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コロノ山と魔獣のタマゴ――その二

 魔獣というものに関して、俺はたいして詳しくはない。

 もちろん生物学の専門書を紐解けば、魔獣と普通の獣の違いについてつらつらと細かく述べられていることだろう。だが、俺はそんな文章に目を通したことなど今まで一度もないし、興味もさほどないのだ。そもそも、犬とキツネが同じ仲間であることにすらまったく合点がいっていない俺が、そんなものを読んだところで理解できるとも思えない。それに、俺の周りにそれについてこと細かに知ってるやつなんて一人もいやしない。こんなことは、常識の範疇外の知識なのである。

 では学問から離れて、一般的に魔獣というのはどういうものとイメージされているかと言うと、それはつまり「『石』を体内に取り込んでしまった獣」。十中八九餌か何かと間違えて食べてしまったんだろうが、野獣が『石』を体の中に入れてしまい、その子供の子供の子供あたりで変異が発生。特殊な能力を得てしまったと言われている。

 その能力というのは、例えば火を噴いたり、冷気を吐いたり、電撃を繰り出したり、あるいは発光したりと様々。全般的に人間にとって迷惑でしかない能力が開眼してしまっているのである。

 もちろん、元々突然変異のような形で生まれた生物。その絶対数は少ない。街中をほっつき歩いている犬や猫のように、散歩がてらに出会えるような生き物ではないのだ。会おうと思ったら、こちらから会いに行かなければ会えない。それくらい希少なのである。


 そんなわけで、俺たちはこれから赤雷鳥に会いに『コロノ山』なる場所へ赴くわけだ。


 このコロノ山。隣国の外れの方にある山で、俺たちの町から馬車で片道八時間以上かかる。つまりここへ出掛ける場合、移動だけでほぼ一日を潰してしまうのだ。

 おまけに、向こうに着くのが夜になってしまうと、宿が取れなくなってしまう。せめて夕方六時くらいには着きたい。そう考えると、少なくとも朝十時にはこの町を出なければならない。

 集合は九時。

 これくらいの時間なら、昼食の弁当を買って馬車を手配して、ちょうどいい按配だろう。俺はそう思っていたのだが、結局のところ――――時間に三人は揃わなかった。

 俺たち三人の中で朝に遅刻するようなやつは一人しかおらず、それは誰かというと、猫がにゃあと鳴くことくらいの確信を持って断言できるが、あの厚顔無恥男、ロットである。

 俺とルーは九時にはすでにギルドに集まっていたのだが、九時を過ぎても、九時十分を過ぎても、九時十五分を過ぎても、あいつが来ない。

 別にこれは驚くようなことはなく、病気なったんじゃないかとか来る途中で事故に遭ったんじゃないかとか、そんな風に心配することも全然ない。十時くらいまでは待ってやって、罪悪感の欠片もなく現れたロットを俺がなじる(結局のれんに腕押しなのだが)というのが通常パターンなのである。

 しかし今回は、そう悠長には待ってられない。野宿するか否かの瀬戸際なのである。

 

 というわけで、俺がわざわざロットの家に迎えに行くことになった。


 ロットの家は、アステル城下町の北の端、小高い丘の上にぽつんとある。一体に草の生えた敷地の中の木造一階建ての一軒家。牧畜でも営んでそうな外観である。

 俺はその扉の前にたどり着くと、ノックして、

「ロットー?」

『何だー? ダルクか? どうしたー?』

 中からは、たとえ一流の役者でも演技ではできないだろうというくらいの、本当に俺がここに来た理由が分かっていないようなロットの声。俺は「……まったく」と呟きながら、ドアを開いた。

 広がった視界には、テーブルに座ってナイフとフォークを握り、アゴをもくもくと動かしているロット。テーブルにはリゾットとサラダが並んでいる。

「……呑気に朝飯なんか食べてるなよ」

「何を言う。朝食は重要だぞ。ここで一日分のエネルギーを蓄えておかなければ、これからの活動が――」

「そういう問題じゃない」

 言いながら、俺はため息をついた。

「向こうに着くのが遅くなるから、早くこの町を出たいって、昨日話しただろ。十時には出発したいんだ。……見ろ、もう九時四十分。ギリギリだろ。今ルーが三人分の弁当を買いに行ってる。お前も早く食べ終わして、さっさと馬車の停留所に行くぞ」

「やれやれ、せっかちだな」

 ロットはカップを持ち上げ、中に入っていた牛乳をぐいっと飲み干した。そして立ち上がり、

「どら、行くとするか――――ああ、その前に、ちょっと待ってくれ」

 そう言って、ロットは部屋の隅へと歩いていく。そこには二メートルくらいの高さのこげ茶色の棚。最上段には、写真が写真立てに入れられて飾ってある。

 ロットはそれをしばらく見上げた後、目を閉じて十字を切った。そしてそのまま胸元で手を握り、祈り始める。

 ……そういや、これがこいつの日課だったけな。

 俺は嘆息しながら、それを見守った。

 ロットが頭を垂れているその前にある写真。そこには一人の男性と、一人の女性が並んで写っている。男性の方はある種堂々とした笑顔をしており、女性の方はその隣で穏やかそうに微笑んでいる。二人ともお揃いのセーターを着ていて、バックにはどこかの平原が写っていた。夫婦が庭先で撮ったような写真である。

 この二人は、ロットの両親。

 今から十六年前――つまり、ロットが生まれた直後――に他界した夫婦。何でも、当時用心棒で生計を立てていたロットの父親が、奥さん(ロットの母親)を連れ立って馬車での移動していた最中に、賊に襲われて命を落としたんだそうだ。俺も詳しくは聞いてない。ロットも間接的に聞いた話でしかなく、そこまで詳しくは知らないようだ。

 そんなわけで生まれて数ヶ月で一人ぼっちになったロットは、あまり親しくもない親戚の間をたらい回しにされた挙句に、三年前から賞金稼ぎとして働き始め、ここに一人で住むようになったのである。

 言ってみれば、ラキと同じ境遇だ。

 しかし唯一違うのは、二人両親を失った時期。ラキは五年前、十八の時に一人になったが、ロットは物心がついた時からずっと一人なのだ。ロットは両親の顔など写真でしか知らない。まあ、どちらの方が悲しいのかは、両親が一応健在である俺に推し量るべくもないが。

 三分くらい黙り込んだ後、ようやくロットは顔を挙げ、写真が飾ってある棚の脇の壁に立てかけてあった剣を手に取った。

 俺はその様を傍観しながら、

「……お前、その剣を手に取る前にいつもそんなお祈りしてるのか?」

「ああ、一日も欠かしたことはないぞ」

「お前にしちゃよくやるな。親って言っても、顔も記憶にないし、話したこともないんだろ――」

 ここで、俺は自分の発言の不注意さに気付き、

「――あ、いや、別にバカにしてるわけじゃないんだが」

「まあ、確かに私は、父上、母上と面識はないが…………しかし、繋がりはそれだけでもないぞ。ほら、この通り、形見もちゃんと貰い受けている」

 そう言って、ロットは手に取った大剣を俺の前にずいっと見せてくる。

「……え? それ、形見だったのか?」

「うむ? お前には言ってなかったか?」

「……聞いてない」

 俺は首を水平に振った。

 確かに、何でそんなレアな武器をこいつが持ってるのか不思議に思っていたが。……そうか、そういう理由でこいつは後生大事にその剣を使っているのか。そんな大切な剣に、仲間である俺まで切りつけられた経験があることには、どうしても納得できないが。

「とにかく、この剣で以って、父を手にかけた盗賊、ヒューミッドにあだ討ちをする。それが私の命題の一つなのだ」

 剣を背中に刺しながら、いつもの不遜な声で言ってくるロット。

「まあ、敵も敵とて、賊として名を馳せた強者だからな。そう簡単に見つかるとも思っていないし、斬れるとも思っていない。……もし私に何かあったら、この剣はお前に譲ってやってもいいぞ。ルーでは扱いきれんだろうし、世話になった恩返しというわけだ。…………さあ、準備は整った。行くぞ」

 そう言って、颯爽と歩き出すロット。


 この時の俺は「何を縁起でもないことを……」と、鼻で笑うだけだった。

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