歌うように笑ってた/中
……俺は混乱している。
「ふははっ。や、久しぶり、ダルク君。オレのこと覚えてる? ほら、図書館で会ったオレだよ」
俺は俺は、混乱している。
「いやー、しかし、グッドタイミングだよね。こんな偶然に会えるなんてさ。何かもう、運命的なものを感じるよね。もしかしてオレと君って赤い糸で結ばれてるとか? ふはっ」
俺は俺は俺は、混乱している。
「まあ、君がこの娘と少なからず縁があったのは知ってたけど、まさか家に遊びに来るほどだとは思わなかった。いや、オレってそういうの疎いからさあ。まったく。家で二人きりになって、君ら一体何するつもりだったんだい?」
俺は俺は俺は俺は、混乱している。
「ふはは。そんな固まってないで何かしゃべってよ。どうせ、今の君はしゃべることしかできないんだからさ」
……しゃべること〈しか〉?
そのセリフに引っかかり、改めて部屋の中を見回して、俺はようやく気付いた。
この部屋にいるのは、俺とワイトとイヴだけじゃない。他に――――他に、全身黒服の人間が六人、壁際に並んで立っている。今の今まで気配が感じられず、気付かなかった。
「紹介するよ。彼らはオレの部下だ――――というより、〈駒〉と言った方が正しいかな? ようは、三番隊の隊員達さ。一応、アサシンのイロハは仕込んでるからね。彼らの気配を感じ取れなくても無理はない。落ち込むことはないよ」
「…………な、何で――」
唇を震わせながら、俺はようやく声を発した。
「何でお前がここにいる? というか、何をしている? ワイトをどうするつもりだ?」
「まあ、見ての通りなんだけど」
鼻で笑いながら、イヴはワイトの左腕を掴み上げる。
「この『白石』を貰いに来たのさ――――いや、正しくは返してもらいにきたんだ」
……返してもらいに? その言いよう、まるで、まるで――
「――ふははっ。そう。こいつの左腕をこんな風にしたのは〈カザミドリ〉さ」
あっけなく、わけなく、どうしようもない、イヴの告白――――というより、独白。
俺の頭からすっと血の気が引いた。
「そう。もう五年前の話だけど、その頃のオレ達は『石』の特性を応用して、武器――というより、むしろ兵器とも呼べるもの――を開発してたんだ。その一つが、この白いクロー『ツバメ』。接近戦と長距離攻撃、その両方の性能を高めようとして作られたものなのさ」
長距離……攻撃?
「そっ。『白石』なんて滅多に手に入らないもんだけどさ、その性質くらいは知ってるでしょ? ようは『光を発する』。光速で直進する高エネルギーを放出することができるんだ。これほど遠距離に特化した性質を持つ『石』はない。だから、この『ツバメ』は近距離遠距離双方で無二の性能を持つと考えられ、その能力を試すためにこいつを実験体にしたんだ」
……実験体? な、何でワイトが……。
「さあ? こいつの出生なんて知らないさ。生態データくらいはカザミドリにも残ってるだろうけど。でもそんなの関係なく、別に、ただ――――買っただけだよ」
……な……。
「ふはは。その顔、意外だった? 別に世界の裏側では珍しいことじゃないさ。人身売買なんてね――――で、試してみたんだけどさ、どうも失敗したみたいで、遠距離攻撃がうまく発動しなかったんだ。完全な失敗。だからさ、こいつは捨てたのさ」
お前と年の変わらないこいつを、捨てた、だと……。
「んで、まあ、その後こいつがどこで生きようが死のうがどうでもよかったんだけどさ、最近になってこの『白石』が足りなくなっちゃってね」
足りなくなった? って、まさか――
「ん? いや、違う違う。もう『石』を使った兵器開発はやってないんだ。カザミドリの現在の目的はあくまで『銀石』を作ること。それだけだから」
だったら、なおさら疑問だ。何で『銀石』を作るために『白石』が……。
「ふはは。考えてみなよ。簡単なことさ。もし、白と黒の絵の具を混ぜたら何色になる?」
白と黒? それは…………灰色だろ。
「そう。そして『白』は無限に光を放ち続け、『黒』が永遠にそれを消していく。つまり、煌くんだ。輝くんだ」
輝く? 輝く……灰色? …………ま、まさか――
「ふははっ、ふはははははははははっ。そう、そう、そう、そう。そうだ、そうだ、そうだ。そうだよ、そうだよ、そうなんだ――
――『銀石』を作るには、『白石』と『黒石』を混ぜればいいんだ」
……そうか……そうかそうか、そうだったのか!
思えば、あの遺跡からカザミドリが盗み出したのも『白石』だった。あの時は、『銀石』を探しに来たが『白石』しか見つからず、しかしレアな『石』だし折角だからついでに持って行ったのかと思っていたが――――そうか。あいつはあそこに、『白石』を探しに来てたのか。
「ふはは。さらに言うとね、世間では『白石』と『黒石』っていうのは希少なものだと言われてるけどさ、この世に存在する数・量は、実は他の『石』とさほど変わらないんだ。なのに、一般人がその『白石』や『黒石』を目にする機会は滅多にない。ほとんどない。これはなぜか分かる?」
まさか――
「そっ。オレ達カザミドリがほぼ独占してるからさ」
……………!
「……ただ、まあ、それでも足りなくなっちゃってね、見落としたり見逃したりしてるやつを回収してこようと、オレはこんなお遣いに出向いたわけさ」
ここで、イヴはワイトの手首を握りなおした。そして逆手で黒い両刃を構える。
「待て! 何する気だ!」
「何って、こいつをこのまま連れ帰っても邪魔なだけだからさ、『白石』だけを貰ってくんだよ」
あくまで平坦な声で、イヴは答えた。
……確かに、こいつが今握っているのは『黒石』の刃。『白石』だろうが、切り離すことは可能だろ。造作もないことだ。しかし――
「――そんなことしたら、その『白石』が暴発するんじゃ……」
「するだろうね」
イヴはけろりと言い放った。
「でも、心配ないさ。オレは発動するまでにこの部屋を離れるくらいの身のこなしは持ってるし、こいつはそういう耐性がある――――というか、そういう品種改良を施してる。だからまあ、『石』が暴発してもこいつは生き延びるだろう」
いや、それはお前とワイトだけじゃないか。この部屋には、他にも……。
俺はちらりと、周囲の六人の黒服をうかがった。が、彼らは無表情で、まるで置物のようにそこにあるだけだった。
「ふはは。言っただろ? そいつらはオレの駒なんだ。自分の意思で動くことなんて許してないし、君が彼らのことを気にする必要はないよ――――というか、やれやれ、ずいぶん話し込んじゃったね。まったく、君は話しやすいなあ。オレはオレで早く仕事を済ませなきゃならないのに」
いつだかも聞いたようなセリフを言ってくるイヴ。そして、
「さ、じゃあ行くよ」
イヴは『フェム』を振り上げた――――振り上げたところで、
「い……いやっ」
ワイトの体が身じろぎした。
いつの間にか目を覚ましていたのか。怯えるような目つきでその黒い刃を見つめ、捕まれた左腕を振りほどこうと右に左に体をひねらせる、
しかし――
「――おっと」
そんなわざとらしい声と共に、イヴはワイトの〈右腕〉に刃を振り下ろした。
ヒュンッという風きり音と共に、
「きゃっ」
悲鳴を上げ、苦痛にあえぐワイト。その動きが一瞬固まる――――見ると、その右腕には赤い筋ができ、そこからだらりと血が滲み出してくる。
と、刹那行動をやめたワイトの隙を突いて、黒服の五人がワイトに飛びかかった。がっちりと腕や足や頭を押さえつける。そして残りの一人は――――相変わらず壁際に立って、まるで見張るようにじっと俺を観察している。
「ほら、動くんじゃないよ。手元が狂うじゃないか。じっとしてなさい。ほら、行くよ?」
そんな、幼児に注射する看護士のような声音で語りかけながら、イヴは
――簡単に、
――単純に、
――難なく、
――そつなく、
――ワイトの左腕に、黒い刃を振り下ろした。
俺は思慮なく考慮なく反射的に、部屋から飛び出た。
そして扉を蹴り〈閉める〉。
バタンと鳴った瞬間だった。
扉の隙間から、白い光が漏れ差してきて、
――六人分の断末魔が響き渡った。