コロノ山と魔獣のタマゴ――その四
俺達がコロノ村に到着したのは、夕方五時。予定より一時間早かった。
馬車から降り立つと、西の空が赤く染まり始めたくらい。日没までにはまだあと一、二時間程度ある。今から探せば、宿が取れないなんてこともないだろう。もし野宿する羽目になったら出発が三十分遅れた元凶であるロットをいびりぬいてやろうと思っていたのだが、まあ、結果オーライだ。
馬車停留所の一角に立ち尽くし、数時間ぶりの地面の感触を確かめていると、
「ふ…………ううん。ふう、疲れたー」
俺の脇でルーがウーンと伸びをし、ふっと脱力した。そして自分で自分の肩を揉みながら、
「さ、早く宿を取ろ。もう疲れたよ。お腹も減ったし」
「うむ。宿はこっちの方だ」
手元で地図を広げたロットが前方を指差す。
その指の先を見ると、民家が密集しているのが見えた。確かにそっちが村の中心部で間違いないだろう。宿があるとしたらそのあたりのはず。……というか――
「――ロット、お前、何持ってるんだ?」
「ん? これか? これはこの周辺の地図だ」
そう答えながら、ロットは冊子の表紙を俺に見せてくる。そこには紅葉した山の写真が載っており、さらにその上段には「コロノ村ハイキングのススメ」なる題目が書かれてある。
「慣れない土地だからな。地図は最低限必要だろう? ……しかし、やれやれ。お前らときたらそこまで頭が回らなかったのか? まったく、しっかりするがよろしい。私に頼ってばかりではいつまでも成長せんぞ」
ハイキング用の地図を持ってきたやつに言われたくないが……。
「ふむ。山は町をつっきって反対側にあるそうだ。どうする? 探索は明日だが、今日中に道だけでも確認しておくか?」
「えー、もう疲れたよ。早く宿に行こうよー」
ふるふると首を振りながら、駄々をこねるような口調でルーが言ってきた。
ロットは一つ頷き、
「……そうだな。まずは本拠地を設けるのが先だ。早くしないといい部屋が取られてしまうかもしれんし――――よし、まずは宿探しだ。行くぞ!」
拳を前に突き上げながら道を進み始める。ルーも「早くだらりんとしたいよー」と呟きながらそれに続いた。
俺もその決定に特に異論はなく、二人に続いて歩き出したところで、不意に、本当に不意に――
――背中に視線を感じた。
俺は反射的に振り返った。
しかし、ここはただの馬車の停留所。ならされた土の道の上に、三台の馬車が止まっているだけだ。視界は開けており、建物はおろか木の一本もない。人が隠れられるような場所などどこにもない。
それぞれの馬車の御者も馬に餌をやったり水を飲ませたりしているだけで、各々の仕事をしているのみ。こちらを気にしている様子もない。
では馬車の中や影にでも隠れているのかと気配を探ってみたが、やはり何も見つからなかった。
……何だったんだ、さっきの感じは? 確かに、誰かが俺達のことを気にしていた。この御者のうちの誰かが俺達を観察してたってのか? それとも別に誰かが――
「ダルク、何をもたもたしているのだ?」
「ダルクー? 何してるのー? 行くよー?」
すでに十数メートル先を行っていたロットとルーが声をかけてきた。
俺は慌ててそっちを振り返り、
「……あ、ああ」
そう答えつつ、しかしいくぶんの引っ掛かりと不安を胸に抱えながら、二人の後を追った。