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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
十話・キオク
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Act・4

【Act・4】


 ガクンとタイヤが石に乗り上げ大きく揺れた車体に、タイラはチラと助手席のココを見た。

 東と西を分ける国境のバリケード沿いを走るオンボロ四輪駆動車。

 ココはその体には少し大きな座席の上に、膝を抱える様にして座っている。顔はというと、ずっとタイラから背けて窓の外に向けられていた。


「さて、抜け出して来られたのはいいですが、どうやってクナイを探しましょうかね」


 施設の入り口にある検問を車で強引に突破した。

 何かを叫ぶ兵士から発砲を受けたものの、追いかけて来る車の姿は今の所ない。

 そして今、話しかけたタイラに返ってくる声もなかった。車外を過ぎて行く景色の軽快さに比べ、車内の空気はどんより重い。


「……ココ、大丈夫ですか?」


 今度は独り言になってしまわないように、そう問いかける。


「タイラ……ひどいよね、あたし。アキツのココロなんて最初から作れなかったのに」


 窓の外を向いたままのココがポツリと言った。

 アキツを置いてきた施設は初め、サイドミラーにどんどん小さくなりながらも映っていたが、それももう見えなくなってしまった。それがココには苦しかった。

 あんなところにアキツを一人置いてきてしまった。

 アキツは元々、自分を機械技師としか見ていなかった。でも自分はどうだろうか。アキツが人間だと本当は気がついていた。

 機械技師である自分がアキツの役に立たないと気づいていて、それでもアキツとの旅を続けた。

 自分はアキツを助けるフリをして、ただロボットを作りたいという自分の目的のため、アキツを利用していただけではないのか。

 たとえ“ロボットのココロ”が見つかって、ココがそれを作れたとしても、アキツにその“ココロ”を使うことなどできはしないのだから。


 ハルヒが修理をしたいと言った時、アキツが自分を選んでくれたことが嬉しかった。

 タイラが現れた時、医者という存在になぜか焦る自分がいた。

 ヒヨリに“ココロ”を探す役目を取られたと思った時、ひどく苛ついた。

 アキツをロボットだと思っていたというよりも、アキツがロボットでいてくれた方がいいと、いつしか思うようになっていたのではないか。

 そうやってアキツに嘘をつき続け、この旅が永遠になるとでも思っていたのだろうか。


 自分がアキツの“ココロ”を作る機械技師である限り、アキツは自分のそばにいてくれる。何かあれば自分を守ってくれる。

 アキツにぴったりの“ココロ”など、どうせ見つかりはしないのだ。

 幼い頃に病気に取られた母のように、腕の良い機械技師であるが故に仕事に取られた父のように、何かにアキツを取られるのは嫌だった。

 まるで都合良くそばに置いておけるロボットのように思ってはいなかったか。自分のために、いつの間にかアキツをロボットだと思い込むようにしていなかったか。

 アキツが自身をロボットでないと知ったとき、アキツにとって機械技師なんて、自分なんて必要ないものになる。

 本当のことを知れば、アキツは母や父のように自分を置いてどこかへ行ってしまう。

 人間になりたいというアキツを誰よりロボット扱いしていたのは、自分じゃないか。


「あたしが、アキツをロボットにしようとしてた……あたし、最低だ」


 なんて酷い。

 なんて汚い。

 なんて醜い人間なんだろう。


「本当にそう思いますか?」


 タイラに聞かれて、ココは膝を抱える手をギュッと握りしめた。


「当たり前じゃん」

「あぁ、そうじゃなくて。ココはアキツに“ココロ”がないと、本当にそう思いますか?」

「え……」


 思わずタイラに顔を向けるココ。

 

「少なくとも僕は、アキツには感覚がなくても、感情がないようには見えないんですが」

「感情?」

「ここまでのアキツの言動を見てきて思ったんです。アキツがココにしてきたことが、自分の“ココロ”を手に入れるためのものだとして、その理由だけではしない行動があるでしょう?」


 アキツは本当に自分をロボットだと思っているのだろうか。

 それがタイラには初めから疑問だった。

 確かにアキツは変わってはいるが、けして馬鹿ではない。本当に自分のことをロボットだと思っているとは、タイラにはどうにも考えづらかった。

 アキツが『自分はロボットだ』と口にする言葉を何度も聞いた。もしかしたら、繰り返しそう口にすることで、自分がロボットであるという暗示を自身に掛けてしまっていた可能性もある。

 だがそれよりも……。

 

『問題ない。俺はロボットだから』


 アキツがよく口にしていた、もう一つの言葉。あの言葉は逆に考えれば『人間ならば問題がある』ということになる。

 もしかしたらアキツはただ、自分をロボットだということにしておきたかっただけではないだろうか。

 痛みもぬくもりも感じない自分の身体を。

 喜びも悲しみも理解できない自分の心を。

 他人とは違うそれらは、人としては『異常』だが、ロボットであれば『普通』だから。


「そうかもしれないけど……」

「“ココロ”は誰かの手によって作られるものではなく、できていくものだと僕は思いますけどね。色々なものとの関わりによって。たとえばここまでの旅のように」


 ココは再び窓の外に目を戻した。

 だったらいいのに。

 ここまでの旅がアキツにとって、無駄でなければいい。

 嫌われてもいい。怒ってもいい。

 本当のことを知ったアキツが何かを自分に思うなら、それをアキツの口から聞きたい。


 そのとき、ズンという地鳴りのような妙な音が辺りに響いた。ビリビリと車の窓ガラスが小さく震える。


「な、何? 地震?」


 タイラも運転席側の窓に目をやる。すると更に地面の底から突き上げるような地響きと共に、東と西の境であるフェンスがガシャガシャと音を立て揺れた。

 タイラは車を急停車させ外へと出る。まだ小さく揺れている辺りを見回したタイラは、西へと顔を向けたところで目を見開いた。


「なんだ、あれは……」

「え? 何?」

「あれを、西を見てくださいココ!」

「西?」


 言われてココも車を降りた。車を挟んで向こう側、こちらに背中を向けているタイラの横に行き、その視線の先を追う。

 西との境であるバリケードの更に奥。夜が明けてすっかり明るくなった空の下、荒野に浮かび上がる黒い西の国の防壁。しかしタイラが見ているのはその上だった。

 自分の目に入ってきたものに、ココも息を呑む。

 朝焼けの色がまだ残る、少し不気味な赤みをおびた雲。そこに届くような巨大な何かがそこにいた。


「何……あれ……」

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