいかないので、渋々賀茂美祢は口を開いた。

「――時間だ。本日のSTを始める。」

 最後にもう一度廊下に目をやるが、やはり二人の姿は見えなかった。

「昨日も述べたように、来週より、お前たちには実習を行ってもらうことになっている。これも先日述べた通りだが、実習はチーム戦が大前提となっている。そこから誰でもいい、前線指揮と後方指揮を担ってもらいたいのだが――」

 美祢が生徒の顔を見回すと、そのほとんどが美祢と目を合わせないか、目が合うと同時に目を逸らす。

 誰もが、指揮をとることを嫌がっているのだろう。

 やる気のない生徒たちだとは思うが、それもまた仕方のないことか。

 このクラスは推薦によって入学した生徒で構成されている。しかし推薦と一言で言っても、本意なく入学した生徒も少なくない。

 陰陽道というのは神道に通ずる部分もあるために神社の跡取り息子が嫌々入学することは少なくないし、精神修行の一環だと無理やり入学させられる場合もあるのだ。

 加えて、彼らはまだ入学したばかりなのである。周りの人間はほとんど知らない仲だ。そのような状況であれば、むしろ指揮を取りたいというものが少ないだろう。

 誰か、適任者はいないものか――。

 美祢が教室を見回していると、一人の女生徒が「指揮を取りたい者はいるか?」という言葉を心待ちにしているとでも言いたげな視線を投げかけていた。

 女生徒の名は安倍華夜(あべのかや)

 かの有名な陰陽師――安倍晴明の子孫の一人で、言うまでもなくこのクラスではダントツの優等生である。確かに陰陽師としての能力は優れている彼女だが、指揮能力はどうだろうか。

 安倍晴明とは平安時代に活躍した陰陽師であり、従四位下の位を授かっていたとされている。歴代の陰陽師と比べても、1位2位を争うほどの実力者であった。しかし、その性格は雲のように掴み所がなく、子供のように悪戯を好んでいたとされる。

 安倍家はその晴明の血を見事引き継いでか、実力は非常に優れているのだが、各々個性が強いものばかりだ。過度な自己中心的性格であったり、過度な引きこもりであったり、極度に空気が読めなかったり、自分の言いたいことの反対の言葉を話したり。

 とりわけ彼女――安倍華夜の義理の姉に当たる安倍美水(あべのみすい)に至っては、自己中心的性格の代表格たる空前絶後の俺様主義者で、己が中心として世界を回していると信じて疑わない。それでありながら陰陽師としての技術は言うまでもなく優れており、今世紀最大の優等生と呼ばれると同時に今世紀最大の問題児といわれている。

 その姉を代表とした安倍家の面々に比べればマシとは言え、華夜の方にも問題があるらしい。基本的には真面目で、努力家。しかし、自分が認める実力を持たない者は人として認めず、人として扱うこともしないと他の実技教師らより聞いている。

 これは陰陽道に限った話ではないが、力が優れているだけでは人はついてはこない。

 このクラスの生徒たちがどの程度認められているかは知らないが、おそらく大半が――最悪全員が彼女に人として認識されないだろう。ただでさえ指揮者としての実力が未知数だというのに。

 さて、どうしたものか――。

 美祢が頭を抱えて悩んでいた時だった。

 ガラガラと、笑いを交えて話しながら教室へ足を踏み入れる生徒が二人、ここにきて姿を現した。

「全く、いくらなんでもその量は買いすぎだろうよ、晴光」

「いやいや、昨日先生に全部没収されちゃったからさ」

 酒呑晴光と、足尾宗正の二人である。

「ま、学校に間に合ったみたいだから別にいいけどよ――……あン?」

 ここに来て、宗正は今までの朝の教室と、今の状況があからさまに異なることを感づいた。

 教師が既に教卓にいる。また、突然の何者かの侵入により、驚き半分目を逸らすための言い訳半分でこちらを虚ろな視線で見つめている生徒たち。彼らは既に席についている。

 ――まさか。

「ST、始まってんのか………?」

 宗正が自分の腕時計であるD-shockと、教室にある掛け時計とを見比べた。

 まさか、俺様のD-shockが壊れているはずがない。コイツは人間の腕力程度では傷つかないし、多少の陰陽術を受けても簡単には壊れない陰陽師用の腕の時計だ。この時計に限って壊れるなんて――。しかし思い出してみれば、今日は正門が閉まっていた。裏門から入ったはいいものの、まさか時間が来ていたために門が閉じていたのでは――。

 そこでふと宗正が思い出したのは、目の前の担任教師賀茂美祢の式神『飛礫』に晴光共々押しつぶされた光景である。――アレなら、壊れてもおかしくない。

 何度か二つの時計を見比べた後、教卓に立ち、不自然なまでに笑顔を浮かべる教師の顔を見た。

「あ、あははは……」

 乾いた笑いを苦笑いと共に吐き出して、すぐさまキリリと表情を整えた。

「美祢ちゃん!」

 どうしたのさ、宗正。なにも理解していない晴光が問いかけてくるが、無視。

 すると、やがて晴光も時計を見たのか、それとも空気を察したのか、美祢を見た。

 笑顔で何も言わない美祢だが、その奥には「まさか、今日も連絡もなく遅刻するとは。お前たちには体罰だけでは足りないかな?」とでも言いたげな何かが潜んでいるのを感知した。

 その状況下で真っ先に動いたのはやはり、酒呑晴光ではなく足尾宗正である。

「美祢ちゃん、これは違うんだ!昨日お菓子没収されたのもあって、晴光のヤツが『ぼくに足りないものはお菓子、お菓子、お菓子、お菓子、お菓子、お菓子――そしてなによりも、お菓子が足りていないんだッ!』などとぬかしてたんだが、それでも一人でお菓子を買いに行くのは嫌だって――」

 宗正の意図を完全に察したのだろう。晴光も負けじと声を張り上げ始めた。

「宗正、ぼく一人のせいにするつもりか!だいたいぼくはついて来てなんて一言も言ってないだろ!お菓子屋さんの店員さんが可愛いからって、宗正が勝手について来たんじゃないか!しかも、店員さんをナンパしてたせいでレジに余計な時間がかかったし――」

「――言いたいことは、それだけか?」

 晴光が言い終わる前に、美祢の圧倒的な威圧が教室を沈黙に追い込んだ。

 素早く空気を察した晴光と宗正は、同じく素早く両膝を折って床に付け、頭を下げた。

 いわゆる土下座の姿勢である。

「「すんませんしたぁああっ!」」

 昨日に引き続き遅刻した上に、自分だけは罰を逃れようと仲間をも売ろうとしたのだ。これは殺されるかもしれない。思う二人だったが、美祢の口からは予想もしない言葉が発せられた。

「そうだな……。遅刻した罰として、お前たちがクラス対抗争奪戦の指揮を取れ」

「え?」

「は?」

 言ったあと、宗正は美祢に聞こえないよう小声で晴光に話し始める。

「なぁ晴光。アレ、ネタか?」

「正直、ぼくが聞きたい」

「ホントだったら、めんどくっせぇなぁ」

「てゆうかさ。宗正はともかくぼくに指揮なんて無理でしょ……」

 その時、教室のどこかで舌打ちの音がしたが、二人は気づかない。

「どうした二人共。やるのか、やらないのか?」

 有無を言わせぬ美祢の態度に、二人は恐怖と申し訳無さから「ノー」などと言えるわけもなかった。


         ☆


「――さて、このクラス対抗争奪戦について説明しよう」

 美祢が色々と説明を述べているが、聞いているものがこの中にどれだけいることか。

 思いながら説明を受ける足尾宗正は、隣の少年に目をやった。

 すぅすぅと寝息を立てる晴光はやはり、既に聞いていなかった。

神玉争奪戦(しんぎょくそうだつせん)

 担任教師、賀茂美祢は言い放つ。

 神玉争奪戦?

 多くの生徒たちが首をひねらせる様子を見た彼女は、「コイツら、入学時に必読であると配った説明書すらも目を通していないのか」と頭を抱えつつ、説明することにした。

「学校の裏には諸君らも知っての通り、霞山(かすみやま)、及び霞森(かすみもり)と呼ばれる山と森があるだろう。この森の中には二つの擬似神社『紅星(あかぼし)』と『黒星(くろぼし)』が設置されている。神玉争奪戦を行う各二クラスは、己の神社を守護しつつ、相手の神社を攻める。言ってしまえば、規模が大きなサッカーやバスケットボールのようなものだ。もっとも、ボールは無ければ、ゴールにボールを入れ合うという生易しい勝負でもない」

 じゃあ、どうすれば勝ちなんだ?

 などと、初歩的な疑問をざわざわと相談し始める生徒たちに、一瞬息が詰まる。

 そんなことも知らずにこの学校で生活して、何を学んできたのかと問いかけたくなったが、美祢は既のところで耐えた。

 一度深呼吸を行い、呼吸を整え、勝利条件について話そうとした時だ。

「――勝利条件はただ一つ。『相手方の神玉を奪う』。それだけだ」

 教室の片隅、石畳の上で正座をしている生徒が口を開いた。

 遅刻してきたために不真面目に思われがちだが、知識量のみならば人一倍多く、また座学ではトップクラスの彼――足尾宗正だった。

「……話を続ける。そこの足尾の言うとおり、勝敗は『敵神社の神玉を奪うこと』により決する」

 神玉というのは、擬似神社に配置される宝石の一種だ。

 擬似神社である『赤星』と『黒星』の文字通り、赤と黒の神玉が存在する。この神玉を取り合うことが、サッカーやバスケットボールでいうゴールの奪い合いの役割を果たすわけである。

 この神玉、常に微弱な気を放っているために、陰陽道を少しでもかじっているものであれば、どんな初心者でも感知が可能である。そのため、味方陣営の神社に神玉を隠し、神社に結界を貼りつつ拠点として、相手方の神社へ乗り込み神玉を奪うというのが基本的な戦術となる。

「補足しておくが、神社には結界だろうと罠だろうと、仕掛けられるものであればなんであろうと仕掛けることが許される。ちなみに実習中は我々学校側が配布する『守護符』の使用を義務付けられるからな。この守護符があれば、本来ならば致命的なダメージになるようなものでも、よほどのことがなければ気絶程度で済むようになっているから安心しろ。また、戦闘に必要な武器ないし呪符などは持参を許可されている。借りる者は少ないだろうが、校内の武器庫に保存されているものも使用が可能だ。ただし、校内のものは学校の所有物となるため、壊してしまった際には弁償という形になる。陰陽術については、禁忌とされている呪術以外であるのなら総ての使用が許可されている。何を使ってもらっても構わない。思う存分、己の力を振るうがいい」

 言い終わった美祢だが、話を聞いていた生徒も聞いていなかった生徒も、理解しているのかいないのか、どこか呆けた顔をしていた。

「――あぁ。そういえば……」

 ならば、せめて少しはやる気を出させてやろうと、美祢は一言付け加える。

「優秀な成績を収めたクラスには褒美がある。今回は確か、一定期間学食のデザートが食べ放題だったか」

「やったぁ!」

 所々で女子生徒たちが喜びの態度を見せる中で、教室の隅に設置された石畳からは不気味な笑い声が漏れていた。

「ククク……はははッ――はははははははははは!……食べ放題だってさァ宗正!」

 声の主。その正体は、遅刻の件で宗正同様石畳に正座させられている晴光だ。

デザートが食べ放題と聞いて目を覚ましたらしい。

「晴光、よだれ出てんぞ」

 ついでに言えば、目も血走っている。

 黙ってさえいれば、男の宗正でも可愛いと思う容姿の晴光であるが、飲食物が絡むと恐ろしいまでに豹変することがある。特に、お菓子などが絡めばほぼ間違いなく豹変する。現に今、彼の瞳には今まで見たことがないほどの闘争心が渦巻いている。

 食べ物の恨みは恐ろしいというが、それに関して彼ほど恐ろしい存在もそうそういない。

「――ああ、それとな」

 続いて美祢は、思い出したように言った。

「優秀なクラスは乙姫(おとひめ)先生が特別講義をしてくれるとかなんとか……」

『はいキターーーーーァアア嗚呼あゝああ唖々嗟呼嗚ああああああああ!』

 絶叫したのは、宗正だけではない。どうやら、このクラスの男子ほとんどが美祢の一言に反応したらしい。

「乙姫先生だって……?」「この学校一の美人教師じゃねぇか!」「ボン、キュ、ボンで有名な乙姫先生の授業が受けられるだと……ッ!」「オレはやるぞぉっ!」「絶対勝つ!」

 神社の跡取りがこのクラスには多いのだろうか。頭を丸めた坊主たちがひしめき合い、やる気を出している。

「っしゃあ、お前ら!」

 そのやる気に触発されたのか、自らを縛っていた縄を引きちぎり、宗正は高々と叫んだ。

「ここは呉越同舟といこうや!俺がお前らを勝利へと導いてやる!絶対勝つぞ、野郎ども!」

『オオーーーーーーッ!』

 ある者は、学食のデザート食べ放題のために。またある者は、自らの欲求を視覚より満たすために。推薦組の生徒たちは一致団結とまではいかないにしろ、『勝利』という一つの同じ目的がため、燃え上がるのだった。



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