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コロノ山と魔獣のタマゴ――その一

「これは貸し一ですよ? 忘れないでくださいね?」

 俺たちの前を歩くギーンが、振り返りながら言ってきた。

 ギーンに先導される形で俺の隣をのそのそと歩いているロットは、そのギーンの言い聞かせるような顔に向かって、

「ああ、分かってる。何か困ったことがあったら、いつでも私に言ってくるがよろしい。たちどころに解決してみせようぞ」

 と、ふんぞり返りながら答える。いつもながらの尊大な態度だ。その自信が一体どこから来るのか、こいつと数年来付き合っている俺にも分からない。もはや分かろうとも思わない。最近は見慣れた一つの風景だと思うようにしている。逃避とは言わないで欲しい。

 そんなロットの発言に、俺の逆隣をとことこ歩いていたルーがぴくっと反応して、

「ちょっと、ロット、そんな安請け合いしちゃだめだよ。それをいいことにあのスパゲッティ頭にいいように使われちゃうよ? 貸し一つは一つ。後で夕飯でもおごっときゃいいのよ」

 たしなめるように言ってきた。相変わらずウェリィとは相容れないものがあるらしい。そんな三角関係などどうなろうと知ったこっちゃないが、間接的あるいは直接的に俺にまで被害が出るので、そうも言ってられないのが現状である。これに関する苦労話を書き綴れば、シリーズものの小説が書けるだろう。別に書きたくはないけど。

 そんな二者二様の返答に、ギーンは苦笑いを浮かべながら、

「まあ、何を返してもらうかは後の話ですね。お姉ちゃんに『あいつらに貸しを作っておくのは得策よ』と言われたので、教えるわけなんですがね」

「……ふん、やっぱりあのスパゲッティ頭、何か企んでるのね。腹黒いったらありゃしない。そもそもあいつ――」

「で、ギーン、その情報屋の家ってのは、あとどれくらいなんだ?」

 話が変な方向に行きそうだったので、俺はルーの言葉を遮るようにギーンに尋ねた。ギーンは再度俺の方に顔を向けてきて、

「もうすぐですよ」

 と、歩調を弱めずにさらに前へと進んでいく。


 俺たちが現在歩いているのは、レンガで舗装された通り。広くもなく狭くもなくといった、中途半端な道である。


 道の両脇に並んでいるのは、古本屋や雑貨屋、アンティークショップなどの、比較的地味目な店のみ。商店街と呼ばれている場所ではあるが、集客力があるのかどうか首を傾げてしまうものばかりだ。俺たち以外、周囲には人っ子一人いない。売り子すら見当たらない。

 そんな中で、俺たち三人を五分ほど引き連れて歩いていたギーンは、古ぼけたアンティークショップの前で立ち止まった。

「ここです」

 そう言って、俺たちの方に頷きを返すギーン。そのままドアのノブに手をかけ、中に入っていく。俺とルーとロットも、続いてその扉をくぐった。

 薄暗い屋内。中は外観と同じような古びた造りだった。壁際に立っている木製の本棚は完全に変色している。図書館を数十年放っておいたらこうなるだろう、というような状態だ。

部屋の奥に螺旋階段が見える。

 俺たちが中に入ったのと時を同じくして、上階から足音が聞こえてきた。トスントスンと一段ずつ降りてきて、そしてその影が最下段に達したところで、

「あれ? 誰かと思ったら、ギーン君?」

 と、女声が聞こえてきた。さらに俺達の方へ近づいてくる影。窓から入ってくる光に照らされて、ようやくその顔が見えるようになった。それは、紫色の髪を後ろで一つに縛った、黒いローブに身を包んだ女の子だった。

 その少女に対し、ギーンは気さくな微笑を向けて、

「どうも。ご無沙汰してます、ムツナさん」

「やあやあ、ご無沙汰ご無沙汰。どうしたの、今日は? ……いよいよ私と組む気になったの?」

「……違います」

 ギーンは苦笑して答える。

「今日は、お客さんを連れてきたんです」

 そう言って俺達の方を振り返り、手の平を天井に向けるギーン。ムツナと呼ばれたその少女は少しばかり首を倒して、

「そっちの三人がそう?」

「はい、そうです。こちらの赤い短髪の方がロットさん、青い長髪の女性がルーさん、黒髪の方がダルクさんです。ギルドでチームを組んでらっしゃる方々です」

「へえ、ギルドの――――って、そりゃそうか。ギーン君の紹介なら。…………えーと、私はムツナ。十六歳。ここで情報屋やってます。趣味は寝ること、特技は寝続けること、休日は大体寝てます。最近ギルドに登録してみようかとか思ってるんだけど、なかなかギーン君が首を縦に振ってくれなくて。あなたたちからも頼んでくれないかしら?」

「だから、言ってるじゃないですか」

 ギーンは肩をすくめ、

「ムツナさんがうちのチームに参加してくれるなら大歓迎ですけど、お姉ちゃんと別れてあなたと組む気はないんですよ」

「ちぇー、つまんないの」

 口を尖らせ、拗ねる顔のムツナ。

「……まあ、しょうがない。ギーン君の説得はまた今度にして、仕事の話をしましょうか。…………で、どんな情報が欲しいのかしら?」

「ええとだな」

 ロットが一歩前へ出て、説明を始めた。

「私としては本意ではないのだが、こっちのダルクがどうしてもと泣きながら請うてきたものだから、私の良心に則って了承してやったのだが、ギルドの依頼を一つ請負ったのだ。その仕事の内容というのはだな、『赤雷鳥のタマゴを取ってくる』という、レストランからの依頼なのだ。しかし図書館などで調べてみたところ、この赤雷鳥というのはなかなかにレアな魔獣らしくて、目撃例すら見つからんという有様なのだ。二日かけても何も見つからないもので、早速焦り始めたこのダルクが軽率にもギーンに仕事について愚痴ってしまってな。心の広いこのギーン氏が、親切にもこちらを紹介してくれたというわけだ。ということで、赤雷鳥に関する情報を持っていないかね?」

 ……明らかに事実と違う表現が少なくとも三つあったが(すべて俺関連)、俺はその辺りを無視して聞き流した。ロットに真っ向から反論しても疲れるだけだ。これは、俺がギルドに登録して初めて学んだことでもある。

 ロットの一人しゃべりを、「ふーん」と半ば適当そうな顔で聞いていたムツナは、

「……赤雷鳥ね。滅多に人と遭遇しない魔獣だね。確かに情報は少ないけど、三つくらいあるよ」

「ホントか!」

 ぐいっと前のめりになるロット。そのロットの胸元にムツナは手の平を差し出し、

「三十ドル」

「…………へ?」

「だから、前払いで三十ドル」

 ムツナは声量を大きくして言いなおした。

 そのセリフとジェスチャーに、やや困惑した顔をしたロットは、

「三十ドル? 情報三つに、それはちょっと法外じゃないか? しかも前払いでは……」

「だって、その依頼なら、少なくとも八百ドルくらいの報酬はあるでしょ。この情報がない場合にあんたらが右往左往する交通費を考えれば、三十ドルでも十分優しい価格だと思うけど。それに、情報っていうのは商品を見せたらそれで終わりなの。だから前払いなのは当然でしょ」

「…………う〜む、そういうものか」

 腕を組んで納得顔になったロットは、次いでポケットから財布を取り出し、札を三枚抜いて、

「ほれ、これが代金だ」

「さんくー」

 お金を受け取ったムツナは、ぞんざいにそれをローブのポケットにしまった。

「じゃあ、いくよ。一回しか言わないから、忘れないでね。…………いい? メモの準備できた? いいね? いくよ? …………まず一つ目の情報、『赤雷鳥は、隣のシリン国の南東の方にあるコロノ山で目撃されることが多い』。この山に巣がある見たい。ここ三年で七件くらい目撃例があるから、そこを探すのが妥当ね。……二つ目、『赤雷鳥は火と電気には耐性がある』。これはハンターからの情報。赤石と黄石で攻撃しても無駄ってことね。じゃあ、次…………いい? 三つ目いくよ? ……三つ目、『赤雷鳥のタマゴは真っ白いのと黄色がかってるのがあって、前者が有精卵、後者が無精卵』。料理に使われるのは無精卵の方らしいから、あんたらは黄色っぽいのを取って来なきゃだめなわけね。……どう、わかった?」

「うん、ありがとうっ!」

 メモを取り終えたルーが、顔を上げて満面の笑みで答えた。そして俺とロットの方を振り向き、

「じゃあ、明日早速コロノ山に行こっか。いつも通り、朝の九時にギルド集合ねっ!」

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