図書館と思い出・追記
果たして、もうこの部屋には、殺気も、張り詰めた空気も感じない。
イヴは、完全にこの部屋から出て行ったんだろう。目にも留まらぬ速さでドアや窓から抜け出したのか、それとも天井裏や床下に潜んだのか、もしくは『石』でも使ったのか。まあ、ラキだって同じようなことはしてたし、今さら俺は驚かないが。
「しかし、難儀なことになったなあ」
あまりの急展開に立ち尽くす中、ロットが仰々しくため息をついた。
「まさか、『カザミドリ』に目をつけられるとは。軽んじられてるのがせめてもの救いだが、それでもいくらかは警戒しなければならん」
「ホント、困るよね〜」
ルーが眉をハの字にした苦笑いで、ふるふると首を振る。毎度ながらその緊張感のない仕草に、どうしても俺は業が煮立ってしまう。
「……ルー、お前分かってるのか? お前はさっき、殺されかけたんだぞ? 俺の反応が遅れてたら、お前の頭でスイカ割りされてたんだ。しかもあいつ、『カザミドリ』の幹部って事は、その実力は相当なもんだ。そんなやつに狙われたんだ。お前も『銀石』を狙うなら――」
「わかってる」
俺の言葉の途中で、ルーが言った。
「うん、『銀石』を見つけるのは、あたしの目標の一つ。重要な目的。だからもう油断なんてしないし、逆に怖気づいたりもしないよ」
いつもより強く、輝かしい笑顔をするルー。
「今日のことで、別に新発見があったわけじゃないけど、それでもパパとか『銀石』に、少しだけ近づけた気がしたの。気のせいかもしれないけど、でもそう思う。だからね、もう少しの間は、愛より夢を優先させるから、ね」
そう言って、ルーは俺とロットの顔を交互に覗き込んだ。
一体どこから急に愛なんて単語が出てきたのか甚だ疑問だが、今までルーの思考を俺が正確にトレースできた試しはなく、またルーの頭の中では俺にはわからない思考が働いてるんだろうと思い直した。
それよりも俺がまず考えるべきことは、
「……はあ」
切られた本の弁償金が、料金から差っぴかれるかどうかだ。