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現代陰陽師・臨の章  作者: 九尾
第一章 二人の少年
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新平安区第三南陰陽師学校

第一章新平安区第三南陰陽師学校

 

 ある朝の出来事だ。

 その日はとても静かで、気持ちのよいよく晴れた朝だった。……だった。

 表現が過去形であるのは、これから気持ちの良い朝が騒がしくなることを通行人たちが予感したからだ。

 いつものヤツらが、来る。誰かがそういった。

 ドドドドド。奇妙な音をする方向を振り向いてみればなるほど――ドップラー効果により音の高さを変えながら、獣の如くに咆吼し疾走する二つの影があった。

「――……ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお」

 人気の少ない大通りを、人気が少ないのをいいことに爆走する影。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

影が通過すると同時に風が生じ、数少ない通行人の髪や服、終いにはスカートですらも揺らす。

「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……――」

たちまち消え去った二つの影は、多くの砂埃を残していく。

その影が完全に見えなくなったとき、一人の通行人が聞いた。

「アレはなんだ?」

 疑問を聞いて、他の通行人たちは口々に己の意見を述べていく。

「妖怪か」

「獣か」

「――いや、遅刻しそうな学生だ……」

 最後の意見を聞いた通行人たちは、その服装が狩衣であったことを思い出し、ため息を吐いて絶望した。

「あんなのが、次の世代の陰陽師か……」

「日本、終わったな」

 ああ、終わった。

 神よ、我らに救いを……。

 落胆する人々の声は、風の如く疾走する彼らには届かない。


 二つの影が学校の目の前に現れたとき、チャイムが鳴り始めた。

「え、うそぉっ!早いってチャイム!」

「やべぇ、急ぐぞッ!こりゃぁ新記録になるかもしれねぇ!」

「これ以上新記録なんか叩き出したくないよぉ!」

「グダグダ言ってねぇで気張るぞ!此処が正念場だッ!」

 通行人たちの落胆などいざ知らず、遅刻を回避するために少年たちは走り続ける。

 もう少しで校門を通ろうとした時に、機械によって校門が閉められようとしていた。

「門が閉まったぁあああああああ!」

「諦めんなッ!飛べぇええええええええええ!」

 恐るべき跳躍力で閉まりかけた門を飛び越えた二人は、変わらぬ全速力で校舎に向けて走り続ける。

「大丈夫?息、切れてきてるよ!」

「うっせぇ!まだだ、まだ俺は走れんぞおおおッ!」

 呼吸はこれ以上ないほど乱れているし、既に肺は破れんばかりの重労働を繰り返している。けれど、彼らは止まらない。

 目的は異なるにしろ、一心不乱に走るその姿は、さながら親友セリヌンティウスを救うために走るメロスの如く。止まるわけには、いかないのだ。

 キンコン、カンコン。

 何度目のチャイムだろうか。いつもであれば、もう数回鳴るとチャイムが鳴り終わる頃だ。それを推測した二人は、限界近い身体にムチを打って更なる加速を求める。

 校舎へと突入した。下駄箱には履いていた草履(ぞうり)をぶち込み、すぐさまラストスパートをかける。最初からラストスパートの如く速度を上げていたため、大して速度が上がることは無かった。これこそまさに、最初からクライマックスというやつか。

「「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオァアアアアアアア!」」

 壁に張り出された『廊下は走らない』のポスターを見かけたが、

「知らないよ!」

「知ったことか!」

 と、それぞれ一蹴して走り続ける。

 キンコン……。

「うぇっ!チャイムが!」

「やっべぇ、最後の節じゃねぇか!」

 音に変化はないチャイムだが、数々の遅刻をまぬがれてきた歴戦の猛者には感覚的に理解できる。これは最後の節だ。これが鳴り止む前に教室にたどり着かなければならない。もしたどり着けないというならそれは――彼らの恐れる遅刻を意味する。

「「間に合えぇえええええええええええええええ!」」

 コ――ン。

 最後の節が鳴り終わると同時に、横スライド式のドアが教室の内側に向けて吹っ飛び、二人の生徒が教室に滑り込んでくる。

 吹っ飛んだドアはそのままガラスを突き破り、教室外へ出ていったが気にしない。

「全く、宗正がいつまでも寝てるから、ぼくまでこんな目に……」

 この学校の制服である狩衣(かりぎぬ)をまとっているが、流石に暑いのだろう、パタパタと胸のあたりを着崩して仰いでいる少年――酒呑晴光(しゅてんはるみつ)が言った。

彼はこの教室の男子生徒中でも極めて背が低く、一見女の子にも見える容姿である。女装すれば、まず間違いなく男だとは思われないだろうほどの可愛らしいものだ。

「まぁまぁ、間に合ったんだからさぁ。細かいこと気にすんなよ晴光」

 へらへらと手首を振る少年――足尾宗正(あしびむねまさ)はふぅと深呼吸して、大きく髪をかきあげた。

 ワックスによって整えられた金髪、耳から下げられたピアス、着崩した狩衣、そして胸から下げられたサングラス。明らかにこの場から浮いている。

「ま、いいけどさ」

 言って、二人は身なりを整える。

「えと……さぁーて、授業。今日も授業、楽しく授業!」

「よ、よぉし……今日は美弥ちゃんの陰陽師歴史学だ。楽しみだなぁーっはっは!」

 二人が笑顔で何事も無かったかのように自分の席に着こうとした時、後ろからがっしりと襟を掴まれた。

 二人の笑顔が凍る。

「酒呑晴光。足尾宗正。」

 静かな声が、襟を掴んでいるのであろう人物より発せられた。

「え、えと先生。あの……その、ぼくラ、席ニツカナイト……」

「そ、そうだゼ美弥チャン。お、俺ら遅刻シチャウカラ……」

 恐る恐る後ろを二人が振り向くと、長身の美女の笑顔が伺えた。

 ぴっちりとしたスーツに、藍色のネクタイ。長く伸びた黒髪は美しく、身長も170センチ近くはあるだろう。担任教師の賀茂美祢(かものみね)だ。

「よう、お前たち。チャイムが鳴り終わる頃には着席していなければ遅刻だと、何度教えれば覚えてくれるんだろうな」

 その笑顔のあまりの恐ろしさに、二人共口をパクパクと動かすばかりで何も言えない。

「ついでに言えば、今日はまた派手に壊してくれたな。教室のドアだよ、ド・ア。外に放り出した上、窓ガラスまで粉々にしてくれやがって。今日はもう最高だな。お前たち、一体誰が学園長に怒られると思っているんだ、うん?」

「あ……その……」

「えと、違うんだよこれは……」

 ぴくりと、美祢のこめかみが動いたのを二人は見逃さない。即座に黙り込んだ。

「はっはっは。そんなに怯えるな、二人共。安心しろよ」

 晴光と宗正の引きつった顔が僅かに緩むが、変わらぬ美祢の笑顔を見て再び引きつった。

「遅刻四五回連続記念だ。――今日からは更に痛くしてやるぞ」

「「ですよねぇえええええええええええええええええええ!」」

 叫び、襟を掴む腕から逃れようとする二人だったが、それを許す美祢ではない。

「陰・陰・陰。陰のち老陰より、八卦(はっけ)が、(こん)たる地の象徴。創造型式神『飛礫(つぶて)』。区間召喚、(かいな)

 美祢の口より紡がれた祝詞により、二人の頭上に五芒星を中心とした『魔法陣』のようなモノ――陰陽陣が描かれ、彼女は己の式神を召喚した。

 二人の目に見えたのは、巨大な石の塊だ。大きさは直径5mほどで、よくよく見れば拳のような形をしている。ここから推測できる結論はただ一つ。

「え?せ、先生?まさか、これ――」

「ちょ、ま、美祢ちゃんこれ体罰――」

 恐怖する二人に、今までにないほど爽やかな声を美祢はかけた。

「歯ぁ、食いしばれよ」

 二人の頭上に、巨大な石の拳が容赦なく振り下ろされた。

 一瞬悲鳴が聞こえた気もするが、それすらも石の拳が粉砕し、教室に小さなクレーターを作り出す。

「ああ、そうそう。二人にはまだ言ってなかったか。この学校では体罰が許されているのだよ」


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