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コロノ山と魔獣のタマゴ――その六

 俺は目を開けた。

 まず目に入ったのは青、次いで雲、次いでまぶしい太陽、次いで白い月、次いで風に揺れる緑――――つまりは、空と木々だ。

 背中が痛い。ゴツゴツしている。この感触は、考えるまでもなく、地面のそれだ。

 目の前が空で、背中が大地――――ということは、そうか、俺は地べたに寝っ転がってるのか――――いや、それにしても、

 ……ここはどこだ?

 俺は戸惑いつつ起き上がった。

 赤雷鳥に追われてる最中に、坂を転がり落ちたところまでは覚えている。そして、その後の記憶がない。ぷっつりと途切れている。

 つまり俺は、転げ落ちてる最中に気を失ったのか?

 それとも落ちきったところで頭を強く打ち、その前後の記憶が飛んだのか?

 ……いや、どちらにしろ同じ事だ。とにかく現状を確認しなければ。今はどういう状況なんだ? 赤雷鳥はどうした? ロットとルーは――

「グェェェェェェ」

 遠方から、赤雷鳥の鳴き声が聞こえてきた。音にいくぶん怒気が含まれてる。まだあいつは、タマゴを探し回ってる最中なのか。ってことはつまり、ロットとルーはまだ追われてる最中なんだろう。

 俺はがばりと立ち上がった、と――

 ――ズキリッ

「つっ…………てて」

 頭に鈍い痛み。俺は思わず額を押さえた。

 ……転げ落ちる最中、あるいは着地時に頭を打ったのか? だから俺は気絶してたのか。しかし、そんなことを気にしてる場合じゃない。早く二人を助けに行かなきゃ。

 俺は頭に手を当てたまま、再度立ち上がった。そしてふらふらと歩き出したところで、


「もうしばらく安静にしていた方がいいんじゃなくって?」


 突然、つんとした声が聞こえてきた。

 声がした方を振り返ると、そこにいたのは金髪の巻き毛を揺らし、長いまつげを擁する釣り上がった目つきの、こんな山道には場違いなフリルの着いたドレスをまとった女の子。ガンガンしている頭の片隅で記憶をたどり――いや、記憶を掘り起こすまでもないほどに見知った顔だ――我が商売敵、ウェリィだった。

「……な、何でお前がここに?」

「ふん。別に、ギーンにあなた方がここで仕事をすると聞いたものですから、様子を見に来ただけですわよ」

「様子見って…………やっぱお前、ロットのストーカーなのか?」

「違います!」

 ウェリィは思いっきり仏頂面を作った。

「……というか、折角介抱してさしあげたのにストーカー呼ばわりとは、非道にもほどがありますわよ?」

「介抱?」

 言われて、ようやく俺は気付いた。俺の額にはバンソウコが張ってあり、右の二の腕にはシップが張られていた。これは――

「――お前がやってくれたのか? …………そりゃ、ありがとう」

「まったく、ロット様なら喜んでお世話させて頂きますのに、何でよりによってダルクなんぞをわたくしが――」

 眉をVの字にしたまま、ぶつぶつと不満を並べるウェリィ。

 ……確かにそうだ。こいつと知り合いになってから一年。俺に対してはいつだってお邪魔虫を見るような、見下ろすような見下すような視線しか向けてこなかった。談笑した記憶もない。こいつの眼中にはロットしか目に入っていないのだ。そんなこいつに、俺のことを気にかける義理はない。

 こいつが俺を助けるなんて意外も意外だ。死にかけてるならともかく、気を失ったくらいならそのまま放っておきそうなもんなのに。

 一体全体――

「――どういう風の吹き回しだ? 俺の面倒を見るなんて? 何を企んでるんだ?」

「別に、企んでなどおりません」

 ウェリィはあくまで不遜に、

「あなたのこと〈も〉大切だからです」

「……俺のこと、も?」

 俺のリピートに、ウェリィは取り繕うような表情で、

「あ、これは別に、わたくしがあなたのことを再評価したというわけではありません。わたくしにとって、あなたは今でもパンの耳みたいなものです。虫けらみたいなものです。言葉を交わすのもわずらわしい――――しかし、あの娘にとってはそうでもないようなので」

「あの娘?」

「ふん。わたくしが気付かないとでもお思いですか? ワイトのことですよ」

 言いながら、ウェリィは俺に不審の目つきを向けてくる。

「ここ最近、ワイトはあなたのことを気にしてます。ふと気がつく、あの娘はあなたに目線を向けています。そして、ロット様にも青ガッパにもギーンにすらほとんど話しかけないあの娘が、あなたには時たま話しかける。しかも自分から。疑問の余地なく、悩む甲斐もなく、一目で分かります。ワイトがあなたを気にしていること」

 ウェリィはなおも睨むように俺を見据え、

「一体あなたとあの娘に何があったのか、別に詮索する気もありませんし、わたくしはそこまで不躾ではありません。しかし、わたくしにすら受身でしか応じないあの娘があなたのことを気にしているというなら、あなたがあの娘にとって特別であることは言うまでもありません。そんなあなたに何かあったら困ります。あの娘のために」

 ここで、ウェリィはふうと息を吐いた。

「ですから、もし今回のことで少なからずわたくしに感謝しているのであれば、ワイトの見舞いに行ってあげてくださいな」

「見舞い? あいつ、今、具合悪いのか?」

「ええ…………というより、あの娘は体調を崩しがちなのです。今までも数ヶ月に一回のペースで、仕事を休んで病気療養しています。これはまあ、あの娘の性能のようなものでしょう。その原因も――何となくですが――想像はついてます」

 ウェリィの思わせぶりな口上。

 俺の脳裏に、あの白い爪がよぎる。

「……とにかく」

 ウェリィはやや語気を強めて、

「近日中に、必ず、あの娘の見舞いに行ってあげてください。いいですわね?」

「……ああ、わかった」

 俺はこくりと頷いた――――頷いたところで、

「ダルクーッ」

 後方から俺の名前を呼ぶ声。振り返ると、ロットとルーがこちらに向かって駆けて来るところだった。ロットはタマゴを抱えていない。……まさか、落としたのか?

「では、わたくしはこれで」

 ふいに、俺の傍らに立っていたウェリィはそう呟くと、ロットとルーが来る方角とは反対に向かって歩き出した。トコトコと離れていく金髪とドレス。

 その背中が見えなくなったのは、二人が俺のところにたどり着いたのとほぼ同瞬だった。

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