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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
二話・ヨワムシ
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Act・3

【Act・3】


 モグラ通りはその名の通り昼間でも日が当たらず、穴倉のような路地が続いたところだ。そこではロボットが働く姿をあちこちに見ることができる。工場の中では列に並んだロボットが、一糸乱れず規則正しく作業している音が絶え間なく聞えてくる。

 クナイはそんなロボットの姿を、建物の影から睨むようにして見ていた。


「くそ……ロボットの奴……」


 憎々しげに呟いたそのとき、


「また壊すのか」

「うわっ」


 突然、自分のすぐ後ろでした声に、クナイは驚き体の向きをサッと変えて後ずさった。

 そこにいたのは、先ほど自分の後ろを走っていた見知らぬ少年。


「なんだよ、お前。追いかけてきたのか!」

「ココ、しっかりしろ」


 アキツは腕に抱えていたココの体を下ろす。地面に足が着いたとたん、ココはへたりとその場に座り込んだ。


「死ぬかと思ったよ……」

「……何だよ、お前ら。この辺の奴らじゃないだろ。何の用だよ」


 クナイが胡散臭さそうな目で、自分を追いかけてきたアキツとココを見て言った。アキツがそれに答える。


「クナイを捕まえると、こっちの目的が果たせる」

「冗談じゃない。お前らには俺が何しようと関係ないだろ!」

「それがまったくの他人事でもない」

「……何でだよ」

「俺もロボットだからだ」

「……」


 白けたような表情になって言葉を無くすクナイに、アキツは無表情のままだ。すると、クナイは少しだけ顔を赤くして声を荒げる。


「お前っ! 俺が子供だと思って馬鹿にしてるだろ!」

「……ココ、あれは何を怒っている」


 クナイの様子に、アキツはココに意見を求める。


「難しいお年頃なんだよ」


 ココは適当に返しておいた。


「馬鹿になどしていない。俺はロボットだ」

「お前のどこがロボットなんだよ!」


 もう一度アキツを怒鳴りつけてから、クナイは相手にするのが疲れたというように溜息をつき、アキツたちにくるりと背を向けた。


「もういい。俺は行くぞ」

「それは困る」

「うるさい。ついて来んなっ!」


 そう怒鳴りつけてから、クナイはまた走り出した。アキツもすぐにそれを追いかける。

 クナイは走るのは得意だ。しかし、こうも走りっぱなしというのはさすがに疲れる。息もだいぶ上がってきた。それなのに自分の後ろを走るロボットと名乗った奴は、まるで自分が疲れるのを待っているかのようにピッタリと後をついて来る。


「しつっこいな……」


 クナイは物資を運ぶ貨物車の行き来する線路脇を走りながら、遠くで列車の汽笛がしたのに気がついた。どうやらこちらへと列車が近づいてくる。


「よし」


 クナイは走りながら、ちょうど降りてきた遮断機を素早くくぐって、線路の向こう側へと渡った。これでもう追いかけて来れない筈だ。

 クナイは後ろを振り返り、からかうように言った。


「どうした! こっち来いよー!」


 するとアキツはクナイを追い、言われるままにすでに下りている遮断機を飛び越えた。列車はもうすぐそこまで来ている。


「アキツ! ダメ! 危ない!!」


 後ろからとろとろと追いかけていたココが、それを見て叫んだ。激しい列車の汽笛が危険を知らせる。


「バカ! 本当に来るなよ!」


 クナイも慌てて声を上げる。

 次の瞬間、耳をつんざくようなブレーキ音が響いた。


「アキツ!」


 列車はアキツが立っていた辺りをだいぶ通り過ぎた所で、ようやく止まった。

 クナイは体を強張らせ青ざめた。


「……お、俺のせいじゃない。俺のせいじゃないぞ!」


 だって、普通はすでに列車が来ている線路になんか入らない。そんなの誰だって危ないって分かってる。


「アキツ! アキツ!?」


 ココは線路へと走り寄った。止まっている列車の前に恐る恐る回りこみ辺りを見回す。身を屈めて列車の下も覗きこんでみるが、アキツの姿はどこにも見当たらない。


「ない……アキツの体がない。アキツが……アキツが粉々になっちゃった」


 泣きそうな声で言いながら、アキツの欠片を探すココ。その頭上から抑揚のない声がした。


「ここだ。ココ」

「アキツ?!」


 しかし、声はしても姿は見えない。


「こ、ここって、どこ」

「列車の屋根の上だ」


 見上げてみると、アキツは列車の上に立ってココを見下ろしていた。


「いつの間に! 大丈夫? 怪我……じゃなかった。故障は?」

「問題ない」


 そう言って列車の屋根から下りてきたアキツには、言葉通り掠り傷一つない。

 クナイはそれを呆気に取られ見ていた。

 あの一瞬で列車の屋根の上に? そんな馬鹿な話があるか。そんなこと人間にできるはずがない。

 そして、アキツが言っていた言葉を思い出す。


『俺はロボットだ』


 持っていた鉄パイプを握る手に力がこもっていく。


「ココ」

「何?」


 ココはアキツの体をチェックし、本当にどこにも故障がないことを確認してホッとした。


「クナイが戻ってきた」


 先ほどまで逃げていたクナイの方から、なぜかこちらへと近づいて来る。その顔はひどく険しくアキツを睨んでいた。


「本当だ――って、危ない!」


 風を切る音がして、鉄パイプがアキツ目掛けて振り下ろされる。アキツはというと、咄嗟のそれにも眉一つ動かさず、難なくそれを避けた。


「何のつもりだ」

「お前が本当にロボットなら、俺はお前をぶっ壊すんだよっ!」


 そう言って、更にアキツに向かって鉄パイプを振り回すクナイ。


「ねえ、なんでクナイはロボットを壊すの?!」


 ココの言葉にクナイの動きが止まった。


「……ロボットは……」


 低く搾り出されるような声。


「ロボットは俺のたった一人の家族を殺したんだ」

「え?」

「だから、お前らロボットはみんなぶっ壊してやるんだ!」


 再び鉄パイプを振り上げたクナイだったが、そこへ警官の笛の音が聞えてきた。


「事故があったのはここか?! 何をしている!」


 走ってくる警官の姿が見えたクナイは、


「絶対にぶっ壊してやるからな!」


 吐き捨てるようにアキツに言うと、走り去って行った。





◆◆◆◆◆



 店の外で行き交う人を見ているのは食事処の女将。日も暮れてきていた頃、向こうからアキツとココが歩いてくるのが見えた。


「ああ、戻ってきたね」


 女将は手にしていたアキツの荷物を差し出した。


「ほら、荷物忘れたよ、お兄さん」

「すまない」


 荷物を受け取るアキツ。


「あの……」


 聞こうか聞くまいか、迷うようなココの声に女将が首を傾げる。


「ん?」

「あの……クナイが家族をロボットに殺されたっていうのは……本当ですか」


 それを聞いて女将の顔が曇った。


「それは……あの子が言ったのかい」

「はい」

「そう。もう一年になるんだね……イサナが死んでから」


 どこか遠くを見るような目をする女将。


「イサナさん?」

「クナイの姉さんだよ。あの子の両親は二人とも、あの子の幼いときに亡くなっちまってね。クナイはもちろん、イサナがいなきゃ生きてなんかいけなかったと思うけど、イサナもクナイがいなかったら、きっと生きる目的なんてなかっただろうね。本当、仲のいい姉弟だったよ」


 当時の様子を思い出している様子の女将の口調は優しい。


「なんでイサナさんは……」

「ロボットの誤作動でね。クナイが撃たれて、それを庇ったイサナに弾が当たったんだ」

「誤作動……」

「最新の警備ロボットだったんだ。もっとも、あれを見たのは、あの日が最初で最後だったけどね」


 苦々しい口調で話を終えた女将と別れ、街を歩くアキツとココ。徐々に日は落ちてきていて、元々薄暗い街はさらに暗くなってきている。ところどころで、どこかくすんだ色をした街灯が光を灯しだす。

 ココはアキツに提案してみた。


「ねえ、アキツ。クナイ捕まえるのやめて、自分たちでモグラ通り探してみようよ。あのイヅチとかいう人に頼らないで」

「なぜだ」

「なんとなく……クナイの気持ちも分かるっていうか」


 ココは機械技師だ。精巧に作られたロボットを見れば胸が躍る。しかし時に、人よりも強い力を持ったそれらが、危険な存在になることも知っている。

 ロボットに姉を殺されたというクナイが、ロボットというものを憎むのは仕方がない気がした。だからといって、アキツを壊されたら困る。

 そこへ聞き覚えのある犬の吠える声がした。


「噂をすれば、だ」


 ロケットの綱を引きながら、イヅチがやってくる。


「なんだ。結局捕まらなかったのかよ」

「自分だって捕まえらんなかったくせに」


 アキツたちを見て開口一番言ったイヅチの言葉に、ココは膨れる。

 不満げなイヅチにアキツは言った。


「安心しろ。今度は向こうから近づいてくる」

「は? 何でだよ」

「俺を壊しにだ」


 それを聞いて、イヅチがアキツに対して変なものを見るような顔をするのをココは見た。


「……よく分かんねぇけど、今度は逃がすなよ? 俺は今から見回りだからな」

「分かった」


 アキツが頷くと、イヅチはロケットを引っ張りながら見回りへと向かった。路地の角をイヅチが曲がったときだ。アキツの後方から軽い足音が走り寄ってきた。

 ビュンと空を切る音がして、アキツに振り下ろされたのは鉄パイプ。もちろんそれを握っているのはクナイで、アキツはそれを小さな動作で避けた。


「このやろっ!」


 クナイが当たらなかった鉄パイプに、前のめりに崩れた体勢を立て直しアキツを睨む。


「クナイ!」


 思わず言ったココの声に、イヅチが戻ってきて路地から顔を出した。


「なんだと?! どこだっ」


 クナイはアキツを狙ってまた鉄パイプを振ったが、アキツにはまったく当たらない。何度目かの攻撃で、逆にアキツに手を叩かれ鉄パイプを落としてしまった。


「……っ!」


 カラカラと音を立て地面に落ちる鉄パイプ。

 叩かれ痺れる手を握り締め歯を食いしばると、クナイはアキツにキッと目を向ける。そんなクナイにもアキツの方は相変わらずの表情だ。


「そんなもので俺は壊せないぞ」


 そこへイヅチとロケットが戻ってきて、クナイはまたアキツを壊せないまま逃げ出した。


「待て、クナイ!」


 クナイにとってここは生まれ育った街。小さな路地から抜け道まですべて知り尽くしている。逃げるのはお手の物だ。いつものようにイヅチを撒くと、狭い路地の一つを入っていったクナイは、目の前に現れた高いフェンスと板で作られた壁に驚いた。


「何だよこれ。こんなもの昨日まで……」


 戸惑うクナイの後ろで犬の唸り声がした。


「イヅチ……」

「残念だったなクナイ。俺も馬鹿じゃないからな。お前が使う道は塞がせてもらったんだよ」


 にやにやと勝ち誇ったような笑みを浮かべ近づいてくるイヅチに、クナイは後ずさる。しかし壁に背がつき、それ以上は身動きが取れなくなってしまった。


「さてと、今日こそ観念して……」


 イヅチは言いながらクナイに歩み寄ったが、ロケットが綱をぐいぐいと引っ張る強さに困惑し始めていた。低く唸っていたロケットはやがて激しくクナイへと吠えだした。


「おいロケット!」


 クナイもロケットが牙を剥くその様子に、怯えたような不安な顔をし始める。


「ロケット。大人しくしろっ。あっ!」


 綱を引くロケットの勢いに、思わずイヅチは綱を握る手を放してしまった。自由になったロケットは、弾かれたようにクナイに向かって襲い掛かる。

 獲物に飢えた大きく開かれた口。鋭く尖った牙がクナイの目の前に迫ってくる。


「うわあああっ!!」


 クナイは身を縮めて固く目をつぶった。

 咬まれる!

 そう思ったクナイだったが、いつまでたっても犬の牙が体に食い込む痛みは襲ってこない。怖々とクナイは目を開いた。


「無事か」


 開いた目に入ったのは、自分を追いかけていたあの人の姿をしたロボットの背中だった。見るとクナイを狙っていたはずのロケットの口は、その腕にしっかりと食らいついていた。


「ロボット……お前、俺の代わりに……」


 アキツは立ち上がり、腕に牙を深々と食い込ませているロケットを振り払った。ロケットは勢いよく地面を転がり、イヅチの足元へ尻尾を巻いて逃げ込む。

 座り込んでいたクナイは、そのとき顔に何か冷たいものが飛んだのに気づいて、手の甲でそれを拭った。


「何だこれ……」


 拭ったことで薄く引きのばされていたが、薄暗くなった空の下でも分かる赤い液体。

 

「おい、何だよこれ!」


 顔を上げると、クナイの目の前にあるアキツの手からは、指先を伝い地面にポタポタと垂れている物がある。


「……血? ロボット、お前血が出てるっ!」

「お、俺は知らないぞ。行くぞ、この馬鹿犬っ!」


 クナイの叫ぶような声に、キャンキャンと鳴くロケットを引きずりながら、イヅチは逃げるように行ってしまった。


「うあ……血……」


 アキツの手から流れる物に気づいたクナイの顔は真っ青に青ざめて、体は小刻みに震えている。


「血……血だっ」

「おい。しっかりしろ。おいクナイ」


 取り乱し息も上がっているクナイの肩をアキツは掴むが、


「わああっ!」


 近づいた鉄錆に似た匂いに叫び声を上げると、クナイはふっと意識を手放した。

 そこへ、アキツを見失ってしまっていたココが、やっとアキツを見つけて駆けて来た。


「アキツ? こんなとこにいた。どうしたの? クナイは?」

「気を失ったようだ」

「何で?……って、アキツ、また血!」


 アキツのコートに染み出したそれは、地面に滴り落ちている。


「“オイル漏れ”だ。腕を犬に咬まれた。それよりクナイを運ぼう」


 アキツは言って、小柄なクナイの体を軽々と肩に背負って歩き始める。


「私はアキツの方が心配だよ」


 その後ろを溜息交じりに言いながらココはついて行った。


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