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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
九話・シンジツ
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Act・5

【Act・5】


 牢屋を抜け出したココたちは出口を探して小走りに施設内を移動していた。

 先頭を行くアキツは廊下の突き当たりまで来ると、タイラとココに手の平を見せ無言でその場に静止させる。そして自分は壁に背を付けしゃがみ込み、曲がり角の先をチラと覗き込むように窺った。

 こういった状況の中、先導するアキツの行動は慣れたように自然だった。

 ココとタイラに向き直ったアキツが小さく首を振る。どうやら兵士がいて、ここからでは先に進めないらしい。


「別の道を探すしかないですね。でもまともなルートを通ってここを出られるとは思えないですが」


 タイラが言うとアキツは何か考えるようにうつむき、足先でトントンと床を叩くような仕草をしはじめた。


「どうしたの? アキツ」


 足の位置を変えながら繰り返すアキツにココが聞いたときだ。

 ガシャガシャと装備を揺らす音を立てながら、兵士たちが廊下の奥に姿を現した。


「そこを動くな!」


 まあ、監視のカメラもあったのだから、牢屋を抜け出たことがバレるのは時間の問題だっただろう。

 ココは兵士たちに目をやりながらも、まだ床を足先で小さく叩いているアキツのコートを掴んで、その体に身を寄せる。

 兵士は廊下を塞ぐように縦横に並び、銃を構えながらゆっくりとこちらへやってくる。後ろを見れば、そちらからも同じように兵士が迫ってきていた。


「囲まれましたね」


 抵抗する意思はないという形で、タイラは兵士の壁にあっさり両手を上げて見せた。すると、


「そう。もう逃げられないわよ? なぜ牢を出たりしたの。あまり手間をかけさせないでくれないかしら、タイラ」


 兵士たちの列の奥から、一人の女が前へと進み出てきた。

 白衣を着たその女は、鋭い印象がある細い銀フレームの眼鏡を掛けていて、顔立ちは美人と言えるものだったが、どこか疲れたような影があった。厚みのある唇にも化粧気はまるで見られない。肩までの緩い曲線を描くセピア色の髪は、癖のある髪質のせいだけではなく少し乱れていた。

 タイラの名を口にした女に、ココはタイラを見る。

 女を正面からじっと見ているタイラの表情は、どこか哀しそうな、そして苦しそうな複雑なものだった。


「……ハルカ」


 ぽつりとタイラの口から漏れたのは女の名前らしい。その声に反応するように女が僅かに微笑んだ。


「久しぶりね」

「やっぱり、まだ軍の中にいましたか」

「もちろんよ。逃げ出したあなたと一緒にしないで」


 口元に笑みを浮かべているハルカだが、そこから出る言葉は皮肉めいてトゲがある。

 

「タイラ、誰?」

「僕が軍で働いていた頃の……同僚です」


 聞いたココへのタイラの答えは、意外とよそよそしい間柄だった。


「タイラ、また一緒にここで働かない? 人手が足りないの。あなたがいてくれると助かるんだけど」

「ハルカ、僕には君のやっていることは手伝えない」

「なら、なぜこんなところへ来たの。あの街でずっと、みんなに慕われるお医者様でいれば良かったじゃない」

「それは……」

「その子を見たからでしょ」


 ハルカが視線を移した先にはアキツがいる。


「俺を知っているのか」

「そう……街でのあなたの様子を聞いたけど、自分の本来の役目をすっかり忘れてしまったみたいね。正直がっかりだわ。あなたがこんなに簡単に捕まるなんて思わなかった。しばらく見ないうちに、すっかり駄目になってしまったのね」


 ココはアキツのコートを掴む手を強めた。アキツの過去を知る者を前に、自分の知っているアキツがどこかへ行ってしまうような、そんな気がした。


「あなたはいったい……」

「その子はね、私が作ったの」


 あまりに短く簡単な説明に、ココはその意味がすぐには理解できなかった。しかしタイラは違った。その答えを予想していたかのようにハルカを厳しい目で見る。


「やはり……君が関わっていましたか、ハルカ。まさかとは思っていましたが」

「やめてよタイラ。お説教でもするつもり? こんなところまで来て。その子に私が関わっていたらやめさせようとでも思っていたの? 冗談じゃないわ。私がその子を作るのに、どれほどの労力と時間を掛けたと思っているの」


 ハルカのその口ぶりに、ようやくココも目の前の女が本当にアキツを作ったのだと理解した。


「あなたがアキツを作った……」

「アキツ? それがあなたの名前なの?」


 ココの呟きにハルカはアキツに問いかける。


「そうだ」

「そんな人みたいな名前、あなたには必要なかったはずよ」

「アキツは俺の名前だ」

「いいわ、アキツ。じゃあ、こうしましょう。あなたがここに残って私たちに協力すると言うのなら、そこの二人は逃がしてあげる。聞きたいことがあるなら教えてあげるわ。あなたを作ったのは私なのだから」


 取れというように手を差し伸べてきたハルカに、思わずココはアキツの前に出た。小さな背中には到底アキツを隠すことなどできはしない。それでもハルカからアキツを守ろうとでもするかのようにココは二人の間に立つ。


「何言ってるの? 協力って何をさせるつもり? アキツはそんな交渉にはのらないよ!」


 この女が本当にアキツを作った人間なのだとしたら、アキツは彼女の元へ行った方がいいかもしれない。

 でも駄目だ。この人は駄目だ。

 今もいつもの無表情を変えないアキツより、目の前で可笑しくもないのに笑みを浮かべている女の方が、ココにはよっぽど人形のように見えた。

 この人にアキツを渡してはいけない。


「さあ、どうするの。私はあなたに聞いているのよ、アキツ」


 ココのことは無視をしてハルカが再び聞いた。何かを考えるように黙ってしまうアキツにココは不安になる。


「アキツどうしたの? クナイを助けに行くんでしょ。あたしたちだけ逃がしたってしょうがないよ。“ココロ”はどうするの?」

「それは……」


 二人の女の異なる意見に挟まれているアキツ。それを見かねてタイラが小さく肩をすくめ助言する。


「無駄ですよ、アキツ。こんな交渉は意味がない。彼女にそこまでの権限はありませんよ。今ここで僕たち二人を逃がした所で、またすぐに捕まるのは目に見えている。君がいなくなったら僕とココは、それこそ丸腰ですからね」

 

 するとアキツは何かを決めたように顔を前に向けた。


「ココ、掴まれ」

「!」


 突然言ったアキツだったが、ココは何も迷わなかった。

 すぐに両腕をアキツの首にしっかりと回してしがみつく。そのココの体をアキツは片腕で引き寄せると、もう片方の腕を鋭く振り上げて足元に叩きつけた。

 大きな破壊音が響き、飛び散って来た何かの破片にハルカは腕で顔を覆う。腕を下ろし再び見たそこに、アキツとココの姿はなかった。代わりにそれまでなかった穴が、二人の立っていた場所に口を開けていた。

 皆が一瞬ぽかんとしてその穴を見る。すると、一人その場に残されていたタイラがハッとしたように慌てて穴の中に飛び込んだ。


「撃って」


 ハルカの声に兵士たちも我に帰り穴へ駆け寄ると、穴の下へと発砲する。しかし、穴の下にすでに三人の姿はなかった。

 ハルカは床に開けられた穴を見下ろした。足で触れれば周囲がガラリと小さく崩れる。太い鉄骨をすり抜けるように開けられた人一人分ほどの穴。


「下の階よ。急いで」


 兵士に指示を出してからハルカは白衣を翻しその場を離れる。一人の兵士がハルカに聞いた。


「……奴は何者です?」

「いいから追いかけて。逃がすくらいなら、撃ってちょうだい。まあ……当てることができればの話だけど」





◆◆◆◆◆



 床に穴を開けたアキツは、下の階をココを片腕に抱えて走っていた。その後をタイラは不満気に追いかける。


「酷いなぁ、アキツ。僕にも一言、声を掛けてくれてもいいのに」

「……思いの他、床下が入り組んでいて、あの大きさの穴しか開けられなかった」

「もう少しで僕は蜂の巣でしたよ」

「あの女は知り合いなんだろう? タイラなら何とかすると思っていたんだが」

「今の彼女は僕のことなんて見えちゃいませんよ」

「それは悪かった」


 いつも通りの言葉だけの謝罪をしながらアキツは走る。

 角を曲がり見つけた扉を開くと、更に下へと降りるための階段があった。足音が響く鉄骨がむき出しの狭い非常階段だ。


「アキツ、降ろして」


 走っていた足が止まったアキツにココは言う。

 そっと抱えられていた体を降ろされココは、すぐに自分を抱えていたのとは別のアキツの手を取る。床を叩き割ったその手は小指の下から手首の辺りにかけてオイルが滲んでいた。

 つなぎのズボンのポケットから、持っていた飾り気のない大きな白いハンカチを取り出し、そこに巻きつける。他の持ち物を奪われたココには今、こんなことしかできなかった。

 ココがハンカチを結んでいる間も、アキツは上の階にじっと視線をやっている。


「この下へ行けば、さっきの車庫があるはずだ。車を盗んで逃げろ」

「逃げろって、アキツは?」

「俺はここに残って、追っ手を食い止める」


 ココの目が驚きに丸くなった。


「そんなのダメだよ!」

「ココ、クナイを助けに行くんだ。俺のことなら問題ない」

「だって……だって意味ないじゃん、そんなの。アキツが一緒に来なくっちゃ! あ、あたしが何のためにここまで来たと思ってるの? アキツがいなくちゃ意味ないよ!」

「このままだと誰もここから出られなくなる」

「でも……」

「行くんだ」

「行けないよ!」


 決して頷かないココに、アキツはそれまでココに向けていた顔をその後ろに移した。


「タイラ」

「はい?」

「ココを連れて行ってくれ」


 タイラが表情を曇らせるが、アキツは続けて言った。


「頼む」

「……わかりました」


 少し大きめの溜息を吐いてから、タイラはココの腕を掴み前に屈み込む。


「ちょっと! タイラ何すんの降ろして!」


 抵抗するココをやや強引に肩に担ぐように抱えた。ココは暴れてタイラの背中を拳で叩くが、アキツほどではないとはいえ大人の男の力に敵う訳も無い。ココはそれでもタイラの肩の上で必死にアキツへ手を伸ばした。


「アキツ、ねえ、一緒に行こう!!」

「さよならだ、ココ」


 言われて思わず返す言葉を忘れる。

 初めて聞いた言葉だった。

 ここまで一緒に旅をしてきて「おはよう」や「おやすみ」、「すまない」などの言葉は何度か聞いた。でも、別れの言葉などココはアキツから一度も聞いたことがない。


「やだ……アキツ。さよなら、なんて言わないでよ」

「行け」


 少し強い命令口調で言ったアキツに、タイラは頷き階段を駆け下りる。


「いや! やだ降ろしてタイラ! 降ろしてよ!」


 抵抗を続けるココの声が足音と共に遠ざかっていく。

 アキツは扉の端に両手を掛けると壁から剥がし取る。牢屋の鉄柵を曲げたときとは比べ物にならないくらいに簡単に外れた扉を、アキツは階段の下へと投げ込んだ。厚みのある扉は狭い階段の壁にぶつかりその先を塞ぐ。ここから下へと行こうする者がいた時に、多少は足止めができるだろう。

 すると上の階で扉を開ける音がした。


「いたぞ、こっちだ!」


 こちらを覗き込み言う兵士の声に、アキツは扉を剥がした入り口から中ヘと戻る。


「いたぞ!」


 前方奥にも兵士が姿を現し、アキツを見て仲間を呼ぶ。

 後ろからは階段を降りて来る複数の足音が近づいて来る。アキツは身構えると前にいる兵士に向かって駆け出した。





◆◆◆◆◆



「どう? いた?」


 ハルカは無線を持って自分の横に着いている兵士に聞いた。


「いえ、そう遠くへは行っていないはずですが」

「気をつけなさい。言ったでしょ、逃がすくらいなら撃ってもいいと」

「しかし、相手は丸腰の子供ですよ?」

「ただの子供じゃないの。武器を持っている、いないはあの子には関係ないわ」

「ですが……」


 そのとき、無線に音声が入った。


『こちら北棟二階。連絡通路で目標の姿を確認したとの連絡有り。我々もそちらへ向かう』

「了解。目標は捕獲したか」

『いや、捕獲したとの情報は――なんだ? うわぁああ!!』

  

 兵士の叫び声と銃声が響いた後、無線は沈黙した。戸惑いの表情を浮かべる兵士からハルカは無線を奪い取る。


「北棟二階の連絡通路へ向かった班がやられたわ。ええ、全班そっちへ向かわせて」


 ハルカは他の兵士に指示を投げてから無線を兵士に返す。

 状況が見えず立ち止まっている兵士に、ハルカは冷たい視線を送る。


「何をしているの、あなたも早く行きなさい」

「りょ、了解」


 駆け出す兵士の後から急ぐでも無く、ハルカは自分もそちらへと向かって歩き出した。





◆◆◆◆◆



 タイラは車庫のあるフロアまで走ると、抱えていたココを肩から降ろした。

 まだ若いつもりだが暴れる少女を抱えたまま走るのは結構な重労働だ。それにココは小柄だが軽いとはどうにも言えない。ひょいひょいと片腕で抱き上げていたアキツを見るとそうは感じなかったが、実際に背負ってみると正直……腰にくる。

 降ろしたとたんにアキツの元へ戻ろうとするココの腕をタイラは捕まえた。


「離してタイラ!」

「静かに」


 掴んだ腕を引き寄せて、そのまま背後からうるさい口を手でしっかりと塞ぐ。そして引きずりながら柱の影に身を隠した。

 車庫の入り口はすぐそこにある。顔だけを少し覗かせ見ると、車庫の中から兵士が出てくるのが見えて身を引いた。


「全員武器を持って北棟二階の連絡通路へ向かえ!」

「了解!」

「急げ急げ!」


 慌ただしく兵士たちが車庫から出て行く。

 バタバタと走る兵士の姿が途切れたのを見計らって、タイラは口を塞いだままのココを連れそっと車庫へと向かった。覗き込んだそこに兵士の姿はない。


「ちょうどいい。見回りの兵がいなくなった」


 そういうタイラの、口元を抑える力が緩んだ手をココは剥がした。


「何がちょうどいいの。みんなアキツの所へ向かったんだよ?!」

「アキツなら、そう簡単にはやられませんよ」

「なんで…………そんなこと言うの」

「ここはアキツに任せたほうがいい」

「なんでタイラが・・・・、そんなこと言うの?」


 壁に身を寄せ車庫の中を見ていたタイラは、問いただすようなココの口調に振り返る。タイラの後ろでココは拳を握りしめ深くうつむいていた。

 様子がおかしい。


「タイラは……知ってたくせに……」

「……ココ?」

「最初から知ってたくせにっ!!」


 顔を覗き込もうとしたタイラは突然、うつむいたままのココに胸倉を乱暴に掴まれ驚く。


「知ってたくせに……アキツに必要なのは、機械技師なんかじゃなくて優秀な医者だって! あたしじゃなくて、あなただって!!」


 それを聞いたタイラが哀れむようにココを見る。


「君が、それを言うんですか? ココ……」

「ほっとけるわけないよ! このままじゃ、アキツが殺されちゃう!」


 ココは顔を上げタイラを見ると叫ぶように言った。


「アキツは……アキツはロボットなんかじゃないんだからっ!!」





ROBOT HEART・9

- シンジツ - 終了

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