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コロノ山と魔獣のタマゴ――その五

「くっっっ!」

「きゃあーーー!」

「うおおーーー!」

 コロノ山の山中、そこら中に乱立している木々をかわしつつ枝をぶっちぎりつつ草を掻き分けつつ、どんどん汚れて擦れていく服を気にする暇もなしに、悲鳴にしか聞こえない叫び声を上げながら、俺とルーとロットは全力疾走で併走している。

 三人が三人とも前だけを凝視して一目散に走っているのだが、俺達の眼前には特に何も動くものはなく、それは俺達が現在何かを追いかけているわけじゃないんだから当然のことで、まあ、つまり、言ってしまえば、そう、俺達は今、

 逃げているのである。

 ちらりと後方を伺うと、青々と茂った枝葉の上空に、俺達の周辺の日光を完全に遮るほどの大きな影。数十メートルは離れているはずだが、ここまで届くくらいの風を巻き起こしながら、俺達の後にぴったりとついて追ってくる。

 それは――赤と白が混じった羽毛に覆われ、岩もかち割れそうなほど鋭いくちばしを備えた、目算で五メートルはあるくらいの幅を持った巨体を有している――そう、赤雷鳥である。

「グエェェェェェェ」

 赤雷鳥がくちばしを開くと同時に、轟音としか言えないような鳴き声が響き渡った。その空気振動だけで周囲の草木が揺れている。俺は思わず耳をふさぎそうになったが、すぐに思い直してやめた。

 ……今は走ることに専念せねば。

 ここからでも分かるくらい確実に、赤雷鳥はその真ん丸い黒目を完全に俺達にロックオンしている――――いや、正確に言えば、こいつが追っているのは俺達ではない。俺の隣を走っているロットが担いでいる、黄色がかったタマゴだ。

 そう。俺達はとりあえず、タマゴを手に入れることはできたのだ。

 ルーが『橙石』を弾に込めた『サイキ』でもって赤雷鳥を狙い、その衝撃(傷一つつかないごく弱いものだが)と橙色のモヤに驚いて飛び上がったところですかさずロットが巣に進入、無精卵を見つけて運び出したのだ。

 しかしまあ、予想の範疇だが、赤雷鳥は本能に任せて俺達を追ってきた。

 これは無精卵で、お前がいくら温めても永遠にかえることはないんだから、それならば栄養源として人間に提供してやってもバチは当たらんだろうし、どうしてもと言うなら一週間分のエサを見返りに渡すのもやぶさかではないんだが――――なんていう説得をしたところで、こいつが納得するはずもない。言葉が通じないんだから。

 というか、こいつは交渉の余地なく、問答無用で俺達を殺そうとしてきて――

「グエェェェェェェェ」

 再度赤雷鳥の雄たけびが聞こえたかと思うと、

 ――グボボボッ

 何かが燃え盛るような音がして、何が燃えたのか振り返りながら確認すると、それは俺達と赤雷鳥の間の〈空気〉だった。

 つまり、火炎放射。

「ぐおっ!」

「きゃあーー!」

「うおう!」

 三人同時に飛び跳ねて、どうにかこれを回避。ちらりと俺達が走った軌跡を見ると、そこら中に真っ黒い真円ができている。黒い煙も上がっている。あんなんまともに食らったら、ただじゃ済まない。

「ははっ。あんなデカイ体のくせして、なかなかに早いではないか。これは予想外だ」

「しゃべってる暇があったらもっと早く走れ!」

 遺跡で賊に襲われて以来の絶体絶命な状況だってのに緊張感のない口調で言ってきたロットを、俺はたしなめてやった。

 ……いや、そもそもこいつは背中に五キロくらいありそうな大剣を携え、さらには両腕でようやく持ち上げられる大きさのタマゴを抱えたまま走っているのだ。合計で十数キロのおもりを装着してるようなもの。いや、走りづらさを考えればもっと不利なはず。

 そんな状態だって言うのに、俺と同じスピードを出してるんだから。

 タマゴの奪取にこいつを選んだのは正解だった。俺やルーだったら一瞬でアウトだっただろう。逆に、赤雷鳥の迎撃にこいつを使えなくなったのだが。

 もちろん、俺のナイフが届くわけはない。となると、必然的に赤雷鳥に応戦する戦力となるのは――

「グエェェェェェェェェェ」

 ――グボボボッ

 もう何回目だか分からない、赤雷鳥からの火炎攻撃。

 俺はこれを跳んでかわそうと足を大きく踏み込んだ――――が、

「うおっ?」

 柔らかい土に足をとられ、俺はがくりと体勢を崩した。

 遅れる反応。熱気が伝わるほど接近してくる火炎。俺は思わず腕で顔をかばった。

 と、その時、

「とりゃあ!」

 俺の横を遁走していたルーが急に振り返り、火炎に対して『サイキ』の銃口を向け、そして引き金を引いた。

 パンッ――――パリリン

 銃口から放たれた白い直線が炎に達したところで、火炎が赤から白に変色したかと思うと、氷が砕けるような音と共に炎が砕け散った――――この現象、俺は一瞬で理解した。ようは『青石』の弾を火炎にぶつけ、消し去ったのだ。

 俺は体勢を立て直してもう一度走り出す。

「えへへっ。見た、今の? 火を凍らせちゃった」

「ああ、助かったよ」

 走りながら得意満面の笑顔を向けてくるルーに、とりあえずの感謝の意を表しておく。命を助けてもらったにしてはやたら簡素な謝辞だが、正直、今の俺に余裕がない。

 というか、

 一体俺達はどこまで逃げりゃいいんだ? あいつが諦めるまでか? ってか、あいつはいつになったら諦めるんだ? 周りに助けてくれる人なんているわけないし、このままこいつを引き連れて村まで行ったら大惨事になる。

 どうする? どうする? どうする?

 と、俺が考えを巡らしている間にも、

 ――グボッ、グボッ、グボボボッ

 赤雷鳥は火を噴いてくる、今度は三連射。三つの火の玉が俺達に向かってくる。

 と、ここでまたルーが、

「とりゃりゃあ!」

『サイキ』を発動。こちらも三連射。

 さっきと同じように炎は凍り、パリンッという効果音が三つ鳴った。

「えへへっ、どう? あたしもやるときはやるんだから。足手まといなんかじゃないんだからね」

 ……別に、お前を足手まといだなんて思ったことは一度もない。その奔放な性格に呆れたことは数え切れないが……。

 俺は息が上がっているのでため息をつく余力はなく、心の中だけで嘆息していると、

「……ねえ、あたし思いついたんだけど、あいつが狙ってるのって、そのタマゴなんだよね? だったらさ、ここで分かれて――」

 ルーが、ルーにしては真面目な顔で何やら話し始めた――――その時だった。

 俺は不覚にも、不注意にも、ルーの方に注意を完全に向けてしまった。そして周囲や足元への警戒がおろそかになってしまった。

 俺は気付かなかったのである、気付けなかったのである、気付くのが遅れたのである――――いつの間にか俺が、急な傾斜の淵を走っていたことに。

 周りに生い茂っている草木のせいで見えなかった。気付けなかった。そうと分からなかった。四方はすべて平らだと思い込んでいた。傾斜なんてないと信じ込んでいた。

 俺がこの不注意さを後悔したのは――

 ――ガクンッ

「うおうっ?」

 傾斜に足をとられ、そのまま体が傾き、足を踏ん張る暇もなく、重力に抗う術もなく、驚いた顔でこちらを見下ろしているルーとロットをただ見上げながら、

 坂を転げ落ちている最中だった。

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