Act・2
【Act・2】
東軍からの攻撃が止み、まだ爆撃の煙が残る中、アキツは上を見上げた。
ロボット兵器の内部へと侵入するためにその体を登っていたアキツだったが、未だ腰の下辺りまでしか登れていなかった。
大きいが、それゆえ歩く速度の早くはないロボット兵器へと近づいたアキツは、まず東軍から持ってきた銃をロボット兵器に向かって撃った。発射されたのは、着弾すれば破裂し強い粘着性で対象にくっつく弾であり、弾とはワイヤーが繋がっている。それを伝いアキツは目的の場所へと向かっている途中だった。
ロボット兵器の頭脳と言えるメインのコンピューターは、文字通りの頭部にはなく人間でいう背中の中心付近に作られていた。たとえ仮に頭部が破壊され身体から離れ落ちたとしても、この兵器は歩みを止めることはない。
胸の部分に心臓などは存在せず、ただ攻撃用の燃料が詰まっている。もちろん心や感情などは持ち合わせてはいなかった。
体内へと入ることのできる場所は首の付け根の後ろ側のみ。
ロボットの動きそのものよりも、東軍の攻撃に煽られなかなか上へと向かえなかったアキツは、不安定な体制で再度、ワイヤー弾を発射した。しっかりと着弾し伸びたワイヤーを手で引き確認すると、足の裏をロボット兵器の体につけ、走るように一気に登って行く。
途中、ロボット兵器による攻撃で破壊された東軍の施設を確認するように見た。崩れ燃え煙を上げている街が眼下にある。
急がなければならない。
辿りついたロボット兵器の首元を見たアキツは、そこにある内部へと入る入り口を見て動きを止めた。
前屈み気味なロボット兵器の首元を見下ろすアキツの目には、確かに中へ入るハッチと見られる蓋が映っている。しかしそれは縁がしっかりと溶接され開けられないようになっていたのだ。
中からしか止められないこのロボットを止めることができないようにと、ロボットを作動させた後に誰かが施した措置だろう。
指先で引っ掻いただけでは到底、剥がせるようなものではない。腰に下げていた拳銃を構えると、アキツは溶接部に向け発砲した。寸分違わず同じ位置に何度も弾を撃ち込む。しかし、へこみや傷をつけることは出来ても、穴を開けるまでにはいたらない。
アキツが次にベストのポケットから取り出したのは変形爆薬だった。本当は内部の破壊に使用する予定だったが仕方がない。粘土のようなそれを溶接部分に貼り付け、起爆装置を設置した。
登ってきたワイヤーを手にやや離れると起爆装置を作動させる。首元で起こった大きな爆発にも、ロボット兵器は少しも動じることなく東への攻撃を続けていた。
再び戻り確認したそこは、爆薬を使っても蓋が抜け落ちたりすることはなかったが、溶接部分が捲れ上がり隙間が出来ていた。
アキツはその隙間にハンカチを巻かれている右手の指先をねじ込んだ。掴むことのできた蓋の端をしっかりと握り込み引く。もう片方の手で周囲を押さえ、両足を踏み抜くようにつき、加減など一切することなく引っ張った。自分の視界に入る両手は、血管が浮き上がり小刻みに震えている。
しばらくして、口から手元にポツリと垂れ落ちた赤い物に、アキツは一度引く手を離した。
顔を横へと向けると口の中に溜まってきていたものを吐き出す。血液と共に小さな白い欠片が、ロボットの体にカツンと小さな音を立てぶつかり落ちて行った。力を出すため知らず食いしばった歯がどこか折れたらしい。
アキツはココが手に巻いたハンカチの結び目を噛み解いて、そのまま口の奥に咥え込んだ。それを噛み締めながら、もう一度指先を差し込み、腕を先ほどよりも強く引く。
耳にミシミシと歯が軋む音、身体の内側のどこかで何かが千切れていく音がした。
咥えた白いハンカチに赤い血がじわりと染みる。
すると突然ガクンと浮き上がった蓋に、アキツはロボット兵器の首元から落ちそうになる体を、開いた入り口の縁にもう片方の手で捕まりぶら下がる。
剥がし取ったロボット兵器の入り口の蓋を、剥がし取った勢いそのままに手を離せば、それはヒラヒラと木の葉のように下へと落ちて行った。素材に何を使ったのかは知らないが、丈夫な割には軽い素材のようだ。
ロボットの首元に人一人分の穴がポカリと開く。その程度でロボットの動きが変わる事はない。穴の空いた体からオイルが吹き出すなどということもなかった。
アキツは穴からロボットの内部に顔を入れて中を覗き込んだ。肌に感じることはないが、中はどうやら蒸し暑くなっているらしく空気が少し揺らいで見える。
這い入るようにロボットの内部に侵入すると、口に咥えたままだったハンカチを取ろうとして、蓋を剥がした右腕がいうことを利かなくなっていることに気がついた。
ぶらぶらと肩先で揺れる使い物にならなくなった腕は不必要に思える。いっそ引き千切ってしまった方が動きやすいような気すらしたが、残念ながら自分の身体は玩具のロボットとは違い、取り外し自在というわけではない。接着剤で元通りとはいかないのだ。
それに……。
アキツは少し考えた。
そんなことをした自分を見たらココがまた大慌てするだろうし、クナイは青ざめ気分を悪くするか、怒って蹴り飛ばしてくるかしそうだ。
――まあ、実際はそのくらいで済むことではないのだろう。
旅の中、何も感じない自分の体が傷つくたび、色々な表情を見せた二人の顔を思い出す。
そしてそれを思い出すと、できる限りこの身体を、この形を維持したまま、二人のところへ戻らなければいけないという考えを持つことが出来た。
一度その場に腰を下ろし立てた膝を台にして腕を乗せる。ハンカチの片側を口で咥え、腕の先にある手に巻きつけ結び直した。
ココにしてもらったのとは比べ物にならない雑な仕上がりだが、手に巻きつけたココのハンカチが、使い物にならなくなったこの腕を残しておかなければいけない理由になる気がした。
ハンカチを結び終え、アキツは辺りを見回す。
ロボットの内部は人で言う所の動脈や静脈、毛細血管のようにいくつものパイプやコードが、太い物から細い物まで上下、左右に伸びていた。
試しに足元の壁を這う、腕程の太さの一本に銃の狙いを定め撃つ。鈍い金属音と共に空いた穴から、自分とは違い正しく機械のオイルである液体が吹き出し溢れると、重力に従い流れ落ちていった。しかし、ロボット兵器の動きには何の影響もなさそうだ。
人が立っていられる場所は外装のすぐ内側の壁際にある足場のみ。体の中心部は上から下まで筒抜けの様になっていて、大人が五人ほどで輪にならなければ手が届かないような太さのパイプが一本、背骨のように突き抜けていた。
やや前屈みで前進するロボットの体勢のせいで、ひどく傾いている足場の手すりから身を乗り出し、アキツは下を確認する。入り組んだパイプやコード、機器のせいで底まで見通す事はできない。
アキツは一度目を閉じると、記憶の中にあるロボット兵器の構造を探った。
侵入口を入って右手側、らせん状にやや下へと向かう狭い足場を壁に沿って進むと真下へと続くハシゴがある。それを降りきった所は腰の部分で、下半身を稼働させるための機械が組まれている。そこを腹の方へ一度回りこむようにして続く足場を進むと、再び上へと上がるためのハシゴがあるはずだ。そのハシゴを登って奥に進めば、目的であるメインのコンピューターが設置された部屋がある。
目を閉じていたのは数秒のことで、アキツはすぐに脳内で辿ったルートへ実際に足を進め始めた。斜めになった走りづらいそこを駆けて行くと、記憶の通りにハシゴがあった。
左手だけでハシゴを掴み下りだすと、耳に微かな電子音を捕らえ振り向く。とたん目に入った赤い光に、発射されたそれをとっさに避けると、光の当たったハシゴの持ち手がジュウと小さな音を上げ、熱に色を変えた。
アキツの背後には、いつの間にか顔よりも小さな正方形の物がいくつか、上下左右の壁から管を伸ばし現れ浮かんでいた。それらについている穴から、発せられた光の帯がいくつも自分の身体に、点々と狙いを定めているのに気づき、アキツは躊躇うことなくハシゴから手を離した。
ただの箱のように見えるそれには、侵入者を撃退……いや、抹殺するための熱線銃が取り付けられているようだった。これは自分が見た設計図にはなかったはずだから、後から付け加えられたものだろう。
下でも待ち構えているその箱に、左手に銃を握り落ちながらも箱を撃ち抜いて行く。
大きな音を立て降り立った鉄の足場に一瞬屈み込むが、進行方向にも現れた箱を見て足を止めずに走り抜けながら撃ち続ける。
銃の引き金がカチリと軽い音で弾切れを知らせると、目の前の箱のひとつに向かって銃そのものを投げつけ破壊した。
なぜあの箱が自分に狙いを定めてくるのか。ひとつの可能性にアキツは壁際にあるパイプの一本を足で蹴り抜き壊す。すると、そこから熱いのであろう蒸気が噴出し、辺りを白く曇らせた。
その蒸気を潜り抜け奥へと進むと、箱は追いかけて来るのをやめた。白い蒸気の向こうで、まだ赤い光が標的を探すようにうろついている。標的を探す目安になっているのは動きと熱のようだった。
ふと見れば左手が赤くなっている。蒸気を潜ったときに火傷を負ったらしい。
どうしても痛みを感じない自分の身体を守ることに鈍くなるのは仕方がなかった。
設計図通りに更に進むと再び上へと上がるハシゴにまでやってくる。この上に目的の場所があるはずだ。
しかし、どうするか。爆薬も銃弾も使い果たしてしまった。
ハシゴを登り終えたアキツは、足場の手すりに目をやった。
クナイ方式で行くか。
手頃なパイプの一本を左手に掴むと手すりから引き剥がし、一度上に放り投げるようにしてその端を握り振る。
かつて鉄パイプで自分を壊そうとしてきたクナイに対して、言った言葉を思い出した。
『そんなもので俺は壊せないぞ』
さて自分はどうだろうか。こんなもので、このロボットを壊せるだろうか。
どちらにしろ、やらなければならない。
鉄パイプを手に目的のコンピューターがあるはずの部屋の扉の前に立つ。周囲を確認したが、先ほどの箱のような兵器が自分を狙っている気配はなかった。
扉は金庫のような造りで真ん中に丸いハンドルが付いている。特に溶接などがされている様子はない。鉄パイプを一度立てかけハンドルを握り回せば、それは素直に回り扉が開かれた。
部屋の中央には目まぐるしくチカチカと光を点滅させて可動する大きな円筒形の機械が天井にまで伸びていた。
あまりに簡単に目の前に姿を現したその心臓部に、何かの罠が仕掛けられている可能性を考え、扉のハンドルを毟り取ると、部屋の中へ投げ入れた。
……何も起こらない。
溶接した入り口と侵入者を攻撃する熱線銃に、ここまで来られる人間はいないだろうとでも思ったのか。
アキツは再び鉄パイプを手にすると、巨大なその機械を見上げながら中へと足を踏み入れた。
しかし次の瞬間、機械の正面が開くと大砲のような大きな筒が姿を現しアキツへとその口を向けてきた。やはり、侵入者への対策はされていたようだ。
ボッ!!
鈍く重い音と共に砲口から勢いよく発射されたのは巨大な白い塊だった。
アキツは真正面から向かってくるそれから少し体をずらすと、片手に持った鉄パイプを横から払うようにして、左腕だけでその塊を受け止めた。そのまま後ろに引っ張られそうな腕を、足を大きく踏み出しながら前へと振り抜き、鉄パイプから手を離す。
すると、白い塊は鉄パイプごと自らが出てきた砲口部分を破壊しながら埋もれた。
どうやら粘着性のある物質だったらしく、鉄パイプは不自然な形で刺さったまま落ちてこない。
そのとき、ロボットの体が激しく揺れた。ロボットがまた東へと大きな攻撃をしたらしい。
アキツは巨大な機械を前に足を進めると、それには見向きもせずその裏側へと回った。
そう。目的はこの大きな機械ではなかった。
機械の裏側に回ったアキツは中央の機械からいくつものパイプやケーブルが伸びている壁に向かい、手頃なケーブルの一本を引き抜きながら壁を剥がした。剥がし取った壁の向こうはポカリと小さな空洞になっている。
そしてそこには、こっそりと隠れるようにして厚い硝子のケースが置かれていた。中に光を吸い取るような鈍い墨色をした立方体が入れられている。
これこそが、このロボット兵器の動き全てを制御しているメインのコンピューターだった。
両腕に抱えられるほどの小ささのそれは、本当にこの巨大なロボットを動かしているとは、にわかに信じがたい。
アキツは再び壁から鉄パイプを一本剥がし取ると、空洞の中へ入り込んだ。
厚い硝子のケースに向かって立ち、一箇所を狙い定めるように何度も鉄パイプを振り下ろす。
何度も
何度も
何度も
何度も――
鉄パイプを弾き返す丈夫さのケースは、しばらくするとその一点から細い亀裂の線を表面に現し始めた。
一度、滑った鉄パイプが手からすっぽ抜け、見ると手の平の皮が剥け赤い肉が露出していた。
ハルカというあの白衣の女は自分の皮膚を鉄のようにすることができなかったと言ったが、こんなときにはそれすらも、されていれば良かったのではないかと考える。
そうされていた場合、自分はそれでもヒトと言えるのだろうか。それとも、さすがにロボットと呼ばれるべきなのだろうか。
落ちた鉄パイプを拾い握り締め、再度、強く打ち付けると、それまでの硬さが嘘のようにケースは白いヒビを全体に広げて、もう一度打ち下ろされた鉄パイプの衝撃に砕けた。
とたんに、辺りから警告を発するようなけたたましい音が響き、赤い光が点滅を始める。そんな音も色も気に留めず、アキツはちっぽけなその立方体を見下ろしながら口を開いた。
「お前を作った人間は、お前を作ったことを後悔していた」
作ったその手で壊そうとしていた。
「俺も作った人間に失敗作だと言われたが、俺には帰りを待ってる人たちがいる」
たとえばもしも、この兵器にも旅する機会が与えられていたならば、何かが変わっていただろうか。
いや、このロボットは元々、破壊を目的として作られた物だ。自分で考えることができない。プログラム通りに動くだけ。そんなもしもは意味がないだろう。
「お前がロボットで良かった。お前も俺と同じで何も感じはしないんだろう? 俺は自分の考えに何の迷いも生じることなく、お前を壊す事ができる」
それでもココならば、壊すために生み出されたこのロボットが、壊される事を悲しいと感じるのかもしれない。
激しい警告音と赤く点滅する警告灯の中、小さな黒いロボットの心臓に向かって、手にした鉄パイプを大きく振り下ろしながら、アキツは一瞬そんなことを考えた。