Act・5
【Act・5】
ココがヒジリと共にやって来た施設の地下は、ロボット兵器の攻撃の影響で天井や照明が落ちて瓦礫が廊下に散乱していた。真っ暗なそこを懐中電灯の明かりで照らしながら、ヒジリは奥の部屋の扉を開けた。
重たい鉄の扉の向こう側、足を踏み入れた部屋には二つの発電機と見られる大きな機械が置かれていた。ここも廊下と同じく瓦礫が散乱していて、二つの発電機の内ひとつは落ちてきた天井によって半分潰されてしまっている。
潰れてはいない方の機械へと向かうヒジリの後をココはついて行った。それはココには見たことのない機械だった。
ヒジリは機械が動かないことを確認すると、まずは機械の周辺を調べ、次に外装を外して中を見る。そして潰れている方の機械の中も同じように見た。
自分には仕組みの分からないその機械の内部に、ココは不安になって後ろからヒジリのすることを見ていたが、ヒジリはココを振り返ると小さく笑顔を見せた。
「うん大丈夫。直せるよ」
いつも【造屋歯車】で客に対して言っていたのと、まるで変わらないヒジリの口調にココは安堵する。ヒジリがそう言って直せないことなど、今まで一度もなかったからだ。
ヒジリが機械いじりを得意としていることは良く知っている。それでもココの中にはどこか頼りない父親の姿があって、時々耳にする『魔法の手を持つ機械技師』なんて誰のことかと思うくらいだった。
しかし今、当然のように直せると口にしたヒジリに、機械技師としてだけでなく、自分の小ささを感じずにはいられなかった。
「さあ、急ごう」
「うん」
潰れている方の機械の部品を外しながら言ったヒジリに、ココは答えた。
ヒジリはどうやら潰れてしまっている方の機械から部品を外し、もうひとつの機械の壊れている部分を補おうとしているようだった。
「ココ、こっちの機械のこの装置を外しておいて。私はあっちの装置を外しておくから。気をつけて」
「分かった」
指示を受けてヒジリから道具を受け取ると、ココはペンライトを咥え、言われた通り機械の装置を外し始める。
暗く作業のしづらい中、何とか装置を綺麗に外し終えると、ヒジリはすでにもうひとつの方の装置を外し終えていた。
「重たいから私が運ぶよ。ココはライトを持っていてくれるかな」
ヒジリの懐中電灯を受け取ってココはヒジリの手元を照らす。
外した装置を、もうひとつの機械の空いた場所へ置くと、取り付け始めるヒジリの手を見る。まったく迷いというものを感じない機械技師の手の動きに、ついココは見入っていた。
「ココ、レンチを取ってほしいんだけど」
「え、あ、はい!」
ヒジリに言われて、ハッとしたココは慌てて道具を探り手渡す。
「それと、さっき外したボルトはあるかい」
「さっき外した?」
「うん、六角形の」
言われてココは懐中電灯で辺りを照らしたが、ない。明かりを別の場所へと移すと反射して光る物がある。潰れている機械の近くまでそれは転がっていた。
「あった。ちょっと待ってて」
ヒジリの手元を照らしたままにできるよう懐中電灯を機械の脇に置くと、ココはボルトを拾いに行った。
すると置いた懐中電灯が転がり下へと落ちる。ヒジリは機械から顔を上げると転がり落ちた懐中電灯を拾い上げ、ココを振り返った。
ココはしゃがみこんでボルトを手の中に握り込んだところだった。すると、さっきまでボルトが落ちていたところに、コツンと何かが落ちてきてココは上を見上げた。
そのときだった。
「危ない!」
聞こえたのはそう叫ぶ父の声。
思い切り体を押されて壁にぶつかったココは、打ち付けた肩の痛みに顔をしかめるが、その前に天井が崩れ落ちてきて目を見開いた。
次々と上から崩れてくる瓦礫に、部屋の中が砂埃のようなもので真っ暗になる。やがて崩れ収まったと見られる天井を見ながら、ココは点いたまま転がっている懐中電灯の光を見つけ、そこまで這った。明かりを手にしてさっき自分がいた場所を確認する。
「お父さんっ!」
見ればヒジリが落ちた天井の下敷きになっていた。
「お父さん、大丈夫?!」
「う……ああ、だ、大丈夫。ココは平気かい?」
「あたしは平気。今どかしてあげるね」
ココはヒジリの上に乗っている瓦礫をどかし、出てきた上半身の両腕をしゃがみ掴んで引っ張る。ヒジリ自身も這い出ようともがくが、どうしても足を瓦礫の下から抜くことができなかった。
「待ってて、今誰か探して呼んで来るから!」
立ち上がり行こうとしたココだったが、その腕を強く掴み止められ、ヒジリの前に膝をつく。
「待ってココ。私なら大丈夫だ。それよりも、早く機械を直さないと」
つまり自分の代わりに機械を直せと言っているヒジリの言葉に、ココは驚いた。
「……ダメ。そんなの無理。あたしにはできない」
「ココ……」
「できないよ。こんな機械、知らないし見たことない。あたしはお父さんと違う。そんな簡単には直せない。なんで? なんで、あたしなんか助けたの? あたしが下敷きになれば良かったのに!」
ヒジリさえいればこんな機械など、すぐに直せたはずなのに。一緒に来たことで結局、足手まといになった自分が憎かった。
うずくまるココに、ヒジリが強く腕を掴んでいた手をそっと離し、その頭に置いた。
「そんなことを言わないでほしい。ココが下敷きになんてなったら、それこそ私は機械を直すどころじゃないよ。ココがいたから私は……お父さんは今ここに来てる。お願いだから自分のことを、そんな風に言わないでほしい」
「お父さん……」
「ココ、きっとできる。やるんだよ。友達と、大事な約束をしたんじゃなかったのかい?」
かつて自分がした、とてつもなく無謀な約束をココは思い返す。
『ココロでも何でも作るから』
あの頃、あの小さな街ではそれができると思っていた。ココロを探しに意気揚々と街を出て、旅をして知ったのは自分の小ささと未熟さばかり。
それでも一度はしたあの大きな約束を前に、このくらいのことができないでいてどうする。
父の優しく、それでいてどこか厳しい声にココは体を起こし、懐中電灯で壊れたままの機械を照らし挑むように鋭く睨んだ。
「やってみる。教えて、お父さん」
◆◆◆◆◆
タイラがハルカに案内されたのは研究室というよりは手術室であった。
窓のない真っ暗な部屋の中をクナイがハンドライトで照らす。壁が崩れたりなどはしていないが、ロボット兵器の攻撃や、何度も起きた揺れにより中には物が倒れ散乱していた。
ハルカが先に中へと足を踏み入れ、部屋の中心にある手術台の上に倒れていた機械などを動かす。クナイも入り口から手術台までストレッチャーを進めるのに邪魔になるものをどかして回った。
タイラは手でアキツに酸素を送るためポンプを押し続けている。
「人工呼吸器は?」
「あるけれど……内部バッテリーでは少しの時間しかもたないわね。ここは病人や怪我人の治療が目的の病院とは違うの。緊急時に使用する外部バッテリーは用意されていないわ」
「ひとまず繋いでくれ。クナイ、手術台まで押してください」
クナイは頷くとストレッチャーを押しながらアキツに声を掛ける。
「しっかりしろよなアキツ。このぐらいの怪我、いつもみたいに問題ないって言ってみせろ」
ハルカが用意した呼吸器をアキツに装着したタイラは、酸素が送られたのを確認すると、その身体を手術台に乗せた。
やはりというべきか手術台の真上にある照明も機能しなくなっている。
手首を握るという基本的な方法でアキツの脈を計ってみれば、指先に感じるその振動は酷く弱々しくなっていた。
ハルカが慣れたように研究室の奥から手術道具と点滴を台に乗せ運んで来る。もちろんこれらも、病人や怪我人の治療を目的に揃えてあったものではないのだろう。
この場所で行われていたことを想像し、自然と自分の眉間に皺が寄るのをタイラは感じた。
「クナイ、君が血を苦手なのは知っていますが、私の手元を照らしておいてください」
「う、うん……」
青ざめた顔をしながらもクナイがしっかりと頷くと、タイラはハルカが用意した道具を手に取った。
「では、手術を始めます」
◆◆◆◆◆
ペンライトを咥えたココは父の声を背中に聞きながら、機械の前に胡坐をかいて座り込み手元に集中していた。そんなココをヒジリは後ろから懐中電灯で照らしつつ指示を続ける。
「ココ、できたかい?」
「はい」
「じゃあ、それが取り付け終えたら、今度は中の右手側奥に原動機があるはずだから、それを――」
ココは握っていたねじ回しを一度置くと、手にしたペンライトで機械の中を確認する。そこにはヒジリの言う通りの場所に、言う通りの装置が収まっている。
今、ヒジリは瓦礫に足を挟まれていて、直接、機械の中を見ることができていない。
機械の中を自分で覗きこんだのは、長い時間ではなかったはずなのに、ヒジリの指示は的確だった。
額に滲んできた汗を機械油で汚れた手で拭うと、再びライトを咥えねじ回しを掴み、狭い機械の中へ体を潜り込ませた。
ココには見たことのない物ではあったが、電気を生み出すことのできる機械の基本的な構造は知っている。作業を進めるにつれ、どの部品がどこに影響し何を動かすのか分かってきた。
先ほど無理などと、すぐに口にした自分が恥ずかしい。
いつも工房に篭ってばかりのヒジリに、何が父をそんなに夢中にさせるのか幼い頃のココには分からず、父の目を盗んでこっそりと工具を手に真似をしてみた。
父が姿を消してからは、凄い機械技師になって機械好きの父が再び自分の前に戻るようにと、【造屋歯車】で働きながら様々な機械を直し作ってきた。
そうして元々はひとつひとつバラバラで、ただの物質でしかなかったモノが、自分が手を加えたことで動き始める瞬間を楽しいと感じるようになった。
それができるからと、ロボット兵器へと向かって行ったアキツをココは思い出す。
自分にだって、何かできることがあるはずだ。
たとえココロを作ることはできなくても。
「お父さん、できた!」
「そうしたら、外側にあるレバーを下まで降ろすと機械が動き始めるはずだ。気をつけてやるんだよ」
「分かった」
ココは機械に突っ込んでいた上半身を抜き出し立ち上がると、機械の外側についていたレバーの前に立った。両手でそれをしっかりと握り込み、ひとつ大きく深く息を吸う。
どうか、動いて。
重いレバーを握った手に体重を掛け、ココは腕を一気に下まで下ろした。
しかし思いの他、手ごたえがずいぶんと軽い。
嫌な予感を感じながら息を止め待つ。しかし機械が稼働を始めた様子はなく、施設内に電気が供給され始めた様子もない。
失敗した。
暗いままの部屋で崩れ残っている天井の点かない電灯を、大きく見開いた目で見上げながら、ココはペタリと力が抜けたように床に座り込んだ。
直せなかった。
どうしよう…………直せなかったのだ。
やっぱり自分にはできなかった。無理だった。失敗だった。
このままではアキツが――
「ココ!」
強く呼ばれた名前に、我に返ってヒジリを見る。
「直すべきところは直したはずだ。私が見たときにはそれで動くはずだった。なら原因は他にある。よく見てごらん、探すんだ。必ず何か原因がある」
そうだ。落ち込んだり悩んだりしている場合じゃない。原因を探さなければ。
ココはライトの光で機械の周りを探った。機械の裏に回ると、部屋に入ってきた時にはなかった天井の瓦礫が、今はそこまで落ちている。
その瓦礫の大きなひとつが、太いケーブルの上に落ち潰しているのが見えた。落ち着いてさえいれば、すぐに見つけることができるようなそれを、ココはヒジリに報告する。
「さっき落ちてきた瓦礫に潰されてるケーブルがある」
「中で断線してしまってるかもしれない。……直せるね?」
「はいっ」
確認するヒジリに、今度は迷わずココは力強く返事をした。