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図書館と思い出・中編

 テーブルの上には、大き目の皿に並べられたクッキー群と、湯気を吐いているカップが置かれている。ほのかに漂っているのは、紅茶の上品そうな香り。

「ささっ、遠慮なさらずに召し上がってください」

 向かいに座っているジェスカさんがにっこりと言うと、

「いただきまーすっ」

 と叫びながら、ルーが俺の横で、大食いラーメンのタイムトライアルに挑戦するかのようにがっつき始めた。手と口をせかせかとせわしなく動かしている。目を凝らせば、クッキーがルーの胃袋の中にどんどん積みあがっていく様子が透けて見えそうだ。オヤツってのは通常、空腹を満たすためにあるわけじゃないだろうに。

 そのさらに隣では、

「ふむ。ほへはひひへすな」

 とクッキーをかじりながら、ロットが感慨深げな表情で呟いている。

 さすがにこいつを放っておいたまま休憩に入ると後で何を言われるか分かったもんじゃないので、こいつも一応ちゃんと誘ってやった。呼びに行ったときもまだ新聞紙を握った状態で走り回ってる最中で、ヤツとの勝負の行方は一体どうなったのかとても気になるところではあったが、ロットの敗北を知らされた場合今日一日気が気でなくなるので、聞かないことにした。知らぬが花というか、花畑だ。

 そんな二人を横目で見つつ嘆息しながらも、俺もクッキーを一つ頂くことにする。…………あ、おいしい。

 こうやって紅茶をすすっていると、自然と気分が落ち着いてくるのはなぜなのか。さっきまで酷使していた肩や腕のこりも、勝手にほぐれていく感じだ。思いつくものとしてクッキーや紅茶の甘露によるところもあるだろうが、やはり一番の理由はこの雰囲気だろう。

 俺たちがいるのは、本棚に囲まれた一室。今日最初に整理した部屋だ。

 白いカーテンでいくぶん緩和された日光が、窓から差し込んでいる。吹き込んでくる風も爽やかなもんだ。「静寂」なんていう言葉で形容するのが一番しっくりくる。雑音なんかとは無縁の世界。…………俺の右隣を除けば。

 首を回して、クッキーを次々と口に放り込んでいく青髪少女をジト目で見つつ、後でもう一度ここをほうきで掃かないと、と思っていると、

「ふふ、そんなに急いで食べなくても、まだまだありますよ」

 ジェスカさんはイスに背をもたれながら俺たちを眺め、微笑ましげな表情。

「それにしても、この依頼を請負ってくれたのが、まさかルーちゃんのチームだったとは。世間は狭いと言うか、何と言うか……」

 ――ルー……ちゃん?

 その語呂に何ともむずがゆさを感じつつ、俺はもう一度ルーの方を向いて、

「……何だ、お前、ジェスカさんと知り合いだったのか?」

「ほへ? へ……と……」

 口をモゴモゴさせながら首を傾げるルー。

「ふふ。覚えてませんかね。まあ、無理もない。あれはルーちゃんが三歳か四歳の頃だったからねえ」

 ジェスカさんは懐かしむような目をしながら、

「君は何度かここに来たことがあるんですよ」

「へ? ほうはっはんへすか?」

「ああ、君のお父さんに連れられてね」

 目を見開くルー。…………というか、早く口の中のものを飲み込め。色々台なしだ。

 俺の念が通じたのか、ルーはようやくゴクンとクッキーを飲み込み、

「……パパと……ここに……?」

「ええ。コルート博士――あなたのお父さんは、調べ物をしにちょくちょくここを利用してましたからね。休日には、やり残した仕事をしに、あなたを連れて来てたんです。博士が仕事に集中してる間は、私なんかがあなたの遊び相手をしていたものですよ。かくれんぼやらトランプやら。本を読んであげたこともありましたっけね」

 年相応(六十代後半くらい?)にシワの入った顔を緩ませ、黒目が見えなくなるくらいに目を細めるジェスカさん。

 ルーは少々たどたどしく、

「あ、あの、パパ……お父さんは、どんな人でした? その……あんまり遊んでもらった記憶がなくて……」

「ああ、忙しい人だったからねえ。彼がここに来た日も、大抵本を睨んでばかりでしたから。普段は温和な方でしたが、覚えているのは彼の難しい顔ばかりですよ。ふふ。でもルーちゃんの遊び相手をするときは、本当に楽しそうに遊んでましたよ。そんな時の彼は、そうだねえ――」

 ズズッと、ジェスカさんは紅茶を口に持っていく。そしてコトリとカップを皿の上に置き、


「――今のルーちゃんみたいな人だったよ」


 ……………………。

「ん? どうしたんですか、ダルク君? 急に顔を引きつらせて? …………いや、別にそういう意味じゃなくて、明るくて気さくな人だったということですよ? そんな、仮にも大人ですし、あの若さで国の研究所の所長に抜擢されるほどの人物だったわけですから。口に物を入れたまましゃべるのは同じでしたが……」

 ……それだけで十分です。

 大の大人の男性がクッキーにがっつく姿が目に浮かんでしまった。

「……と、ともかく、彼は研究熱心な方でした。探究心の塊と言うか。自分の知らないことが存在するのが許せないようで。だから彼が『銀石』の研究にのめり込んでしまったのも、無理からぬことではあるでしょうね。何せ『銀石』の性質なんて、世界中の誰もが知りたがる謎ですから。まして『銀石』を『作り出す』技術となれば、なおさらです。…………そのためにあんなことになってしまったわけですが」

 ――あんな事。

 この言葉に、ルーは視線を落とす。

『失踪』と言ってしまえば、それはそれまでのことでしかないが、しかし言うのと見るのと体験するのとでは、大きく違う。実際に父親がいなくなってしまうのは、まったく違う。違いすぎる。二年もルーを真横で見てれば、俺にだって否応なく解る。

「……実は失踪する少し前に聞いていたんですよ。何者かに狙われているかもしれないと。彼からね。別に襲われたりしたわけではなかったそうですが、そんな空気というか雰囲気を感じていたそうです。護衛でも雇ったらどうかと言ったら、『そんな金はない』と一蹴されましてね。逆に単身赴任でどこかへ一人で引っ越すべきかと悩んでましたよ。ふふ。彼は最後まで家族のことを心配していました」

「…………」

 懐かしむような、微笑みのような、寂しさのような表情が、ルーの顔に浮かぶ。

 そしてルーはその表情のまま視線を落とし、腰のホルダーにささっている銃を見つめた。

 ――『青石』の銃『サイキ』。

 失踪の直前に、ルーがその父親から貰い受けた武器――――だと聞いている。娘に与えるには物騒極まりないものではあるが、しかしどことなく親からの愛情を感じるのは、博士自身が手ずから作ったものだからだろう。店頭に並べられているようなものではない。その色も形も性能も、一般的なものと異なる。危機を感じていたからこそ、コルート博士はそのタイミングでルーに渡したのだろう。その青い銃を。

「何にしても、見つかっていないということは、会える可能性があるということですからね。早く見つかるといいですね」

「はいっ!」

 ジェスカさんの労わる笑顔に、ルーは顔を上げ、決意の混じった声で答えた。

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