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歌うように笑ってた/上

 ワイトの家は、アステル城下町の裏路地の、さらに奥にある。

 人がひっきりなしに行き交う表通りとは正反対で、この周辺を歩く人間はほとんどいない。いたとしても、表立って歩けないようなプロフィールを持った人間が八割を占めている。いわば、アステルの影のような地区なのである。

 ワイトがここに住んでいる理由の一つは、あえて言うまでもないことなのかもしれないが、その左腕だ。

 彼女の左腕は、手首から下が存在していない。その代わりに白いクローが取り付けられているのである。

 なぜワイトがそんな物騒なものを体の一部にしているのか、一体彼女はどんな過去を持っているのか、その辺りの事情は俺には知る由もないことだが(ウェリィですら知らないのかもしれない)、それらを切り離して考えたとしても、人体の一部が凶器になっている人間が市街を何の気なしに歩くのは、さすがに無理がある。

 いくらダボダボのパーカーを着て隠していたとしても、何かの拍子にそれがのぞいてしまったら――そしてそれが周りの人間の目に触れてしまったら――その人を驚かせてしまう。怯えさせてしまう。一瞬で周囲がパニックになる可能性もなきにしもあらずだ。

 だから、ワイトは必要以上に人通りが多いところに顔を出さない。

 暗澹とした場所を選び、隠れるように暮らしているのである。

 これはワイトから直接聞いたことではないのだが、聞かなくても分かる。分かりきっていることだ。

 そしてワイトがこの場所に住居を構えた二つ目の理由は、彼女の後見人であるウェリィの〈趣味〉である。

 つまりは、ウェリィがこの物件を見つけ、ワイトにここに住むよう薦めてきたのだ。中古の庭付き一戸建て。あちらこちらに中世風の装飾が施された外観、レンガ造りの外壁、そして走り回れそうなくらいの広さのヤード。これらがウェリィの好みのど真ん中だったらしい。ここをとかく気に入ったウェリィが、住居を探していたワイトに「ここにしなさい!」と強く推したそうである。

 ワイトもワイトで、あの性格だ、お金の無駄遣いなどしない――と言うか、食費と交通費と宿代以外に何も出費しない――もんだから、その貯金は中古物件なら一括で買えるくらいあり、他に反対する理由もなかったので、ワイトも同意したのだった。

 これらはすべて、ギーンに聞いた話である。

 ちなみに、俺は一度だけこの家に入ったことがある。数ヶ月前にウェリィがワイトの家でパーティをすると言い出し、ロットが招待され、それに付随する形で俺まで呼ばれたのだ。だからワイトの家の場所もちゃんと覚えてるし、その内装も記憶にある。割かし古い家でそこはかとなく廃れてはいたが、貴族が住んでそうなそれなりに豪奢な雰囲気だった。それに、結構広かった。

 あれだけ広いと、逆に一人じゃ寂しいだろう。

 別チームとは言え、そこまで縁遠いわけじゃない。しかも、ワイトには一つ借りがある。あいつをないがしろにする気なんて、俺にはさらさらない。


 ――そんなわけで、俺は別段面倒だとも思わず、むしろいくらかポジティブな印象をもってワイトの看病に訪れたのである。


 ワイトの自宅玄関にたどり着いたのは午後二時。

 正面から改めてその建物を眺めてみたが、相変わらず中途半端に華やかな家だ。玄関とか窓とか花壇とかもっと飾りようがあるだろうに、そのポテンシャルを活かしきれてない。本当、一人で住むには少々もったいない物件である。まあ、ワイトは見栄えというものにそれほど意味を感じていないんだろう。毎日のようにドレスを纏っているウェリィとは正反対だ。

 そんな感想を胸にしまいつつ、俺は玄関脇のチャイムを押した。

 中でリンゴーンと鳴っているのが聞こえる。

 俺は何ともなしに棒立ちで待っていたが、一分経っても二分経っても三分経っても、中からの返事はない――――そうだ。ワイトは体調を崩してるんだ。立ち上がれないほど弱ってるなら、来客を出迎えられるはずもない。それに、昼間とは言え病人なんだ、今も寝てるのかもしれない。

 どうしよう? としばし悩んだが、右腕に抱えているフルーツの詰め合わせを無駄にするのも気が引けるし、俺はワイトの世話係たるウェリィに頼まれたのだ。見返りとして要求されたことなのだ。俺にはこの見舞いを遂行する義務がある。それに、物静かなワイトなら少しくらいのことは大目に見てくれるだろう。

 俺はそんな予見を立てて、勝手にドアをガチャリと開けた。

 ……というか、普通に開いたぞ。カギかけてなかったのか。無用心すぎるだろう。ワイトらしいっちゃあらしいが。

 俺は、後でワイトにちゃんと注意しとこうと思いつつ、

「……失礼しまーす」

 と割かし小さな声で言いながら、家の中に足を踏み入れた。そして数ヶ月ぶりのワイトの家を見回した、その時――


 ――ぞくり


 俺は総毛だった。

 気が重い。肌が痛い。寒気がする。

 殺気だ。殺気だ。これは殺気だ。まごうことなき殺気だ。掛け値なしに殺気だ。

 誰だ? どこからだ?

 四方、八方、床、天井を探ってみたが、不審なものは何も見えない。何も見つからない。

 俺は背中の服の中に手を入れ、そこのナイフホルダーに収まっているナイフの柄に手をかけた。

 逃げるか? ……いや、向こうには俺の存在はばれてるだろう。このまま逃げれば、逆に俺が狙われかねない。標的にされかねない。逃げるのは得策ではない。相手を見つけ、確認し、あわよくば〈行動不能〉に陥れなければ、この危機は解決しない。

 俺は前かがみの体勢のまま、一歩、二歩、三歩、四歩、五歩、六歩、七歩と前へ進んでいく。

 ……というか、何でこんなところで悪気がするんだ? ここはワイトの家だぞ? 民家だぞ? 私有地だぞ?

 ――まさか、ワイトに何かあったのか?

 俺は、赤いカーペットをしかれた、手すりに金色の飾りがついているらせん階段を登っていく。一段、一段、慎重に昇っていく。警戒したまま上階へ進んでいく。

 そして俺は、二階の一室の扉の前にたどりついた。

 ここは、ワイトの寝室だ。

 中に入ったことはないが、前に来たときに聞いた。この部屋にベッドがあると。具合が悪いと言うなら、ワイトはここで寝ているはずだ。ワイトはここにいるはずだ。

 俺はなおも背中のナイフに手をかけたまま、空いた左手でドアノブを回した。そしてギイと押し開ける。

 開ける視界。

 中心に白いベッドが置かれているだけの、簡素な部屋。

 そこにいたのは、ダブルベッドの上でくたりと眠るワイトと、その傍らで黒いナイフを構え、紫の髪に黒いニット帽をかぶり、ニカリと俺の方に笑いかけている、俺と同い年くらいの、肩にチェーンを巻きつけた、見覚えのある少年――


 ――カザミドリ三番隊隊長、イヴァリー=シャルだった。

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