表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
九話・シンジツ
57/75

Act・4

【Act・4】


 苦しい。肺が破れてしまいそうだ。

 走り続けていたクナイには限界が近かった。足が止まれば最後、ロボットの銃撃の餌食になるだろう。しかし、その足ももう疲れきっていた。

 せめて……せめて、このロボットを作った奴のところまで行きたかったのに。

 そして、とうとうクナイの足は止まった。止めざるを得なかった。そこは行き止まりだったから。肩で大きく息をしながら目の前を塞ぐ高い壁を見上げる。登れそうにはない。

 どこに何があるかも分からない場所で、ここまで逃げてこられたのが不思議なくらいだ。あの憎たらしいロボットを二体壊してやれたことだけが、自分にとってほんのわずかな収穫。

 近づいてくるロボットの足音に、クナイは後ずさりながら行き止まりの壁に背をつける。通路の向こうにロボットが姿を現した。クナイへと真っ直ぐ向き直ったロボットの腹からは、突き出た銃口がクナイを狙っている。

 あの日の出来事が脳裏をよぎり、足が震えた。


 ――姉ちゃん。


 クナイは覚悟しギュッと両目を瞑った。しかし、


『駆除モード解除。捕獲モードへ変更スル』


 ロボットの動きが止まり、銃も体の中へと収納される。

 クナイはすぐに来ると思っていた銃撃が来ないことに、恐る恐る目を開いた。


「……なんだ?」


 目に入ってきたのは、銃を仕舞ったロボットが太い両腕をこちらに真っ直ぐ突き出している姿だった。そして、手首の部分がパカリと開いたその瞬間――


 ボンッ!!


 音がした、と思ったときには、クナイの目の前には巨大な白い塊が迫っていた。

 体全体をマットレスで押しつぶされたような鈍い衝撃に、一瞬息が詰まる。


「うっ……な、なんだこれ!」


 見れば、その白い塊が自分の体を壁に貼り付けていた。


「くそ、動けね……う、んん!」


 剥がそうと触ればそれは弾力があり、ネバネバと伸びて手にくっついた。何とかしようともがけばもがくほど絡みつく。重いしベタベタするし何より…………気持ち悪い。

 クナイがげんなりしていると、ロボットがゆっくりと近づいてきた。


『侵入者・捕獲』

「なんだ、来るな! くそ! あっち行け、このクソロボット!!」


 そんなクナイの罵声はロボットには何の効果もない。ロボットは大きな手を伸ばし、白いネバネバごとクナイを丸めるように包み込んだ。


『捕獲完了』

「ちくしょう。この……離せーっ!!」


 ロボットの両手に軽々と運ばれて、クナイは口だけでの抵抗を続ける。すると、施設の扉が開いて中から兵士が一人出てきた。


「うるさいぞ。少し静かにしろ」

「離せ! 俺は、このガラクタを作った奴を探してんだ!」


 注意する兵士に、クナイがひときわ大きな声で言い返したときだ。


「へえ、俺に用なんだ」

「……え」


 開いた扉からもう一人、こちらへと歩いてくる者がいた。

 クナイはポカンとしてそいつを見た。

 まだ薄暗さの残る空の下、暗い建物の中から外へと現れたそいつの姿が、あまりに場違いだったから。

 風に小さく揺れるのはピンピンと跳ねたくすんだ鈍い鉄錆色の髪。どこか不健康そうな細く小さな体。首元を隠す襟付きの黒服を着ていて、その上から白衣を羽織っている。しかしその白衣はそいつには大きく、袖口は何回も折り返していて裾などは地面に引きずりそうだ。

 髪と同じ色をした目の右だけに、青みがかった透明のグラスをかけていて、同じく右耳だけに通信機器のようなものをつけている。

 そして口元にどこか歪んだ笑顔を浮かべ、そいつはクナイを見ていた。


 それはクナイとさほど歳が変わらないと思える少年、子供だった。


 兵士の一人がその子供に向かって言った。


「アカガネ博士……下がっていてください」


 すると、アカガネと呼ばれたその子供は可笑しそうに笑った。


「だって、俺に用なんだろ? そのチビ」

「博士って、それじゃあ……」


 信じられないが確かめずにはいられなかった。

 するとアカガネは、ロボットに捕らえられたままのクナイのそばまでやって来た。困惑気味のクナイの顔を見上げ、再び笑みを浮かべる。


「そう。俺がこのロボットを作った、アカガネ博士様」

「お前が、このロボットを……?」

「なんだよ? こんな子供がって顔だな。これでも、もうすぐ十五だぞ?」


 クナイの反応に、十五と言った歳よりも幼く感じる顔の口を不満気に尖らせるアカガネ。

 クナイにはこの少年がロボットを作った博士だということが、にわかには信じられなかった。


「お前がこいつを作った……博士……。お前……お前なんで、なんで西にいるんだよ」

 

 散々、探し回った。東の国境までも越えてこんなところまで。

 東の国のどこかにいると思っていたのに何で。


「ああ……。確かに前は東側にいたんだけど、そんとき作ったロボットがなんか失敗だったらしくてさ」


 先ほどまで笑っていたアカガネの顔から急に表情が消えた。


「おかげで最年少で手に入れたライセンスは取り上げられて、研究室からも追放された。あいつらの方から俺を雇いたいって言ってきたくせに。あいつら、俺の話なんて聞きやしない。もう散々だ。あれのせいで全部ダメになった。全部だぞ? ……でも、西では俺を認めてくれた。使える人間は少ないけど資源は豊富だし、ちゃんと俺の話を聞いてくれた。……やっぱさぁ、夜間の見回りロボットなんて、つまんないもん作ろうとしたからいけないんだよ」


 早口でまくしたてるように自分のことを話すアカガネに、クナイはこの子供が本当に、あのロボットを作った人間なのだと理解する。


「お前……」


 そのつまらないロボットのせいで自分の姉は命を落としたのに。

 こんな奴の作ったロボットのせいで今、自分はこんなところにいるのに。

 動かせない体で、それでも拳を固く握り締める。

 するとアカガネは何を思ったか、小さな身長でつま先立ちすると、クナイに顔を近づけ覗き込んできた。

 クナイはアカガネの瞳に映り込んだ、憎しみに歪んだ顔をする自分を見た。


「んー……やっぱりね。お前の顔、どっかで見た事あると思ったんだ。」

「俺の顔?」

「前のロボットをさ、新しく作り替えるとき、ロボットに残ってたデータを見たんだ」

「データって……」

「東にいたときに作った警備ロボット、カメラを付けてたんだよ、映像を記録するための。何度も見てさー……。あ、これでも研究熱心なんだ、俺。よく映ってたよ? ホント、すばしっこいんだな、お前」


 あの日、あの街で、ロボットから逃げる自分の姿がカメラで撮られていたらしい。

 クナイはキッとアカガネを睨みつけた。


「お前のロボットがポンコツなだけだろ」

「そうそう、そういやお前に聞きたかったんだよね」

「……なんだよ」

「あんとき一緒に映ってた、お前によく似た女さ、何?」

「――!」


 クナイは目を見開いた。

 あの日の姉の姿をこいつは見たというのか。あの日、自分を助ける瞬間の姉を映像の記録として何度も。


「もったいなかったな。なかなかの……美人だったのに」


 アカガネが続けた言葉に、もはや頭では何も考えられなかった。


「――てめえぇっ!! くそぉ! 殺してやるっ!!」


 身をよじりながらクナイは叫んだ。

 憎くて憎くてたまらない相手がすぐそこにいる。すぐ目の前にいる。なのに、届かない。

 腕一本でいい。動かすことができればこいつの首をへし折ってやるのに。

 クナイはアカガネに向かって身を乗り出そうとするが、ロボットの固い鉄の指が体にめりこむだけだ。


 悔しい。悔しい。悔しい。


 自分の無力さに目に涙が滲んでくる。それすら悔しかった。


「アカガネ博士。上官がお呼びです」

「……いよいよか。そのチビ、とりあえずどっかにぶち込んどいて」


 別の兵士がやってきて伝えると、アカガネは右目にかけたグラスに何かを映し出し見ながら、長い白衣をはためかせ扉の中へと戻って行ってしまう。


「待て! 待てよ! ちくしょおっ!!」

「おい、静かにしろ」

「離せっ! あいつをぶっ殺してやるんだ!」


 叫ぶクナイに、二人の兵士は肩に担いだボンベから、白い煙を吹きかけた。

 クナイが煙にむせていると、ロボットがクナイを地面に降ろす。先ほどまでネバネバしていた白い塊が硬く固まっていて、ガラリと崩れた。拘束されていた体が急に自由になって、クナイは地面にべしゃりと崩れる。

 そのクナイの腕を、二人の兵士は両側からそれぞれ掴んで引き上げた。


「おい、とっとと連れて行こうぜ」

「ああ」

「どこかにぶち込めっていうと……あそこだな」

「……そうだな」


 兵士二人はニヤリと笑って頷き合うと、まだ体に力の入らないクナイを引きずるようにして、アカガネの入って行った扉とは別の方へと歩き出す。 


「なんだよ。どこつれて行く気だ!」

「素敵なルームメイトのいる部屋だ」

「……ルームメイト?」

「なあに、一日中、壊れた玩具で遊んでる頭のイカレたおっさんだ」

「イカレた……おっさん?」


 どう想像してみても嫌な予感しかしない。

 足を踏ん張り、ささやかな抵抗をするクナイを兵士は押したり引いたりしながら、施設の一番奥にある建物に入った。

 塔のようなその建物を昇降機で上に登ると小さな扉の前に来る。壁に取り付けられたパネルを操作すると、扉がシュウと静かな音と共に真ん中から左右に開いた。


「おい、おっさん喜べ。可愛いお友達を連れて来てやったぞ」

「うわ!」


 兵士に部屋の中に乱暴に投げ込まれ、クナイは床を転がると壁に逆立ちを失敗したような形で背中を打って止まった。そして自分のすぐ横、部屋の隅っこに丸くなってしゃがんでいる人間がいるのに気づく。

 床に仰向けの状態のまま、そちらにそろりと目をやると、膝を抱えたその人物の薄暗い瞳と目が合ってしまって、クナイは慌てて体を起こした。

 さらに――


「ちょうちょ……ちょうちょ♪」


 その人物が何かぼそぼそと口にし始めた声に、全身にざっと鳥肌が立つ。

 何か歌ってる! ものすごくじめっとした声で何か歌ってる!!


「じゃあな、仲良くやんなー」

「お、おい! ちょっと待て!」


 扉の向こうで言う兵士たちを慌てて呼び止めたが、駆け寄ろうとしたクナイの目の前で扉は無情に閉じられてしまった。

 クナイは扉を両手で叩き、その合わせ目に指を引っ掛け開こうとするが、ぴったりと閉じた扉はびくともしない。

 確かに自分は侵入者だ。ロボットも壊したし丁重な扱いなんてしてもらえるような立場ではない。

 それでも――


「せめて別の部屋にしてくれぇ!!」


 どうせ閉じ込められるなら一人のほうがマシだ。どんなに狭くて汚い場所でも構わない。鼠や虫がいたっていい。

 ただ、こんな薄気味悪いおっさんと一緒は勘弁してほしい。


「ちょうちょ、ちょうちょ……」


 歌い続けるその人物から距離を取るために、クナイは反対側の壁の隅に座った。

 部屋は大人が四・五人で寝転べば窮屈さを感じるようなこじんまりとしたもので、天井に埋め込まれた大きなライトが青白い光で部屋を眩しく照らしている。引き出しのついた小さく事務的な机と椅子がひとつあり、固そうではあるがパイプのベッドもあった。

 “頭のイカレたおっさん”は部屋の隅から動く様子は無い。

 無造作に伸びた黒髪がうつむいた顔を覆い隠しているせいで、どんな顔をしていて、歳がいくつくらいなのかも良く分からない。

 着ているのは薄汚れた上下揃いの作業着。全体的にどこか小汚い。顎には無精髭も少し見られた。手には何かを持っていて、歌の調子に合わせるようにそれを指先でいじっている。

 そういえば壊れた玩具で遊んでいると、兵士たちは言っていた。こんなおっさんが、一体どんな玩具で遊んでいるというのだろう。

 クナイはちょっと首を伸ばして、男の手元を覗き見た。

 とても小さなそれは、大人の男の手の上でさらに小さく見えた。青く透き通る羽を持った虫のようなその玩具。まるで生きた蝶々のようなそれには見覚えがある。

 思わずクナイは男のそばににじり寄った。


「なあ! その蝶々の玩具ってもしかして……『てふてふ二号』?!」


 いや、それはおかしい。てふてふ二号は今、ココが持っているはずだ。

 あれが二号だったとすると、これはもしかして一号なのだろうか? それとも三号? よくよく見てみればクナイが知っているものよりも、少し大きくて不恰好な気もする。

 そんなことより何より――


「あんた……もしかして、ヒジリ博士なのか?」

 

 現在、行方不明になっているというココの父親で、天才的な機械技師だというヒジリ。てふてふ二号を作った本人である彼ならば、この玩具を持っていてもおかしくない。


「ちょうちょ……ちょうちょ」

「おい、しっかりしてくれよ! なあ!」


 クナイは男の肩を強く揺すったが、


「ちょうちょ、この指……とまれ」


 ……ダメだ。頭がおかしくなってしまっている。

 男は不気味な歌を繰り返すばかりで、クナイの方を見もしない。 

 いったい何があったのか。どうしてこの男はこんな所にいるのか。

 この男が本当にココの父親なら、ココに知らせてやりたい。それとも、探していた父親がこんな姿になっていることを知ったら悲しむだろうか。

 どちらにしろ知らせる術などありはしないが、こんなところにいる限り、ココとこの男が会う事はないだろう。

 男の肩から手を離したクナイだったが、ふと男の胸元に光る物を見つけて、もう一度問いかける。


「なぁ、あんたヒジリ博士だよな? 首から下げてるそれ、ロケットだろ? ちょっと……見てもいいか?」


 男からの返事はなかったが、クナイはそうっと男の首元に手を伸ばした。

 キラキラ光る丸くて小さなペンダント。ふちを指でなぞり見つけた突起を押せば、それはカチリと蓋を開いた。


「……おい、おっさん。あんたやっぱりヒジリ博士だ。この写真、ココだろ? あんたの娘の」


 そこには写真が入れてあった。可愛らしい雰囲気の女性がまだ小さな女の子を抱いて笑っている。

 その写真を見てココが母親似だということをクナイは知った。もっとも、母親の顔が写っていなくてもすぐに分かっただろう。母親の腕の中で寝ているその間抜けな寝顔は、今でもまるで変わっていない。

 そのとき、急にクナイは両肩を男に鷲掴まれて息を呑んだ。

 それまで虚ろな目をしていた男が今、しっかりとその目を見開きクナイを見ていた。


「……君……ココを知ってるのかい?!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ