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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
九話・シンジツ
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Act・1

【Act・1】


 外の景色が見えない車での移動とは、なんて退屈でつまらないものなのだろう。

 鉄屑だらけのゴミ置き場で兵士に捕らえられたアキツとタイラ。ココも一緒に軍のトラックの荷台に放り込まれたのだが……。

 薄暗い荷台には椅子もクッションもなく、車が揺れるたびにお尻が痛いし、口を開けば怒られる。ココの機嫌がだいぶ斜めになって来た頃、車が止まり荷台の扉が開かれた。

 相変わらず銃口が常に向けられているため、下手な行動はできない。主にその銃口が一番多く向けられているのはココだ。アキツに対しては直接、本人に銃を向けるよりも、この方が効果があると兵士たちも気づいたらしい。


「降りろ」


 乱暴な物言いで指示する兵士に従い車を降りると、自分たちがすでに建物の中にいることが分かった。

上を見上げて目に入るのは鉄骨の入り組んだ天井。周りにはココたちが乗って来たのと同じ型の車や、他にも沢山の軍用車が止まっていて、どうやら車庫となっている様子。


「キョロキョロするな。歩け」


 兵士たちが背中を小銃で突くのに急かされ、ココは足を進めた。同じようにアキツとタイラも歩き出す。

 無機質な窓も何もない灰色の廊下を歩き続け、更に階段を上がりたどり着いたのは――


「入ってろ」


 牢屋だった。

 兵士はココたちを牢屋に押し入れると、入り口に鍵を掛けて行ってしまった。

 ココの手では握り込んでも指がまわらないような太い鉄格子。格子の隙間に顔を押しあて覗き見た廊下には、天井近くにこちらを向いた監視のカメラをひとつ確認できたが、見張りの兵士はいなかった。

 窓はなく電灯もないただの箱のような部屋。しかし廊下は明るい蛍光灯の光が点いているため、牢屋の中も暗くはない。ココの中にある牢屋という物のイメージより小綺麗だ。軍の施設内ということもあり、普通の人からすると、居心地としてはガラクタだらけの【歯車】などより、よっぽどいいかもしれない。

 ただ、荷物を取り上げられたココは、いつもは重い工具の入ったポーチを下げている腰の軽さに落ち着かない気持ちだった。


「参りましたね……これは」


 タイラが誰か来ないかと、ココの隣に座り同じく牢屋の外を覗くよう柵に顔を近づける。そんなタイラをココは横目で睨んだ。


「タイラ、どういうことなの」

「どうって?」

「軍の人たちがアキツに何の用? それに、タイラにも」

「僕自身は元々、軍内部にいた人間なもんですからね。軍には僕を知ってる人も多いですよ。あの街での仕事も、組織から出たがった僕に軍が与えたものですし。こんな所で何してるんだって、お叱りでも受けるんですかね。アキツのことは……さあ、僕には分かりません」


 嘘の上手いタイラにしては明らかに嘘と分かる、その物言い。どう見てもタイラは何かを知っているように思える。ただ、タイラ自身が何かを探っているように言動が曖昧だ。


「少なくとも、俺のことを知っている者が、ここには居るということだな」


 アキツもそばへとやってきて、タイラとは逆側のココの隣へとしゃがみこむと、二人と同じように鉄格子の外を見ながら言った。

 外に誰かが通りかかれば、鉄格子に並んで顔を付けた三人の様子は、ずいぶん間抜けなものに見えただろう。

 

「アキツのこと?」

「以前話したように俺は過去のデータを失っている。おそらく、その頃の俺を知っている者だ。もしかしたら俺を作った――」

「過去なんてどうでもいいじゃん」


 アキツの言葉をさえぎるように強い口調で言うココ。鉄格子を握りこむ手に、ぎゅっと力が込められてるのをタイラは見た。


「何でです。アキツの過去の事が分かれば“ココロ”の事も分かるかもしれないですよ? いい事じゃないですか」

「いい事かどうかなんて、分かんないでしょ」


 知らない方が良い事もある。

 タイラが働いていたあの街で、タイラが言った言葉に嫌悪を示したはずのココが言うのは、それと大差ないものだった。

 それを自分でも感じているのかココの表情は沈む。しかしアキツはいつもの淡々とした調子を崩さない。


「そうだな。俺の“ココロ”は、これからココが作る。過去は関係ないな」

「……そうだよ」


 ぼそ、と呟くように答えてからココは、この話はここで終わりというように、鉄格子から顔を離してアキツに向き直った。


「それより、クナイが心配だよ。捕まらなかったかな。いくらクナイがすばしっこいって言っても……」

「目的は俺とタイラだけだったようだから、わざわざクナイを捕まえることはないと思うが」

「でも……クナイ、今、一人だよ」


 もしも自分が逆の立場なら、心細くて仕方ない。

 クナイが弱虫なんかではないことくらい、もう分かっている。まだ小さいのにしっかり者だし、少し言動が乱暴だが本当はとても優しいということも。

 突然いなくなった自分たちのことを同じように心配しているかもしれない。

 一人になるのは嫌だ。


「クナイはそれを望んだんですよ」


 聞こえたタイラの声に、ココはそちらを振り返った。


「え?」

「彼は一人で行きました」

「何の話? クナイがどこへ行ったって言うの?」

「彼の目的を果たしにです」


 クナイの目的。

 それを聞いてココは一瞬、頭が真っ白になった。

 忘れていたわけではない。しかし、そんなに急に自分たちの知らないところで、クナイがそれを見つけるとは思っていなかったから。

 戸惑っているココの代わりにアキツがタイラに確認する。


「目的というと、あのロボットが見つかったのか」

「ええ、そう言っていましたね」


 姉の命を奪ったロボットが見つかった。クナイは目的を果たしに行った。

 クナイの目的は――


「どこに! どこに行ったの?」


 ココはタイラに詰め寄る。


「西です」

「……え?」


 思わず聞き返したココに、タイラは静かに繰り返した。


「クナイは西へ行ったんですよ。一人でね」





◆◆◆◆◆



 クナイは西を見ながら、東の国のバリケード沿いを小走りに移動していた。

 顔を上げれば空はまだ暗い。視界に入る高いバリケードの上には、有刺鉄線が何重にも張り巡らされている。貼付けられた何枚もの看板には電流を形容した図が描かれていた。

 原始的な警備ではあるが、やはり登るのは躊躇ためらわれる。しかし何とかしてこの柵の向こうへ行きたい。

 その時、前方をチョロチョロと生き物が通り過ぎたのが見えた。猫よりも少し大きく、野犬ほどの大きさはないその動物の影を目で追うと、いつの間にかそれはバリケードの向こう側を跳ねていた。


「え?」


 クナイは急いでそいつが通った後を追った。よくよく見ればバリケードの金網が、向こう側から引っ張られたように、わずかに破れている箇所がある。あの生き物が大きくないとはいえ、金網にまるで触れずに向こうへ行くことなどできるのだろうか。

 恐る恐る金網に指を伸ばした。指先で素早くほんの少しだけ触れ、弾かれたように引っ込める。


 ……なんともない。


 確かめるようにもう一度、同じように触れてみるが電流は流れて来なかった。

 看板が単なるハッタリなのか、それともまたいつものように、今だけ電気の供給が追いついていないだけなのかは分からない。しかしこれはチャンスだ。

 金網の破れ目にゴミ捨て場から拾って来た鉄パイプを差し込み穴を広げる。金網は思っていたよりも固く、押してもすぐに戻ろうとするため、少ししか穴を広げられなかったが、クナイはそこから身体をねじ込んだ。

 自分の小さな身体に感謝したのは初めてかもしれない。腕を少し金網に引っ掻かれたものの、クナイの足は今、西の地を踏みしめていた。


 クナイは後ろを振り向いた。

 そこにあるのは東の国。

 おかしなもんだ。ここがすでに東の国ではないなんて。

 バリケードのこちらとあちらとで、踏みしめている大地の感触も、吸い込んだ空気の匂いにも何も変わりはないというのに。高いバリケードの更に上、朝を迎えようとわずかに明るくなって来た東の空だって、そこに境目などある訳もなく、西の夜と溶ける様に繋がっている。

 

 クナイは荷物の中から大きな布を取り出すと頭から被った。ギンジの家からこっそり拝借してきた迷彩スーツだ。もちろん、ゴミ置き場用のガラクタが貼り付けられたものではない。これは荒野の乾いた土に良く似た色で、砂や小石で覆われている。ギンジもこの辺りまで偵察に来たことがあるのだろう。

 本当なら、もっと武器になりそうなものを持ってきたかったが、さすがにそういったものはあの機械技師も厳重に保管しているらしく、見当たらなかった。

 このスーツも用が済んだならちゃんと返したいとは思うけれど……たぶん無理だ。

 西の国、あのロボットがいた防壁の影が見える。そう遠くない。

 少し身を屈めると、クナイはまだ暗い西の荒野を走り出した。

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