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図書館と思い出・後編

「まったくもって、いい迷惑だ。…………いや、迷惑に良いも悪いもあったもんじゃないし、きっと初めてこの表現を使った人は皮肉のつもりだったんだろうけど、ここまで浸透するといまいちパンチが弱くなるな。…………よし、これからは『素晴らしき迷惑』とでも言おうか。いや、『格別最良の迷惑』の方がいいか? それとも『神の慈愛がごとき迷惑』? 『失くした財布を見つけて持って来てくれてあろうことか同情金として倍額を無条件でくれるくらいに良心に満ちた迷惑』も捨てがたいな。………………そもそも、あいつらにそんなスピリチュアルアタックが効くのかどうかが疑問だが」

 なんていう、独り言にも似た愚痴が俺の口をついて出てくる。

 もちろん、聞き手がある言葉は独り言なんて呼ばれることはなく、この周囲というかこの部屋には俺しかいないわけで、他の三人は各々の仕事に戻った。つまり、ルーは本整理、ロットは害虫駆除、ジェスカさんは事務作業。何で俺だけがここに残っていたかというと、今まで俺はこの部屋のテーブルをふきんで拭き、床をホウキで掃く、という作業をしていたからだ。

 ようは、クッキーくずのせい。ルーとロットがさっきのオヤツで盛大にばらまいてくれたくれたおかげで、俺がこんなことをする羽目になったのである。

 掃除自体は五分とかからず終わったので、別にこの作業に費やした労力に関して不満を並べるつもりはないし、俺の精神だって人が寝そべるくらいの広さは持ち合わせているが、問題なのはこれがやらなくてもよかったことだという部分だ。ここが重要。

 たかが五分、されど五分。

 この五分の間に足、腕、腰にそれなりに疲労感を溜めたのだ。仕事だっていくらか進んだはず。帰るのが五分遅くなったわけだ。このやるせなさは賃金に跳ね返るもんではなく、じゃあその存在理由は何かと問われて、当然のようにロットとルーへ向かうのである。責任はあいつらにある。そのくせ、ヘラヘラしやがるし。食後、知らんぷりしてさっさと部屋を出て行ってしまった。

 合流したら一言言ってやらねば気が済まんと思いながら、ふきんとホウキを棚にしまい、部屋を出て廊下を渡り、八つ目の部屋の扉を開けた瞬間、俺のそんなやるせない気分は霧のように消え去ってしまった。

 別に、中にいたロットとルーは各々窓磨きと蔵書運びに勤しんでいて、これは俺の予想通りの光景。俺が不信に思ったのは、そこではなく――


 ――張り詰めた空気。


 まるでコントロールされているような無音。肌が総毛立つ。気分が落ち着かない。これ以上この部屋に、入る気がしない。

 誰か、この部屋にいるのか?

 ……いや、そういう気配に関しては、ロットは俺なんかより敏感だ。玄人でもない限り、二十メートルくらいの範囲に入ればロットはすぐに気付くはず。しかし、ロットは相変わらずひょうひょうとした顔で、窓に息を吹きかけている。

 ……じゃあ、この感覚は何だ? 確かに――確かに俺は今ここで何かを感じている。しかし人の気配でもないもの。それは、それは――


 ――殺気、か。


 それならば、ロットよりも俺の方が少なからず――――いや、だいぶ鋭い。俺はそういうスタイルなんだから、当然。しかし、なぜ殺気? なぜ今? なぜ図書館で?

 いやいや、そんな勘ぐりは後だ。まず、そいつがこの部屋のどこにいるか、だ。

 部屋を見回す。

 壁、窓、ロット、壁、本棚、ルー、本棚、壁、本棚、本棚、壁、窓、壁。

 ロットとルー以外、この部屋で動いているものはない。不審なものも見当たらない。当たり前か。ロットに気取られないでこの部屋に入ってる時点で、そいつは玄人だ。

 と、

「どうしたの、ダルク? そんなとこにつっ立って。ボーっとしてないで、早く手伝ってよ」

 ルーがこっちを振り向き、俺の方に一歩踏み出した。その瞬間――


 ――天井から、影が落ちてくる。


 何が? なぜ? どうして?

 と考える前に、俺の体が勝手に動く。

 ルーの頭上、その影の動きに合わせて、ナイフを振る。紫の残像がその影を通り抜けた。しかし手ごたえはない。その影はひらりと翻って、そのまま床へ着地した。

 すたん、という音。

 そこに立っていたのは、少年。

 黒いニット帽から、紫色の髪が覗いている。Tシャツにハーフパンツという、アンディさんを思わせるような服装。しかし、さすがにサンダルではない。そして腰や首には、銀色のチェーンが巻きついている。武器や防具ではなく、十中八九アクセサリーだろう。

 そんないでたちの男が、悪戯な笑みを俺に向けている。

「え? え? 何? 誰?」

「むむ? 誰だ、そいつは?」

 と状況についていけていないで困惑している他の二人を無視し、そいつは唇を歪めながら、

「へえ、鋭いじゃん」

 俺に言う。

「よく気付いたね。どうやら君、部屋に入った時点で感じてたみたいだし。急に立ち止まって険しい顔するんだもん。オレ、思わず焦っちゃったよ。ふははは。まあおかげで、君が素人じゃないってことが分かっちゃった。逆に、分かったからこそ迂闊に手を出せなくなったんだけど」

 軽い口調、軽い雰囲気。しかし、警戒は解かれていない。

「君はダルク君でしょ? やれやれ。見つかるなら、そっちのロット君の方だと思ってたんだけど。いや、見つかる気は毛頭なかったんだけどさ。君への警戒が中途半端になっちゃってたかな。思わぬ伏兵ってやつ? いやいや、君は見た感じ黒幕ってとこかな? ふはは。しかし素晴らしいね、君。オレの潜伏を見破れるヤツなんて、そうはいないよ? まして同い年には」

 いかにもフレンドリーな表情、言葉。だからこそ、余計に警戒してしまう。俺はナイフを握る手に力を込めながら、

「……お前は、誰だ?」

「オレ? オレの事聞いてんの? やっぱこっちだけ君らの事を知ってるってのもアンフェアかな? ふはは。まあ、教えてやるよ。オレの名前はイヴァリー・シャル。愛称はイヴでよろしく、お三人さん。ふはっ」

 笑い声が、癇に障る。しかし、そんなことを気にしてる場合じゃない。俺はこいつとの間合いを計りながら、

「……お前、何でルーを狙った?」

「う〜ん……。まあ、オレがここに来た目的は別だったんだ。ルーさん――というより、君ら三人を殺そうとしたのは、ついでに頼まれたおつかい」

「……ついで?」

「そう。いわゆる、保険てやつ? 上からの命令でね」

 ――『上』?

 こいつ――こいつらは、組織立ってるってことか? 俺たちみたいな駆け出しの賞金稼ぎを狙う組織なんて、心当たりが……

「だからさ、こいつで一思いに殺ってやろうと思ったわけだよ」

 言いながら、イヴはふともものホルダーから刃を取り出す。

 それは、一見ナイフのような形だが、しかしそれだけじゃない。柄の裏側にも刃が着いている。つまり、柄を挟んで刃が二枚。そして――

「ん? ああ、これ? これ特注品。双牙って武器。固有名詞は『フェム』って言うんだ」

 言いながら、イヴはそれを指でくるくる回す。

「かっけーでしょ? ふはは。オレのお気に入り」

 得意げに、掌で『フェム』の回転を増していく。確かにそんな武器は店では見たことはないし、使い勝手もなかなかに良さそうだ。しかし、一番気になるのはそんなことじゃなく――


 ――その刃が黒いこと。


 俺にとって見慣れている黒が、その刃にも染められていた。明らかに『黒石』と分かる色。何で、何でこいつが――

 棒立ちの俺の横、

「……そ、それ……」

 ルーが息を呑みながら、

「……く……『黒石』の……刃……!」

 目を見開き、搾り出すように言う。しかしイヴは、

「ん? そうだよ?」

 けろっとした顔で答えた。

「もしかして、見たの初めて? ふはは。カッコいいでしょ? これで触れば、何でも切れるんだよ? ほら――」

 イヴは、手近にあった本を空中に放り投げ、目の前でそれを『フェム』で切り裂く。本は音もなく抵抗もなく、二つに分裂し、ばさっと床に落ちた。

「――ね?」

 イヴが俺たちに向かって、ウィンクをしてくる。

「まあ、逆にそれだけ危険ってことだからさ、扱いが難しいんだけど、逆に慣れれば――」

「……ま、まさかお前が『闇鳥』なのか……!」

 ロットが切羽詰った声で言う。そして、まくしたてる。

「最近現れた殺し屋、『闇鳥』。その武器は『黒石』の刃だ。さらに、その刃の刃渡りは短いという検査結果が出ている。ナイフくらいの刃だと、な。それが全部、お前に当てはまるじゃないか。まさか、お前が……お前がそうなのか? お前が『闇鳥』なのか……!」

 ロットの言葉に、イヴは一瞬ぴくっとその笑顔を消し、鋭い視線でロットを睨んだ。しかし、すぐに視線を床に落として、自嘲気味な笑みをこぼしながら、

「ふはは。おもしろい事を言うねえ、ロット君。本当、おもしろい」

 ――おもしろい?

「そんな推測は考えてもみなかったよ。その発想はおもしろい。ある意味、的確だ。的確、正確、本格。しかし残念ながら、オレはそれを否定しなきゃなんない。そんなことはありえない」

「……言いきれるのか?」

「ああ、言いきれる、言いきれるとも。言いきれまくるさ。例え万人が世界平和に賛同しなかったとしても、それだけは万人に対して言いきれる。なんせ――


 ――オレは『カザミドリ』のメンバーなんだからね」


「……な……!」

「つまり身内なんだ。ふはは。何を隠そう、オレこそが『カザミドリ』の三番隊隊長だ。ほら、これが証拠」

 言いながら、イヴは俺たちにコインを摘んで見せてきた。そこに見えるのは、鳥があしらわれたデザイン。数週間前に見た、『カザミドリ』のメンバー確認に使われる証明。これは、本物だ。

「……『カザミドリ』のメンバーが俺たちを殺しに来た……てことは、つまり――」

「おっ! 鋭いね〜。そうだ。君らが、この前の十三部隊の壊滅に関わってたからさ」

 イヴは何ともなしに、悪びれもせず、平然と言い放つ。

「まあ、君らみたいな駆け出しのチームは別にほっといてもいいとは思うんだけど、そっちのロット君は結構な期待のホープだからね。無視するにはちょっっっっっとばかし、惜しいんだよね。それに、そっちのルーさんときたら、まあ、無関係ではないし、ね」

 イヴはにやけ面のまま、ルーへと視線を移した。ルーは、睨んでそれに返す。

 俺はそのやり取りを制するように、

「……なぜそこまでペラペラと自分の素性を話すんだ?」

「ん? 不自然だった? そりゃそうか、オレたち初対面だし。…………まあ、さ。さっきも言ったでしょ? オレのこと看破するやつなんて、そうはいないんだよ。俺の顔と名前が一致してるやつなんて数えるほどだ。『カザミドリ』の中ですら、三、四人くらいかな? だからオレ、友達少なくてね〜。商売柄、しょうがないんだけど」

 イヴは俺にニタリ笑いを向けながら、

「だからさ、今日のはちょっと嬉しかったというかさ、興奮したというかさ。もうオレ、舞い上がっちゃって、舞い上がっちゃって。せっかくだからお近づきになろうってわけ。別に君らを殺すのは急を要することじゃないし、元々の仕事は終わったし」

「……元々の仕事?」

「そ。考えてみなよ。そもそも何で『カザミドリ』の、しかも幹部がこんな図書館に来たのか、その理由」

 言われなくても、考えてるさ。

『カザミドリ』の目的は『銀石』を探し出すことのみ。そして、ここにルーの父親、コルート博士が出入りしていたと言うことは――

「――『銀石』の手掛かり、か」

「ご名答!」

 イヴは、ぱちんと指を鳴らした。そのわざとらしいアクションが、やたらに俺の気分を逆撫でる。

「まあ言っちゃえば、結局何もなかったんだけどね。だから今日の戦利品は――」

 イヴは懐から紙を取り出し、

「――この、コルート博士の貸し出し履歴だけ。百何十冊分もあるんだよ? 探すの面倒くさかった。あ、これはコピーで、オリジナルはちゃんと残ってるから、後で君らも確認したらいい。ふはは。痕跡も残らないように、気配りはばっちり」

 言いながら、グッと親指を天井に突き立てる。

 俺たちに見つかってちゃ、痕跡も何もないだろうに。

「ん〜。ちょっと話過ぎちゃったかな? いや、内容じゃなくて時間が、ね。やっぱ同い年だと、話も弾むねえ」

 ほとんどお前が一方的に話してたじゃねえか。

「ま、積もる話はまた今度。じゃあ今日はこの辺で帰るね。バーイ」

 そんなあっけないセリフと共に、ふっと、風が吹き抜けるように一瞬で、イヴの姿が見えなくなってしまった。


 ――積もる話なんて、ねえよ。


 と、言いそびれた。

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