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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
十話・キオク
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Act・5

【Act・5】


「なあ博士、何してんだよ」


 西でヒジリと同じ部屋に閉じ込められたクナイ。

 ココがすぐ近くまで来ている事を知ったヒジリは「ここを出る」と言ったのだが、その後のヒジリはというと『てふてふ一号』を工具でいじっているだけだ。


「この『てふてふ一号』は元々、ただ飛ぶだけの玩具ではなくて、空の映像を撮りたいと思って作った物なんです。私の住んでいたところは、とても空が小さなところだったので……。二号はもっと綺麗なものならココも喜んでくれるかと思って、改良するときにその機能を外してしまったんですが……」


 言いながらヒジリは何かを施した『てふてふ一号』を手に、椅子を部屋の角まで引きずった。そしてそこに乗り、天井のそばについている監視のカメラを今度はいじり始める。


「なあってば、博士――」


 結局答えになっていないヒジリの言葉に、クナイは再び聞こうとした口を閉じた。

 伸びた髪を頭の後ろで括り、ねじ回しを口に咥えたヒジリ。機械と向き合うその顔は、先ほどまでとはまるで別人のようだった。

 そこにいるのは確かに機械技師だった。

 怖いくらいに真剣なその様子にクナイはヒジリから離れる。そしてベッドに座ると、作業が終わるのを大人しく待つことにした。


「――よし」


 さほど時間をかけることなく、ヒジリは椅子から降りた。クナイの方を向いたヒジリは人の良さそうな笑顔に戻っていて、なんだかホッとする。


「何してたんだ?」


 改めて聞いたクナイにヒジリは工具を手に、次は自動扉の前に移動する。


「実はあの『てふてふ一号』には、私がそこでうずくまってる映像を記録しておいたんです。今、監視カメラにはその映像が流れています」


 そう言いながらヒジリはドアと壁との隙間を見て、先の薄いネジ回しを壁に差し込み、一部をやや強引に剥がし始めた。壁の中、扉を制御する配線が見える。


「ああしておけば、堂々とドアを壊していてもすぐには気づかれないはずです。西はあらゆるものを機械に頼りきっている部分が多いので」

「でもその映像、俺は映ってないんじゃないか?」

「……大丈夫ですよ。きっと気持ち悪がって離れてるんだろうって思われますよ……」


 部屋に入れられたときのクナイの反応に、どうやら地味に傷ついていたらしい。


「……というか、道具持ってたんだな」

「彼らは私が逃げるとはまるで思っていませんから。……事実、私はひどい臆病者でして」

「でも、逃げようとは思ってたんだろ。今流してる映像はそのために用意してたもんじゃんか」


 偉そうなことを言ったような気がして、クナイはヒジリから目を逸らす。

 自分だって弱虫のくせに。

 いつでもこの部屋を抜け出せたとして、それを実行することにどれほどの決心が必要なのか、クナイにはよく分かる。頭で分かっていてもその通りには動けないことの苦しさも。

 何か小さなきっかけがあったり、誰かに背中を押されないと動けないこともある。自分にはそれがあっただけ。

 いつでもマイペースな機械技師の少女と、愛想の欠片もない自称ロボットだ。

 ヒジリはクナイの言葉に意外というように、ちょっと眉を上げて嬉しそうに微笑む。


「君がここに来てくれて良かったです」

「い、いいから早く扉を開けろよっ」

「は、はい!」


 ヒジリは壁に開けた穴を更に広げて、配線を見極めるように手に取る。

 単純に全部ぶった切れば開くのではないかと思っていたクナイだが、そんなことをすれば逆に開かなくなってしまうのかもしれない。

 作業を続けるヒジリは、今度は自分からクナイへと話しかけてきた。


「そう言えば、君の名前をまだ聞いていませんでした。伺ってもいいですか?」

「……クナイ」


 改めて聞かれるとなんだか気恥ずかしい気がして、ぼそりとクナイは答える。


「クナイ君はどうしてこんな所へ?」

「俺の姉ちゃんは、俺を助けようとしてロボットに撃たれて死んだ」


 それを聞いてヒジリが手を止め振り返った。


「そのロボットを作った奴がここにいる。姉ちゃんを……殺した奴だ」

「それは――」

「早く扉を開けろってば」

「……はい」


 険しくなったクナイの声に、ヒジリは作業を再開する。

 配線をいじり終えると閉じた扉の合わせ目にネジ回しを差込み、出来た小さな隙間に手を入れ両側に引く。すると、それまでぴったりと閉じていた扉がヒジリの手で簡単に開かれた。 


「開いた!」


 クナイは部屋から顔を出しきょろきょろと外を見回す。


「誰もいないみたいだな」

「ええ。この施設内は広さの割りに人間が少ないんです。この塔自体も監視は薄い場所のようでして。さあ、行きましょうクナイ君。確か向こうに緊急用の出口みたいなものが――クナイ君?」


 部屋を出て先に立って歩きだしたヒジリは、着いて来ないクナイに足を止める。


「俺は他に用がある」


 何かを決心しているように言ったクナイに、ヒジリはクナイの元に戻ってきた。


「用って……」

「言っただろ。俺の姉ちゃんを殺した奴がここにいるんだ」

「それは……どうする気ですか? まさか……」

「うるさいな! 俺がどうしようと勝手だろ?!」

「でも、君がそんなことをするのは見ていられないです」

「……別に見てなくていいよ。博士はさっさとココのところに行けばいい」

「お願いです。そんなことはやめてください」


 クナイはこれから自分がしようとしていることを否定する機械技師に苛ついてきた。


「偉そうなこと言うなよ! あんただって同類だ!!」

「……はい、私には君を止める権利なんてありません。でも私はクナイ君が心配なんです。君はきっと、とても優しい子だと思うから」


 声を荒げたクナイは、静かに返すヒジリに一瞬、毒気を抜かれたように目を瞬く。


「君がただ自分のためしか考えていない、そんな人間なら私もこんなことは言いません。でも君はそうじゃない。お姉さんの復讐を終えれば今度、君は君自身を許しはしないでしょう?」


 クナイは唇を結び奥歯をかみ締めた。

 当たり前だ。それは許されることではないのだから。相手がたとえどんなに憎くても、たとえどんなに酷い相手でも、その命を奪った後、平然と生きていけるわけがなかった。

 クナイがここまで来た目的は復讐だ。

 クナイにとって唯一、たった一人の家族だった姉。何の罪もなかったのに突然、命を奪われた。その仇を討つという行為を本気で責められる者などいないだろう。クナイ自身もそれを実効した後に、後悔なんてしないはずだ。

 しかし、クナイは優しすぎる。

 全てを終えた後、また再びココやアキツの隣を歩きながら、面白おかしく旅をするなんてできるはずがなかった。

 目を逸らしたクナイの肩をヒジリは掴んだ。小さな肩を包むように掴む手は大きく強く、クナイは体を固くする。


「駄目ですよ。君はこの命を粗末にしちゃいけない。お姉さんは君を助けたと言いましたね。この命はお姉さんが必死に守ったものだ。 たとえ君自身でも、粗末にしていい物ではありません」


 姉のことを出されて困惑したクナイが、今にも泣き出しそうな顔を上げヒジリの体を拳で叩いた。叩きながらクナイは叫ぶ。


「じゃあ……じゃあ、どうしたらいいんだよ! あいつがここにいるんだ! あいつは姉ちゃんを殺したのに! 俺はそのためにここまで来たのに、なんで駄目なんだよ! 俺は……俺はロボットなんて大嫌いだ!」

「はい」

「それを作った奴も大っ嫌いだっ!!」

「……はい」

「俺はっ――……」


 この手であいつを殺したいのに。


 声を詰まらせたクナイは、叩く手を止め身長差のあるヒジリの腹に顔を押し付けるように埋めた。


「クナイ君……お願いがあります。一緒に来てもらえませんか。私一人ではとてもここを抜け出せそうにない。抜け出せたとしても、どうやって東へ戻ればいいか分からないんです。クナイ君は……知っていますよね」

「なんで俺があんたなんかを手伝わなきゃいけないんだよ! そんなのズルいだろ!」

「確かに私は勝手なことを言っていると思います。なので私を恨んでくれて構いません。君の大事な目的はこんな奴に邪魔されたんだって。私を助けたせいで君は、自分の目的を叶えることができなかったんだって」

「……」

「君がココを心配してくれたように、ココもきっと君を心配しているはずです。一緒に来てください、お願いします」


 ヒジリはクナイを止めるため、その優しさに付け込んだ。ココのことを心配する気持ちを利用する。この優しい少年が自分の頼みを、おそらく断れないだろうと知っていて。

 ヒジリの腹に顔を埋めたまま肩で荒い息をしていたクナイだったが、しばらくするとその呼吸が落ち着いてきた。ヒジリはその苦しそうな小さい背をさすろうと、そっと手を伸ばす。

 しかし、そのとたんクナイはヒジリを突き放すようにして離れると、ヒジリを追い越し歩き出した。


「クナイ君?」

「ぐずぐずしてないで早くしろよっ。急がないといけないんだろ!」


 ヒジリの方を向きもせずに言うクナイ。怒りに任せたように張り上げた声は、必死に自分の本当の感情を押し殺していた。

 クナイはヒジリを助ける方を選んだのだ。


「……ありがとう」


 そのときだ。

 足元が一瞬沈んだかと思うような揺れが二人を襲った。あまりに大きな衝撃に、クナイはその場に膝と手をつく。


「な、なんだよ、今の!」


 ヒジリに向かってクナイが聞くと、地鳴りを伴って再び大きな揺れが起こる。


「まさか……」

「何? まさか、なんだよ博士」

「まさか、あれがもう――」

「ちょっと、おい、どこ行くんだよ!」


 ヒジリはクナイの手を引いて建物の奥へと走った。そこにはノブ付きタイプの扉があった。しかしその扉も壁のパネルで開閉が制御されている。

 しかしヒジリは何も迷うことなく、先の薄いネジ回しを使いパネルを壁から剥がすと、中の回線を引き出した。

 機械を前にしたときの、あのヒジリがそこにいる。

 ひと目で回路を見極めたヒジリは、先ほどまで閉じ込められていた部屋の扉を開けたときとは、比べ物にならない速さで扉の鍵を解除した。

 ノブに手を掛けると向こう側へ開いた扉の先は、直接、塔の外に抜けていた。扉の下に足場はなく、壁にそのまま取り付けられた金属の杭がハシゴのように下まで続いている。

 扉を開いたヒジリはその場に立ち尽くしていた。


「博士? どうしたんだよ」


 ヒジリの体の脇から外を覗こうとしたクナイは、中へと吹き込んできた強い風に一瞬、目を閉じる。

 そして、再びゆっくりと開いた目に飛び込んできたものに息を呑んだ。


「何……なんだよ、あれ……」

「手遅れだった……」


 ヒジリも目を逸らすことのできない巨大なそれを前に呟いた。


「とうとう、あれが動き出してしまった……」


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