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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
十一話・カンシャ
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Act・4

【Act・4】


 ロボット兵器が攻撃を続ける中、破壊された研究施設のまだ残っている扉の前では、兵士が二人扉を守っていた。しかし、一人は攻撃の衝撃で倒れていて、もう一人も扉に寄りかかるようにして何とか身体を支えている状態であった。

 そのとき扉の左右へ続く通路の右側から微かに聞こえた足音に、兵士は音のした方へと一歩進み出て銃を向ける。


「そこにいるのは誰だ! 出て来い!!」


 兵士の言葉にタイラは身を隠していた壁から両手を上げて出て行った。


「怪しい者じゃない。僕は医者です。武器は持っていない」

「ここへの立ち入りは禁止されている。すぐに立ち去れ!」

「僕も元は軍の関係者です。僕はその扉の先に用がある」

「お前が何者かは関係ない。ここへの立ち入りは禁止されていると言っただろう。それ以上近づくなら撃つぞ!」

「あなたは自分がその背に何を守っているか知っているのか!?」


 一歩、足を前に進めたタイラに、兵士は銃口をやや下げると引き金を引いた。自分の足元の割れた床の破片を弾いた銃弾にタイラは歩みを止める。


「そんなことは我々には関係ない。これは命令だ」

「あなただって、そこに何があるのか知れば、きっと間違っていると思うはずだ」

「近づくなと言っている。それ以上近寄れば、今度は本当に撃つぞ!」


 銃口を上げた兵士に、それでもタイラは両手を上げたまま兵士の方へまた一歩、足を踏み出した。それを見た兵士は忌々しそうに歯を食いしばり、銃の引き金に掛けた指を引こうとタイラに狙いを定めた。

 しかしその瞬間、背後から音もなく現れたもう一人の人物に、兵士は首元をキツく羽交い絞められ銃を取り落とした。


「うっ……誰だ! 離せっ……く、そ……」


 驚いた兵士はもがくが、首にしっかりと回された腕は剥がれない。腕から逃れようと、腰を落とし相手の脚に脚を絡め体を捻るが、相手も訓練された人間らしく兵士の動きは躱されてしまう。

 しばらくすると兵士は抵抗を止め、首元を締める相手の腕を掴んでいた手も、だらりと力なく下へと下ろされる。

 タイラがそれを見て兵士の背後にいる男に、やや不安そうに尋ねた。


「まさか……殺したりしていませんよね」

「していません。少し気を失っているだけですよ」


 タイラの言葉に心外というように、サトリは人の良さそうな顔を渋らせながら兵士の体をそっと床へと横たえる。


「冗談です。やっぱり君がいてくれて助かりました、サトリ君」

「しかしドクター。この扉は開けられそうにないのですが……」

「……そうですね」


 分厚い扉にはセキュリティが掛けられている。セキュリティ解除のための認証は番号か指紋か。それとも音声か網膜か。とにかく自分が軍にいたころとは違う扉の仕組みに、タイラも眉を寄せる。


「裏へ回ってみましょう。先ほどのロボット兵器の攻撃で崩れている箇所があるかもしれません」


 サトリの言葉にタイラが頷いたときだ。ドンと地面が大きく上下に揺れた。しばらくしてもう一度。またロボット兵器の攻撃か。

 しかし、次にタイラたちのところへやってきたのは音だった。汽車か船の汽笛のような、床の小石が跳ねるほどの空気を揺らす大音量のそれにタイラとサトリは耳を塞ぎうずくまる。


「なんだ今のは……」


 音の後には不気味な静寂が辺りを包み、タイラは様子を探ろうと立ちあがった。しかし、まだ床に膝をついていたサトリは、体に伝わってくる小さな震動が徐々に大きくなってくるのに気がついた。


「ドクター、伏せてください!!」

「え?」


 聞き返したときにはタイラはすでにサトリによって、床に体を押し付けられていた。

 その直後、地面を轟かせながら吹いてきた突風と砂の嵐が二人のいる施設へと押し寄せた。そしてそれに飛ばされてきた瓦礫が壁を破壊し、二人の頭上を掠めて行く。


「うっ……な、なんだ、これはっ」

「まだ頭を上げては駄目です!」


 吹き荒れる風と落ちてくる瓦礫にサトリは身を伏せながら、タイラを崩れ残っている壁際へと連れて行く。

 少ししてどうやら収まったらしい風と揺れに、よろけながら二人は立ち上がった。建物の壁は破壊され外が見えている。そこから西の空を見てタイラは目を見開いた。

 何かが見えたわけではない。その逆だ。

 先ほどまであった、天にまで届くかのようなあの大きなロボットが、西の空から姿を消していた。


 やったのか? アキツ。

 今のはロボットが倒れた時の衝撃波か。


 ちゃんと役目を果たしたアキツを想いタイラは強く拳を握り締めると、再び扉を振り向いた。先ほどの衝撃により飛んできた瓦礫などで施設の壁も大きく損傷している。足を速めて施設の壁を確認して回る。

 するとロボットの攻撃を受け、その後の衝撃のせいもあってか崩れ落ちている一部を発見する。


「サトリ君、ここが壊れている。中へ入れないか」


 すると、兵士の様子を見て服を探り戻ってきたサトリが、壁を確認して頷いた。


「これなら穴を広げることができるかもしれません。少し下がっていてください」


 サトリは壁が崩れてできている隙間に兵士が持っていた手投げ弾をいくつか埋め込むと、ピンに糸を くくりつけて離れる。そして身を伏せると糸を引きピンを抜いた。響いた爆音に煙が上がり、一瞬目を閉じたタイラとサトリは、煙が収まった壁を確認しに行く。

 近づき確認した壁はよっぽど丈夫にできているのか、さほど穴が広がっていないように見えたが、触ると広がったひび割れからボロと下へ崩れ落ちた。それを見てタイラとサトリは壁を手で押し壊す。

 やっと人が入れるだけの穴を開けると、中へ踏み込んだタイラはその場に立ち尽くした。


「ドクター? どうしました」


 その後ろからサトリも中へと入ってきて、タイラの背で見えない施設内を、前へと進み出て目の当たりにし息を吞んだ。


「これは……」

「アキツと同じように作られた強化兵です」

「強化兵?」

「ええ。ロボットなんかではなく彼らは生きている」


 そこには透明なケースに入れられた子供たちが並んで横たわっていた。

 三十人弱はいるだろうか。少年がほとんどではあるが、髪を短くされてはいるものの少女と見られる姿も中にはあった。皆、同じ灰色の服を着せられ目を閉じている子供たちは、アキツよりもさらに歳若い。

 タイラはケースを調べるとついていた装置を押してみた。どうすれば開くのかと、何度か試した後にケースが小さく空気を吐き出すような音と共に開かれる。

 恐る恐る、中に寝ている少年にタイラが手を伸ばすと突然、少年の目が開かれた。むくりと体を起こす少年に、タイラは思わず手を引き声を掛ける。


「大丈夫か? 君たちがどのようなことをされたのか、全ては分からない。だけど今は僕たちと一緒にここを出よう」


 そう少年に言ったが、少年はタイラの言葉に何の反応も示さなかった。

 隣で同じようにケースを開けたサトリも、起き上がった少年に声を掛けていたが、曇らせた顔でタイラと目を合わせると首を振る。

 ここにいる少年たちは、アキツとはまた違っていた。

 アキツを失敗作とみなしたハルカが更に手を加えたのだろう。アキツと違い、ここにいる彼らは自分の意思での行動をしようとしていなかった。

 しかし今、自分たちの考えで何もしようとしない彼らも、戦場へ出て行けばおそらく命令通りに素晴らしい働きを見せるのだろう。

 何の疑問も抱くことなく、自分自身にも他人にも痛みがあることすら気付かずに。


 人間とは一体何なのか。


 タイラ自身、明確な答えを言える自信が今はない。

 人間になるために旅をしていたアキツをロボットとして見たことはなかったが、ここにいる子供たちを見て、これが人間だとは言い難かった。


「サトリ君、ケースをすべて開けてくれ」

「はい。でも、どうするんですか」

「まず彼らを怪我人と一緒に避難させましょう。その後は僕が彼らの治療を引き受けます」


 人間であるはずのこの子供たちを、誰かにロボットなどと呼ばせないように。



◆◆◆◆◆




 サトリは残っていた怪我人と、研究施設から連れ出した子供たちを、軍の人員を運ぶためのトラックに乗せた。

 二十人は乗れるはずの車両だが、荷台左右にある座席は寝かせなければいけないような怪我人もいるため、それほどの人数を詰め込むことはできなかった。

 残っていた軽傷の兵士達に事情を説明すると、怪我人を運ぶことに手を貸してはくれたが、強化兵の子供たちには気味悪そうに表情を歪めるのを、タイラは怪我人の応急処置をしながら見た。

 数台のトラックに分けて怪我人と子供たちを乗せ終えたサトリは、荷台の幌を下ろすとタイラの前へとやってくる。


「ではドクター、自分は彼らと一緒にその街へ」

「お願いします。距離はだいぶありますが、そこには優秀な医者がそろっています。僕の名前を言えば彼らがちゃんと対応してくれるはずです」


 タイラは自分が医者として働いていた砂漠にある街へ行くように、サトリに指示をした。


「できれば、あなたにもご同行いただきたいのですが」

「すみません。どうしても探したい人がいるもので。彼らの治療にも必要な人間だ」

「わかりました。トラックにあった物資はいくつか置いていきますが、どうか、お気をつけて。なるべく早くまた応援に戻ります」


 サトリはタイラに敬礼すると、トラックの運転席に乗り込んだ。

 サトリの運転するトラックが走り出すと、残りの車両もその後に続くようにして走り出す。車が全て走り去ると、辺りはやたらと静かになった。

 ポツリと小さく頬に当たった冷たい物に、タイラは上を見上げる。

 街から立ち上る煙のせいもあって、黒く淀んだ空から大きな水の粒がいくつも落ちてきた。


「雨か……」


 タイラは雨宿りのため、壊れた研究施設の入り口にある屋根の下へ移動した。

 そのとき瓦礫が崩れる小さな音がして、タイラは空を見上げていた顔を音のした方へと向ける。


「タイラ」

「……ハルカ」


 瓦礫の向こうから現れたのはハルカだった。これから探そうとしていた人物が向こうからやって来たことに、少し驚いてタイラはハルカを見る。

 別れる前に着ていたはずの白衣はなぜか脱いでいて、ただの白いシャツ姿になっていた。吊り下げていた腕も今はだらりと下ろしているだけだ。


「ここにいた人達は、みんな避難させたよ」

「そう……ずいぶんと酷くやられたわね」


 みんな、というのが研究施設内の子供たちのことも含んでいると察したハルカは小さく眉間に皺を寄せるが、それ以上は何も言わなかった。


「ああ。派手に壊されたもんだ」

「電気も……止まってしまっているのね」

「え?」


 日が落ちてきていて薄暗くなってきている中、タイラの後ろの研究施設を見上げるハルカの言葉に首を傾げると、


「タイラ! いた!」


 ハルカの後ろからココとクナイが揃って顔を出した。


「ココ」

「タイラお願い、アキツを助けて!」


 瓦礫の奥から出てきたココとクナイ、それにヒジリが担架を持っていて、そこに乗せられているのがアキツだということに気付いたタイラはココ達の元へ駆け寄る。

 雨の影響のない施設内の床に担架を下ろすと、上でぐったりとしているアキツの身体をタイラは調べた。


「見つけた時からすでに意識がなかった。全身の打撲と骨折、右脇腹からは出血してる。折れた骨が内臓を傷つけてるみたいで、呼吸もどんどん弱くなっているわ」


 ハルカの言葉に脇腹を確認すれば、そこには布が当てられ包帯代わりに引き裂かれた服が巻かれていた。しかしその布からも、すでに赤く血が染み出している。一刻を争う事態だ。


「脈もひどく弱い……すぐに手術しないと」

「ここではこの子の手術は無理だわ。もしかしたら、まだ研究室が無事かと思ったのだけど」


 壊れた施設内をチラと見るハルカに、クナイが苛立ったように口を開いた。


「無理って何だよ! だったらできるとこに行けばいいだろ?! ほら、タイラがいたあの病院みたいな街は?」


 タイラは先ほど怪我人を車へ運ぶときに使ったストレッチャーに、ヒジリの手を借りてアキツを移動させると、今にも止まりそうな呼吸をする口元へ手動式の人工呼吸器を当てた。楕円型に膨らんでいるポンプを手で押し酸素を送る。


「あそこからここまで来るのに、どれだけかかったか覚えていないんですか? 車もさっきもう出払ってしまった」

「そんなこと言ったって!」


 無理だなんて言葉で諦められるわけがない。

 すると、それまで黙っていたヒジリが遠慮がちに口を開いた。


「あの、何が……必要なんですか?」


 皆が少しキョトンとした様な視線をヒジリに向ける。


「私が直します」


 ヒジリが口にした言葉に、クナイは二、三度瞬くと、見る間にその表情を明るくした。


「そっか……そうだよ! 博士なら壊れた機械なんて直せるって!」

「私には病気や怪我を治すことはできません。ですが、何を直せばあなた方はその子の手術ができるんですか? 私が、それを直します」


 はっきり直すと言い切ったヒジリを、ココは少し驚いて見ていた。

 するとハルカは手にした懐中電灯で施設の奥を照らす。


「この先の突き当たりを右に曲がった奥に地下へ下りる階段があるわ。そこにある発電機が動かせれば、ここの電気くらい、しばらくは賄えると思う。今、電気が点いていないってことは、それも壊れてしまっているはずだから」

「分かりました」


 頷いたヒジリに、タイラも顔を引き締める。 

 

「よしハルカ、手術のできるところへ案内してくれ。僕は今できる限りの処置をします」

「俺も何か手伝う」

「有難う、クナイ。ハルカ、君の助けが必要だ。君はアキツの身体のことを良く知っているだろう? アキツは……君が作ったのだから」

「……」

「ハルカ」

「……いいわ」


 強く呼ばれた名前に、ハルカはタイラから視線を逸らしながらも苦々しく答える。


「では、私は地下へ行ってきます」


 ヒジリはハルカが持っていけと言うように差し出す懐中電灯を手にすると、瓦礫だらけの暗い施設の奥へ少し頼りない足取りで走っていった。

 それを見送っていたココは、バシンと強く背中を叩かれ後ろを振り返る。見れば、クナイが自分を少し怖い顔で睨んでいた。


「お前も行けよ」

「でも、あたし……」

「ココにはココにできることがあるだろ」


 自分の背中を押すクナイの言葉に、ココはきゅっと唇を結ぶと大きく頷いた。


「ココ」


 行きかけた足を呼ばれて止めると、タイラが何かを投げて寄越した。受け取ったのは小さなペン型のライト。


「気をつけて」

「ありがとう!」


 ココは小さなライトを点けて崩れた壁や天井の瓦礫につまずきながら奥へと走り、地下への扉を開けているヒジリに追いつく。


「お父さん! あたしも手伝う」

「ココ」

「あたし約束したの、アキツと。とっても大事な約束を。それなのに、あたし、まだアキツに何もできてない」

「……分かった。一緒に行こう、ココ」


 扉を開けたヒジリは真っ暗な階段を懐中電灯で照らし確認すると、ココの手を取りながら地下へと下りて行った。


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