表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
十話・キオク
64/75

Act・6

【Act・6】


 硝煙を細く上げながら拳銃が床に落ちた。

 それに続いてハルカが両膝を床につく。先ほどまで拳銃を持っていた手の手首を抱えるようにしてうずくまった。


「う……」

「動かさない方がいい。とっさだったから加減が上手くできなかった。骨が折れているはずだ」


 先ほどまでとは逆に、今はアキツがハルカを見下ろしていた。

 ハルカが引き金を引く瞬間、アキツは体を起こしハルカの手首を手刀で払った。鋭く切るようなそれにハルカの手首は外を向き、手首にしていた機械も砕け散った。

 しかし避けた銃弾はそれでもこめかみを掠ったらしく、アキツの左耳の上から顎にかけては、血が赤い線を描いて垂れていた。

 埋め込まれたチップによって、完全にアキツの動きを支配できていると思い込んだハルカの失敗だった。

 アキツの限界はハルカの予想よりもまだ上だったのだ。


「……ふふ。完全にダメになってしまったわけじゃ、ないみたいね。やっぱりあなたには、戦うことが染み付いている」


 ハルカは顔を歪めながら手首を押さえる。

 そんなハルカからアキツは一度離れると、ハルカがしていたのと同じ様に兵士のジャケットを探り戻ってきた。その手には折りたたみ式のナイフが握られていた。

 パチリと開かれた刃に、制御装置を失ったハルカは物怖じしない目でアキツを睨みながらも、壁際に身を引く。

 アキツはハルカの前にしゃがみこむと、手にしたナイフを振り下ろした。

 その瞬間、目を閉じたハルカだったがナイフによる新たな痛みはやってこない。そっと目を開くとアキツはナイフでハルカの白衣を床に縫い付け、その裾を裂いていた。

 いったい何をしているのかと思っていると、折れた手首を急に引っ張られる。突然のことに押さえられない苦痛の声が喉から洩れた。

 再びナイフを近づけるアキツにハルカは体を固くするが、ナイフは刃を閉じられハルカの手首に押しあてられた。

 そしてナイフの上からぐるぐると裂いた白衣の布地が巻かれる。どうやらナイフは添え木の代わりらしい。


「何もしないよりはいいはずだ。俺と違ってすぐには治らないんだろう?」

「……余計なことを。以前のあなたなら、こんなことはしなかったはずなのに」


 手当てを受けたことに対して不満を漏らすハルカに、アキツは自分の手を見た。

 そこにはココのハンカチが巻かれている。


「確かに、そうかもしれないな」


 そのとき、ズンという地響きと共に、建物が大きく揺れた。

 沈み込むような、突き上げるような縦の揺れが一度。すぐに収まったかと思うと、再び同じものがやって来る。

 ハルカは壁を支えによろけながらも立ち上がった。


「……地震?」

「いや……違うな」


 アキツは怪我をしていない方のハルカの腕を掴み、前へと押すように歩き出した。


「どこへ行くつもり」

「外が見えるところへ案内しろ。西が見えるところだ」

「……西?」

「早くしろ」


 変わらぬ口調で急かされ、ハルカはアキツに腕を掴まれたまま足を進めた。

 ハルカがやってきたのは今いる建物と別の建物を繋ぐ、ガラス張りになった通路。 


「ここからなら西が見えるわ」


 右手に東の施設を、左手に国境とその先に西軍の防壁を見る事のできるそこで、ハルカは西へと体を向けた。

 ハルカにはすでに見慣れた景色。しかしそこにあった見慣れぬものに、いつもは細められていることの多い眼鏡の奥の瞳が大きく開かれる。 


「……何なの、あれ……」

「西軍が作ったロボット兵器だ」


 アキツがまるで知っていたかのように言った。

 まだ朝焼けの色を残す雲の隙間から、地上に差し込む光の帯に照らされて立つ巨大なロボットがそこにいた。

 兵器というより、まるで子供の玩具をそのまま大きくしたような形。

 人……よりは猿を模したような二足歩行型だが、下半身より少し大きいアンバランスな上半身を、長い腕の大きな手を前について支えるように立っている。

 兵器としては別に不要と思われる、顔のついた頭部がこちらを向いていた。顔の面積に対して小さい点の様な目、その間に呼吸などしていないだろうに鼻のような突起物がついている。口はというと大きな掘削機のシャベルのようだった。

 それらが作りだす表情はどこか、ふざけて笑っているようにも見えた。


「下品な西の奴ら……あんなガラクタで東を攻めようって言うの」

 

 どちらかというと未来的な印象のものではなく、古臭いガラクタの寄せ集めのようなそれ。

 攻撃にそのようなロボットを使うということ事態が、東の国を心底馬鹿にしているようだった。

 こんなものに、今からお前の国は滅ぼされるのだと。

 怒りと屈辱に表情が険しくなるハルカの隣でアキツが口を開く。


「一年前……」


 その声にハルカはアキツへと視線を移したが、アキツは真っ直ぐロボットの方を向いたままだ。


「一年前、俺は逃げだしたわけじゃない」

「……何の話?」

「俺は自分の他に三人の強化兵をつれて西軍の基地へ潜入した。そこで西軍のデータベースに侵入。極秘ファイルへのアクセスに成功し複製を試みた」


 そこまで聞いて、ようやくハルカはハッとする。


「記憶が……戻ったのね?」


 アキツが語っているのは、制御装置によって限界を感じた脳が呼び起こした強化兵としての経験と記憶だった。


「極秘って……もしかして」

「あのロボット兵器に関するデータだ。しかし途中で西軍のロボットの攻撃を受け、複製したデータを破壊された。だから俺は任務としてそのとき一番すべき行動をとった」

「一番すべき行動?」

「兵器に関するデータを東に持ち帰り渡すことだ」

「でもデータのコピーは……」


 たった今、破壊されたと聞いたばかりだが。


「ここにある」

「ここ?」

「俺の頭の中だ」


 淡々と返すアキツにハルカは言葉を忘れる。


「データを複製する際、四人の中でデータを目で見ていたのは俺一人だった。俺はデータを東へ持ち帰ることを最優先した。しかし俺自身も攻撃を受けた。西の基地からは何とか脱出できたようだが、そこで記憶を失くしたらしい」




◆◆◆◆◆



 西軍の基地への侵入はさほど難しいことではなかった。

 警備のロボットもいたが、動きはそこまで俊敏なものではない。背後から首をねじ切り、メインのコンピューターを破壊すれば機能はすぐに停止した。

 ロボットが侵入者である自分たちに気づき攻撃を始める前、基地内に警告を発する前に破壊する。それができる速さを自分たち強化兵は持ち合わせていた。


 基地の中心部にあるデータ管理室にてコンピューターへの侵入に成功。そこで外との音声通信がまず途切れた。一人ひとりに取り付けられたカメラの映像データが、まだ東から確認できているかは分からない。

 識別番号2番と3番が周囲を警戒する中、1番と自分とでデータを探る。そして西軍が作成しているとみられる兵器の設計図を発見した。

 データの複製が開始される中、同時にファイルの内容を目で追う。コピーが完了したチップを抜き取ったときだ。

 コンピューターを含めた自分の周囲を、床から突き上げるようにして伸びた鉄の柵が囲い始めた。すぐさま、柵の外にいた2番へとチップを投げ渡す。2番はチップを手にすると出口の扉へと走った。

 しかし――

 激しい銃撃音がして閉じていた扉が穴だらけとなって内側へ吹き飛んだ。

 壊れた扉と共に床へと叩きつけられたのは2番の体だった。チップを握っていたはずの手は撃ち抜かれなくなっていた。

 3番が扉の向こうに現れたロボットに向かって行く。2番がこちらに戻ると、損傷の激しい体で柵の前に立ちはだかった。戦闘にはすでに使えないと悟った体で盾になる。

 1番と共に2番が守る柵の反対側を捻じ曲げ抜け出すと、部屋にロボットが次々と入り込んできて肩口にある銃で発砲を開始した。

 ここにある機器やデータは西にとっても重要なものであると判断していたが、このロボットはそれでも構わず攻撃をしてくるようだ。

 3番がすぐにその肩を破壊するが、今度は腹から突き出た銃口がこちらに狙いを定める。肩の銃よりも大きなその銃口を3番が破壊すると、ロボットは3番を巻き込むようにして爆発した。

 コピーしたチップはすでにない。

 1番が確認するように見る目に頷き、指先で自分のこめかみ辺りを小さく叩く。


 データは頭の中ここにある。


 2番を盾に1番を囮にして脱出を試みた。

 今、大事なのは自分の記憶した兵器のデータだ。もしデータを記憶したのが別の者だったなら、その者を脱出させるための行動を自分もとっただろう。

 基地内を抜け出し防壁の上にたどり着いたときには、すでに1番も2番もいなかった。外はまだ深い夜の闇に包まれている。

 走る足が少し鈍い。自分の体を手で探れば、それは赤く濡れた。

 どこかを撃たれている。どこが撃たれているかなどは問題ではなかった。出血量は多くない。足はまだ走り続けることができた。

 さすがにそのまま飛び降りるには高い防壁の上、ワイヤーの付いたフックを壁に打ち込むと、それを手に飛び降りる。


 そのときだ。

 防壁の上のロボットがその姿を捉え発砲を開始した。

 空中では向きを上手く変えることのできない体を捻るが、手にしたワイヤーと共にロボットの銃は体を撃ち抜いた。崩れたままの体勢で叩きつけられるように地面に落ちる。

 良くない落ち方だった。

 すぐには起き上がれず伏していると、地面についた耳にロボットの足音が聞こえた。まだ遠いがこちらに向かってきているようだ。

 立ち上がろうとした足は二歩目を踏み出したところで崩れて、再び地面に体を伏すことになった。どうやら右足は損傷が激しいらしい。

 腕を使って這うようにしてその場を離れる。地面はけして滑らかなものではなかったが、痛みを感じない体を前に運ぶのにさほど支障はなかった。


 そのまま西と東を隔てる高いバリケード沿いまでやってくる。体が万全の状態ならば飛び越えることなど造作もないだろう。しかし今は体を上手く動かせない。

 上体を起こしバリケードの金網を鷲掴んで引く。バリケードが丈夫なのか、肉体を損傷しすぎたせいかは分からないが、思いの他それは固く壊れなかった。

 それでも更に腕を引けば、鉄柱部分からメリメリと剥がれるように一部が破ける。破けた金網を片手で持ち上げながら、もう片方の腕で体を引きずるようにして潜り抜ける。

 手を離せば金網は元通りとはまではいかないが、その固さで再び西と東を遮るように閉じた。

 やがて視界がぼやけてきた。出血が多すぎたようだ。さらに地面についたときに打ちつけたのか、右の目元が腫れてきていて視界が狭く、遠近感も悪くなっている。

 人の何倍もの治癒能力があるとはいえ、魔法のように治りはしない。どこかで動かずに体を休める必要がある。

 白くかすみ、ぐらつく景色の中、目に入ったのは朽ちた建物の影に止められた東の軍用車だった。あれに乗り込めば東軍の基地へと戻れるはずだ。

 ノブに手を掛ければ難なく開いた後部座席に這い上がるようにして乗ると、中にあった布を被り座席の下へ身を丸める。



 そこまでが強化兵、識別番号0番としてのアキツの記憶の最後だ。

 しかし幸か不幸か、その車は東軍の基地へは戻らなかった。



 しばらくして運転席に乗り込んできたのは、黒服を着た大柄で腕っ節の強そうな男だった。髪は短く刈り上げた金色。掛けている丸いサングラスのせいで顔はよく分からない。

 続いて助手席に乗り込んできたのは女だ。男とはまるで逆のスラリとした細身で、同じく金色の髪をしているが、こちらは胸の辺りまで緩やかな曲線を描いた長い髪をしていた。どこか冷たい感じのする美人だ。


「おい、軍の車じゃねぇか。こんなもんすぐに目がつけられるだろ」


 男が言うと女は指先で髪を弄びながら答える。


「しかたがないでしょう? 向こうがコレしか手配できないっていうんだから。軍の連中ばっかりのこの辺りなら、これが一番目立たないわよ。この街を抜けたら乗り換えればいいでしょ。早く出発しなさい」

「……それで、お前の持っているその設計図は、ちゃんと金になるんだろうな」

「今の西では、たいした武器もないし技術者もいないもの。こっちの機械技師に、この武器を作らせることができれば、買う奴の目処は付いてるわ」

「そんな話に引っかかるような、頭が悪くて腕はいい機械技師なんてのがいるといいがな」


 誰かの手を借りて西から密入国したらしい二人は、手持ちの武器の設計図を形にするべく東の国で機械技師を探すつもりらしかった。

 夜通し走った車は、やがて茶色く枯れた葉がざわめく草原の脇を通りかかった。助手席ですっかり眠り込んでいる女に男は声を掛ける。


「おい、そろそろ運転代われ」

「何よ。まだそんなに経ってないでしょう?」

「腹が減ったし喉が渇いた」

「この辺りに店なんてないわよ。食べる物なら後ろの鞄に少し入ってるから、それで我慢しなさい」


 男は舌打ちすると車を一度止め、後部座席に放り込まれた鞄を探った。そして座席の下に布を被った何かがあることに気づく。


「おい! 起きろ」

「何なのよ、うるさい男ね」

「いいから起きろ。何なんだよ、これは!」


 男に体を揺すられ不機嫌そうに女は体を起こすと、男が見ている後部座席に目をやる。

 そこには、少年が一人転がっていた。少年は傷だらけの体から血を流し、それは男が捲くった布にも染みていた。


「ちょっと何よ、これは」

「それは俺が聞いてるんだ!」

「冗談じゃないわ。私たちは武器商人よ? 死体の運び屋じゃないんですからね」


 女はそう言って助手席を降りた。後部座席のドアを開けると、おもむろに少年の足を掴んで引きずり降ろす。


「何をぼさっとしているの。早く手伝いなさい」


 男は死体らしき少年を見ても態度を変えない女に、感心するやら呆れるやら。溜息を吐くと女に代わって少年の体を抱え上げ、乾いた草原の中に投げ込んだ。背の高い草の葉が、少年の体を静かに受け止め覆い隠す。


「さあ、早くしましょう。じゃないと、もしかしたら武器のいらない平和な世界が、すぐそこまで来ているかもしれないでしょう?」


 冗談なのだろう女の言葉に、男は苦笑すると再び車を発進させた。




◆◆◆◆◆



 一年前の任務で識別番号1番から送られてきた映像には、2番を盾にしながらも施設を走り出る0番の姿が映っていた。

 そのとき、ハルカは0番が逃げ出したのだと思っていた。完成したと思っていた研究は失敗したのだと、この一年、残りの強化兵に更に手を加えることになった。

 まさかそれが、自分の中にあるデータを守るためだったとは。

 しかしすでに一年も前、それも一度見たきりの事。ハルカは再びアキツに尋ねる。


「それで……データは……?」

「今でもまだ俺の中にある」


 機械的に言葉を返すアキツ。その口調は任務を終えて戻ってきた強化兵の物だった。

 ハルカの口から思わず笑みが漏れる。


「……ふふ…………あはははは! やっぱり、あなたは優秀だわ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ