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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
十話・キオク
59/75

Act・1

挿絵(By みてみん)


ROBOT HEART・10

- キオク -


【Act・1】


 ――アキツはロボットなどではない。

 胸の内に押し込んでいたものを一気に外へと吐き出したココは今、肩で荒い息をしていた。


「やっぱり……知っていたんですか」


 タイラが言うと、ココはキュッと唇を結んだ。


「僕は初め、君が本当にアキツをロボットだと信じているのかと」

「もしかしたら本当に……って、思う事もあったよ。だって、だってアキツは――」

「……分かります。彼は普通の人間とは違う」


 しかしアキツは人間みたいなロボットなどではない。あえて言うのならロボットみたいな人間だ。


「それで、僕が一緒に行く事に同意してくれたんですね」


 本来ロボットには必要無いはずの医者。しかしココは、いつか自分ではどうすることもできない事態が起きることを恐れていた。

 工具入れに入れた包帯や絆創膏では、どうにもならないようなこと、機械技師である自分の力では、どうにもならないようなことがいつか起きる。そんな予感がしていた。


「あたし……あたし、ロボットの“ココロ”はちゃんと作るつもりで……。でも言えなかった……アキツにはそんなもの意味がないなんて」


 だって、アキツはそのためにずっと旅をしてきたのに。


「ロボットなら“ココロ”って部品があれば、もしかしたらアキツは人間になれるかもしれないのに、もうすでにアキツは人間なんだよ、なんて……」

「……そうですか」

「だから、このままじゃアキツが危ないの!」


 アキツが自分のためなんかに、命を落とす事があってはいけない。

 今までアキツが自分と一緒にいたのも、砂漠で倒れたときに背負って歩いたりしたのも、誰よりもココの言う事を一番に聞いていたのも、自分がアキツの“ココロ”を作る機械技師だから。

 しかし、ココはアキツに“ココロ”を作ってあげる事なんてできない。それなのに、アキツが自分を逃がすために戦ったりしてはいけない。

 アキツはロボットなどではないのだから。アキツに何かあったとき、自分にはアキツを直すことなんてできないのだから。


「アキツなら、そう簡単にはやられませんよ。むしろ僕たちは彼のかせになる。君がそばにいる限り、アキツは君の身を何より優先するでしょう。今は一人の方が彼も動きやすいはずだ」

「タイラ……タイラは何を知ってるの?」

「ココ、今は――」

「タイラが話すまで、あたし動かないから」


 この状況下で車庫の壁際にしゃがみ込んでしまうココに、タイラはまた大きく溜息をつくと、自分もその隣にどっかりと座り込んだ。


「もう……ずいぶん前のことです。僕が軍の研究施設に入ったのは。東は西を攻める手段として人を使う事にした」

「人?」

「すでに東の国はこんな有様だ。西の資源や土地を傷つけることなく手に入れるためには、大規模な破壊兵器で西を攻めてしまっては利益が損なわれる。そもそもそんな規模の兵器を作る資材も燃料も東にはもう、準備することが難しかった。とは言え、ただの兵士たちでは過去の惨劇の繰り返しだ。そこで東は人間に手を加えることにした」


 ぽつりぽつりとタイラが語りはじめる。その口調は酷く苦々しかった。

 『手を加える』というのが具体的にどのようなことなのか、ココには分からない。しかし、


「タイラも……手伝ったんだね」

「まだ若かった僕もハルカも、初めは純粋に戦場へ出て行く兵士のことを思って研究に没頭したんですよ。最初は痛みをなくす研究だった」


 痛みを感じないアキツの、怪我をしてもまるで気づかない様子を思い出しココが小さく眉を寄せる。


「ココ、僕は当時、戦場近くにも行った事があります。そこで前線から戻ってきた兵士を大勢看取った。ひどい傷を負って助からない者には薬物を。痛みを感じなくなった彼らの最期は穏やかだ。治ったと勘違いしてベッドから出て行こうとする者までいる。痛みなんてものが初めからなければ……彼らを見れば、そんな考えだって浮かんでくる」

「それは……そうかもしれないけど」

「とはいえ、それを具体的な形にすることはなかった。痛みという感覚は人間がもつ感覚の中でも特に重要なものだ。痛みを理解し経験することで、人はそれを回避する必要を覚える。また他人へ痛みを与える事がどういうことなのかも」

「でも、アキツは?」

「それを形にし始めたのは、ハルカだ。おそらくアキツはハルカの研究の成功体でしょう」

「あの人が……なんで?」

「きっかけはある男の死だったと思います。まだ若い兵士で……ハルカにとって、そいつはとても大事な人間でした……」


 その男の事を思い出してか、ココから逸れたタイラの視線はどこか懐かしそうに、ここではないどこかを見ている。


「あれから、ハルカの研究は徐々に狂ったものになっていった。僕にはハルカを止められなかった。僕はね、ココ。無力なんですよ、いつだって…………」


 語り終わって静かに一息ついたタイラはココに目をやった。


「――で、どうします? まだおしゃべりを続けますか」


 それを聞いてココは立ち上がった。


「運転してタイラ」

「どこへ?」

「西へ。まずはクナイを見つける。そしたら、絶対にアキツを迎えに戻るんだから」

「……分かりました」

 

 二人は車庫内の車のドアを調べて回った。すると、車庫の一番奥に停めてあった少しオンボロな小型の四輪駆動車のドアが開いているのを見つける。


「タイラ! これ乗れるよ!」


 ココに呼ばれてタイラは車の運転席を見る。しかし、さすがにエンジンキーは刺さっていない。


「クソ……どこかにないか……」


 タイラがバイザーやダッシュボードを漁りキーを探す中、ココは目ざとくダッシュボードの中に工具入れがあるのを発見していた。


「ちょっとどいて」


 タイラを押しのけると、工具入れを手にココは狭くて汚れた運転席のハンドル下に仰向けに潜り込む。どうやら配線を直接いじってエンジンを始動させるつもりらしい。

 そんなに上手くいくものなのか。

 タイラはもぞもぞと動くココを覗き込みながら聞いた。


「……ココ、どうですか、かかりそうですか?」

「……」

「車をいじったことはあるんですか?」

「……」

「早くしないと、そろそろ兵士たちが戻ってくるかも」

「…………」

「ココ」

「うるっさいなぁ! もうっ!!」


 不機嫌な返答と共に、キュルルルという高い音がしたかと思うと、今度はブルルと低音を響かせながら車体が揺れ始める。

 タイラは思わず言った。


「へぇ、お見事!」


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