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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
九話・シンジツ
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Act・2

【Act・2】


「クナイが……一人で西へ? 冗談でしょ?」


 思わずココはそう言った。

 タイラの口から出たその場所が、ココの思いもしない所だったから。それにタイラは時々、こちらの気なんて気にもせず、ふざけたことを言ってくる。

 しかし、いつも人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているタイラの顔は今、いつになく真面目だ。


「いいえ、本当ですよ」


 はっきりとそう告げられて、言いようのない焦りをココは感じた。

 もう長い休戦状態とはいえ、東と西の関係はずっと良くなる気配がない。この旅の最中にも、東の街に西の人間が入り込んだことが原因で、街が閉鎖されてしまったときがあった。逆に東の人間が西に行っても、同じようなことが起こるだろう。

 ましてやここは両国の軍が睨み合いをしている場所。クナイが無事で済むとは思えない。

 なぜそんなところへ、たった一人で行ってしまったのか。

 

「そんな、クナイ何も言わなかった」

「言えば、あなた達は止めるでしょう」

「当たり前だよ、西に行くなんて!」

「彼の目的を否定するんですか? そのためにここまで生きてきた目的を」


 知っている。

 クナイがあの街でどんな思いでロボットを壊していたか。どんな思いであの街を出たのか。

 自分の存在理由とまで言っていた、その目的。それがなくなれば、からっぽなのだと言っていたクナイの大事な目的。

 それを止める権利なんて、ココにはない。

 誰にもそれを否定することなんてできはしない。


「でも、だって……」

「まさか、本当に一人で行くとは僕も思いませんでしたが。思っていたより勇気のある子だ」


 いっそ、弱虫でいてくれれば良かったのに、とでも言いたげなタイラにココは苛つく。


「タイラは何で黙ってたの!」

「約束をしたんで、黙っていると。……あなた達がついて行かないようにね」


 クナイはそこへ行くのが危険だということもちゃんと分かっていた。

 それでも行かずにはいられない自分に、ココたちを巻き込まないように。


「途中で無理だと諦めてくれるといいんですが。あの様子だと、それはなさそうですね」


 どうしよう。どうしたらいいのだろう。

 悩んだところで、こんな鉄格子の中からでは何もすることができないと分かっていても、ココは考えずにいられなかった。

 すると、それまで黙ってタイラとココのやり取りを見ていたアキツが立ち上がり、何かを確かめるように鉄格子をさすると、手に握り込んだ。


「……アキツ、何してるの?」

「ここを出る」

「え?」

「クナイを助けに行くんだろう?」

「アキツ……」


 アキツがこの鉄格子を壊そうとしているのだということが分かり、ココは沈んでいた表情を少し明るくしたが、タイラは眉間に皺を寄せ呆れたようにアキツを見た。


「素手で曲がるような鉄柵じゃないですよ。ここをどこだと思っているんです」

「やってみなければ分からない」


 アキツは言うとそれぞれの手に鉄格子を握る。もちろん、それだけでこの太い鉄の棒が折れたりすることはない。

 アキツの顔はいつもと変わらない無表情。ただ鉄格子を握り込んだ手、大きなコートの袖から出た手首には、くっきりと筋が浮かんでいて、アキツがいつになく力を込めているらしいことが見て取れた。 

 鉄格子を横に広げようとしているらしいアキツだったが、足の踏ん張りが利かないのか、少し腰を落として鉄格子を引っ張るような形に体制を変える。


「頑張ってアキツ! ……あ、少し曲がった?」


 アキツを応援するココがアキツの手元を見ながら言うと、タイラの表情が険しくなった。


「……やめなさい」

「あ、やっぱり曲がってる、すごいアキツ!」

「やめるんだ」

 

 突然タイラがアキツの手首の片方を強く掴んだ。珍しく声が荒々しい。

 手首を離そうとしないタイラを、アキツはじっと見る。


「なんだ」

人間の場合・・・・・それ以上やれば腕の筋が引きちぎれる」

「え……」


 タイラの忠告に反応したのはアキツではなくココだった。タイラと向き合っているアキツの表情は相変わらず変化がない。

 アキツは掴まれている手首とは逆の手で、自分の手首を握っているタイラの手を軽く押し返す。


「問題ない。俺はロボットだ」

「……」


 いつもの台詞を口にしたアキツにタイラは大きく息を吐くと、その手を静かに離した。

 アキツはタイラの言うことよりも、ココの言うことを優先する。

 力づくではアキツを止めることなどタイラにはできやしない。アキツもタイラがそれを分かっていると知っている。だからわざわざ力で振りほどいたりなどしない。それでも邪魔をするようならば、タイラの手はあっさり捻り上げられていただろう。

 どちらにしても意味のないことだ。

 タイラは離した自分の手を忌々しそうにポケットに突っ込みアキツから離れた。


 アキツは改めて、鉄格子を握り込んだ。再び腰を落とし引くように力を込める。鉄格子の継ぎ目がどこかでミシミシと音を立てた。

 先ほどまで声を出して応援をしていたココだったが、今はただ固唾を呑んでアキツを見ていた。

 やがてアキツの握りこんでいる手元の鉄棒が、目に見えて歪み始める。するとアキツは片方の足を引いている鉄格子に掛け、体ごと後ろに倒すようにして一気に腕を引いた。

 その瞬間、あれほど固く真っ直ぐだった鉄の棒が、牢屋の内側に向かって大きく曲がった。


「これで通れる」

「アキツ、腕は……」


 ココはアキツの手を取り大きなコートの袖口を捲くった。腕を触って確認するが故障している様子はない。


「問題ない。言っただろう、俺はロボットだ」


 せっかく抜け出せるというのに浮かない表情をするココに、アキツは自分から先に牢屋を出るとその手を差し出す。


「行こう、ココ」

「……うん」


 目の前に差し出されたアキツの手を取ると、ココは歪んだ鉄格子の穴を潜り抜けた。

 タイラはアキツがこじ開けた鉄格子を眉をひそめて見る。そこにはアキツが握り込んだ手の跡が残っていた。指先で触れれば、それはまだ熱く熱を持っている。


「……確かに、人間にはできてはいけない事ですね」


 呟きながら、タイラは先に出た二人を追って外へ出た。



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