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現代陰陽師・臨の章  作者: 九尾
第一章 二人の少年
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動き出す二人


    第一次急急如律令(だいいちじきゅうきゅうにょりつりょう)


 魑魅魍魎が跋扈すると言われた平安時代より、安倍晴明・蘆屋道満ら有名な陰陽師を筆頭にして密かに行われてきた妖怪退治。妖怪、その存在は政府によって徹底的に隠蔽され、多くの人々に知らされることがなかった。

 妖怪というのはそもそも、人の『恐怖』により生まれる存在である。

 かつての人々が恐れを抱いたモノの大半は暗闇で、それだけに妖怪の種類はまだ少なかったとされている。しかし、この明かりを自由に使用できる現代に於いて、人々の恐怖は既に暗闇などではない。明かりという工業の発展に伴って生まれた、人間同士の醜い抗争である。

 愚かにも人々は己の幸せのみを求めるようになってしまっただけに、実に多くの妖怪が生まれてしまったのだ。

 そして、歴史に大きく名を残す事件によって妖怪という存在が明らかになる。

 晴明神社包囲事件。一九七三年。京都にある、陰陽師安倍晴明を祀る神社・晴明神社に魑魅魍魎が包囲するという前代未聞かつ空前絶後の大事件が発生した。現れた妖怪ほとんどが地獄に住まう鬼どもで、晴明神社に祀られているという晴明秘術伝を狙ってどこからか大量出現した。この年が特別な年であったのか、黄泉の国とつながったかの如く鬼が溢れ出し、京の街はたちまち大混乱に陥った。

 妖怪の存在を隠しきれなくなった日本政府は、公に妖怪の存在を発表した。また、妖怪の驚異から人々を守るために第一次急急如律令(これは陰陽師の祝詞の一つである急急如律令――『急ぎて律令の如く成せ』の意味をとったもので、端的に言えば妖怪を滅せよという法令である。)を発令する。これにより、もともと天武天皇らが極秘とし独占されていたとされる陰陽術を世間一般に広げ、数が少なかった陰陽師の数を増やそうと動きを強めたのが一九七八年である。


――陰陽師歴史学 五拾六ページより抜粋。


 晴光らが所属するここは、新平安区第三南陰陽師学校と呼ばれる場所だ。

 学校などと公言しているが、学ぶのはもちろん一般人が想像する『一般教養』などというものではない。この場所の目的はただ一つ。学校名から推測できる通り――陰陽師の育成である。


「おい――おい、聞いているのか酒呑」

「え?――あ、その、はい、聞いてます!」

 がさがさと、お菓子の袋に埋もれた教科書を発掘した晴光は、口についたチョコレートを、ぺろりと僅かに乾いた舌で舐めとった。

「な、なんですか先生!」

「ちゃんと話を聞いていたのか?」

 その問いに、授業の片隅で聞いた言葉を必死で思い出した。

「き、聞いていましたよ!急急如律令の話ですよね!」

 ほう、少し感心した美祢は、聞いていたか再度確かめるべく、頭の中で問題を考えた。

「それでは問題だ。20年前に発令された急急如律令だが、その発令後に創設された最初の陰陽師育成学校は?」

「――ぅえ」

 顔を青ざめさせた晴光は、助けを求めようと隣の宗正を見るが、彼は完全に机に突っ伏して動かない。

 ――ダメだ、寝てる。

 なんとか教科書から答え探そうとする晴光だったが、授業中は机に広げたお菓子に夢中になりすぎて、教科書が今何ページを開いていたのかも解らず、混乱する。

「――没収」

 言って、美祢が晴光の方向へ歩を進めると、周りの生徒たちもがさがさと動き出した。

 ある者は漫画を。ある者はスマートフォンを。またある者は雑誌であったり、ゲーム機であったりを隠し、必死で「自分は授業を聞いていましたよ。」というフリをする。

 別ごとをしている生徒があまりに多すぎて、注意する気も起きない。が、晴光のお菓子だけは没収しなければ、真面目に受けている生徒に申し訳がない。

「そんな、お菓子だけは――」

 懇願する晴光に、美祢は笑顔で拳を握る。

「もう一度ゲンコツをくれてやろうか?」

 先ほどの石の拳を思い出したのか、食べかけのお菓子を片付けた晴光はそのすべてをおとなしく美祢に渡した。

「まだだ。カバンの中にも入っているだろう?」

「そんなぁ……」

 泣きそうになる晴光に再び握り拳を見せると、彼は鞄を開いて持って行けとばかりに差し出した。

「いい判断だ。賢い子は好きだぞ、私は」

 お菓子を没収する美祢の目の前で、明らかに寝ていた宗正が遂に、いびきを立て始めた。

 うわぁと教室内の生徒たちのほとんどが青ざめ、唯一の教師の美祢のこめかみがピクピクと痙攣する。

「足尾!」

 唐突の大声に教室はびくりと震えるが、宗正が起きる気配はない。

「おい、足尾ッ!」

 バンと美祢が机を叩くと、宗正がガバリと起き上がった。

「――ハッ、お、起きてるぜ!寝てないぜ!まさか、美祢ちゃんの講義で寝るわけないだろぉ」

「ほう。ならば、そのヨダレはなんだ」

「あぁ、コレ?ナイスバディな美祢ちゃんのことを考えてたら、自然とヨダレが――」

「嘘を吐くな」

 呆れた美祢だが、晴光同様、このまま済ますわけにはいかないと思い、問題を頭の中で考えた。

 晴光は座学が苦手なので比較的簡単な問題を出したが、この宗正は全国的に見てもかなり上位の成績を残すほど座学が得意だ。かなり難しい問題でなければ、簡単に答えてしまうだろう。

 しかし敢えて、美祢は簡単な問題を提示することにした。

「問題だ、足尾」

「お……おう。ど、どんとこい!」

「陰陽師とは、どのようにあるべきだ」

「えと、……そうだな」

 こほん。咳払いをした宗正は、その模範とも言える回答を述べていく。

「陰陽師ってのは、アヤカシ――すなわち妖怪から人々を守る存在だ。第一次律令が発令されてまだ20年ほどしか経っちゃいないが、これからの未来を担う存在となるのは誰から見ても明白。それ故、妖怪を滅するだけではなく、……まぁ、アレだ。警察官みたく、他の人々から模範とされるよう務めるべきである――と、こんな感じかな?」

「よろしい。足尾はもちろん、諸君も人々の模範となるよう勤めてくれ」

 授業中に寝ていた自分に対する皮肉か……。

 宗正は思うが、確かに授業中爆睡していた自分が悪いことは自覚しているので、「以後気をつけます」と述べた。

「解ればいい」

 美祢が手に持った教科書を閉じるとほぼ同時、授業終了のチャイムが鳴り響く。

「これで今日の授業は終わりだ。お前たち、STの準備をしておけよ」


        ☆


「そういや、次遅刻したら朝飯抜きだって寮長が言ってたよなぁ。今日の、遅刻に入んのかなぁ。明日から飯抜きになったらどうするよ」

 金髪ピアスが問うけれど、話し相手は夕暮れのどこか遠くを見つめていて、話を聞いていないようだった。

「来週――か」

 酒呑晴光と、足尾宗正。二人が学校から帰る中で、晴光は呟く。

 来週からはクラス対抗神社神玉争奪戦(しんぎょくそうだつせん)を行う。それ故、クラスの指揮官の候補者を決めておけ。

 帰りのSTで担任教師、賀茂美祢から伝えられた今後の連絡はそれひとつだ。

 その一言に多くの生徒が不安を隠せずにいたが、一部の生徒はその事実に瞳を輝かせていた。

 陰陽師学校の行う実習というのはもちろん戦闘実習のことで、これまで磨いてきた己の力を試す場である。もともと実習の多いという新平安区第三南陰陽師学校。この学校に入学して2ヶ月ほどが経過したが、ようやくこの時が来たかと晴光は緊張していた。

「ようやく、来週だね」

 STで述べられた美祢も言葉を思い出し、宗正が「ああ」と人差し指を立てた。

「実習か」

「他になにがあるのさ」

「そりゃそうだ。にしても、じいちゃんも無茶言うよなぁ。推薦組に属してAクラスを打倒せよ、なんてさ。軽く言ってくれるよな」

 笑った宗正は、晴光の肩をぽんと叩いた。



「軽く言ってくれるじゃないの、実習なんて……」

 一人になった教室。誰にも聞かれないよう呟いた少女がいた事に、気づく者はいない。

 陰陽師とはそもそも、よほど実力が飛び抜けていない限りは団体で戦闘を行うことが基本になる。相手が妖怪だろうと、人間だろうと、複数対複数という基本的な型は変わらない。

 今回の実習も、クラス対抗で行う模擬実習なのだが、少女は不安を拭えずにいた。

 授業中にお菓子を貪り食べたり、居眠りをしたり。とにかく、このクラスの生徒たちのやる気は皆無に等しいのだ。チーム戦で戦う明日の実習に、どうして今からチームワークを見いだせというのだ。無理に決まっているだろう。

終いには担任教師すらも諦め気味で、ああ、自分の人生がこれからどうなってしまうのか。不安でならない。


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