Act・4
【Act・4】
小屋に戻ったクナイは乾いていた自分の服に着替えると、ギンジから借りた服を畳んで置いた。そのすぐ隣には、ココとアキツが横になっている。
寝ていてくれて良かった。
相変わらずの間抜けな寝顔をしているココと、寝返りひとつしないアキツのそばにそっと膝をつき、クナイは小さく頭を下げた。
「ごめん……ココ、アキツ。俺、行かなきゃ……ごめんな」
独り言のように小さく言うと、物音を立てないようにこっそりと小屋を出る。しかし、
「どこへ行くんです?」
外へと一歩出たとたん、目の前に立ちふさがる人物にクナイは息を呑んだ。
「タイラ……」
かすかに煙草の匂いを纏いながら、タイラが行く手を阻むようにそこにいた。タイラは旅支度をすっかり済ませているクナイの姿に目を細める。
「まだ朝じゃないですよ? ちびっ子は寝ていなくちゃいけない時間だ」
「お前には関係ないだろ」
「まぁ、そうかもしれませんが。ココとアキツには?」
ココとアキツの名前を出されてクナイは言葉に詰まった。
「……うるさい」
「二人に言えないような所へ行くんですか」
「黙れよ」
まともに答えを返さないクナイに、それでもタイラは問いかけ続ける。
「……見つけたんですね」
「……」
「もしかして…………西に?」
「黙ってろ。あいつらには言うな!」
声を押し殺しながらもクナイは強く言い放つ。
「なんでかな。言えばきっと二人は着いて来てくれるのに」
「だから、これは俺の問題なんだよ!」
「巻き込みたくない?」
「……違う。俺は元々、一人だった。あいつらは俺とは関係ないんだよ」
「あんなもの見つからなければ良かったのに。そう思いませんでしたか?」
「そんなこと……」
そんなこと思うはずがない。
「そうすればこの旅は――」
「やめろ」
「海はどうするんです? 二人と約束したのに」
「やめろ! 俺は! 俺は……初めからこうするつもりだったんだ!」
タイラの胸倉を掴んで言うクナイの言葉は、自分自身に向かっての確認のようなものだった。
そう。元から一人で行くつもりだった。すぐに別れるつもりだった。自分の旅の目的は、ココやアキツのそれとは違うのだから。それなのに、一緒に来てくれなんて言えるはずがない。
今から自分がしに行くことは、ココたちの目的とはまるで違う、醜く汚れたことなのだ。このまま、あのロボットが見つからなければ、この旅をずっと続けられるかもなんて……思ったりするはずがない。
思ったりしてはいけない。
「少し……思ってたより少し長くなっただけなんだ。黙っててくれよ」
「でも」
「頼むから……」
小さな手で懸命に胸倉を掴んでいる手が、わずかに震えているのを見て、タイラは深く息を吐いた。
「分かりました」
「助かる……じゃあな、タイラ」
「さよなら……クナイ」
タイラを掴んでいた手を離すと、迷いを振り切るように西へ向かってクナイは走り出した。姉を殺したロボットの元へ。
「やはり死者に勝つのは難しいか……」
タイラの口から零れるのは、そんな皮肉交じりの独り言。元々大きくはないクナイの影が、あっという間に小さくなるのを見送ると、タイラは小屋の中へと戻った。すると、
「どこへ行っていた」
トタンの扉を開けた瞬間、掛けられた声に今度は自分が驚くことになる。
見ればアキツが起きていて、いつの間にか濡れた服も元の通りに着替えていた。いつもの赤いコートもしっかりと着込んでいる。
「……びっくりした。起きたんですかアキツ。まだ夜中ですよ?」
「足音がした」
アキツはそう言って、タイラが開けたままの扉の外を見る。
最初に同じことを言っていたときといい、今回といい、アキツは他の者には聞き取れないような物音をすぐに察知する。そして、そのときのアキツの様子がいつもと違うことをタイラは見て取った。
顔は変わらずの無表情だが、その目の色がどこか違う。瞬きをほとんどしなくなるが、チラチラと眼球がせわしなく動いて、外の様子を探っている。目と耳から入って来る映像と音の情報から、周囲の状況を把握することに集中しているようだった。
「またギンジさんのですか?」
「いや、今度は複数だ」
「複数?」
「数人で構成されたグループがいくつか、ここに向かって来ている」
そのとき、小屋の中に激しいブザー音が連続して鳴り響いた。同時に赤い光が部屋の中で点滅を始める。さすがのココもこれには飛び起きた。
「な、何っ?」
「おはよう、ココ」
「お、おはよう。何の音?」
慌てることを知らないアキツに返すと、ギンジが扉を開けて顔を出した。
「侵入者だ」
「侵入者?」
「それも軍の連中で複数だ。いままでこんな大袈裟なことは起きなかったんだが。心当たりは? Dr.タイラ」
「とりあえず逃げたほうがいいんですかね」
ギンジに話を振られても、タイラは肩をすくめてみせただけで、小屋の外へと先に出た。ココもそれに続くが、こういう時いつも真っ先に「逃げるぞ!」だの「早くしろ!」だのと急かすはずの声がしない。
「クナイは?」
いつも自分の視界の少し下にある、その姿が見当たらない。キョロキョロとクナイを探すココにタイラが言った。
「クナイは出掛けていますが……例のロボットを探しに」
「そんな」
「彼なら意外とすばしっこいから平気ですよ」
「でもっ」
言い合いが始まりそうな二人だったが、そこにギンジが割って入る。
「とにかく今はこの場を離れるぞ」
その時、白い光の輪がギンジたちを捕らえた。眩しさに目を細め、手をかざしてそちらを見ると、二人組の男の影がある。ギンジが軍の連中と言っていた通り、男たちが動くとガチャガチャと身につけているらしい装備が音を立てた。
「こっちだ」
「いたぞ!」
仲間を呼び集める兵士たちの声が行き交い、ココたちはギンジに背中を押され、ゴミの山の中へ駆け込んだ。兵士たちもすぐに追いかけて来る。
「くそ……早いな」
両脇にゴミの壁がそびえる道を走りながら、ギンジは背後の兵士の姿を肩越しに確認し、胸元から取り出したボタンを押す。
パパパパパッと、小さな火薬の破裂音が連続して響いたか思うと、ギンジが走るすぐ後ろのゴミの壁が、左右からどっと崩れ始めた。
「うわぁあ!」
ギンジたちを追っていた兵士は行く手をゴミに阻まれ、さらに降って来るゴミの山に埋もれてしまった。
「少しは足止めできるだろう。行くぞ、止まるな」
思わず後ろを振り返ろうとしたココだったが、ギンジに腕を取られて前を向く。すると、火花を小さく散らしながら目の前のドラム缶に穴が空いた。
顔を上げると、ゴミの山の上から、こちらに小銃を構える兵士の姿がある。すかさずギンジがゴミの壁から突き出していた棒を引き抜いた。
「わああっ!」
兵士の足元に積まれていたゴミが突然なくなり、出来た穴の中に兵士は落ちる。
「おい、撃ってきたぞ? 奴らこっちを殺す気か」
ギンジは再びタイラに問いかけた。自分を軍に連れ戻そうとする奴らや、それとはまったく正反対の組織の者など、これまでも狙われたことは度々あった。しかし、今回はギンジ一人に対しては大げさな動きに思われる。追手の人数もやたらと多い。初めからこちら側の人数が多い事を知っていたかのようだ。
「まさか。殺されたりはないと思いますが……」
タイラがまた曖昧に言葉を濁していると、
「動くな!」
ココたちの前方に兵士が現れ、銃をこちらに向け立ちふさがった。その姿に、走っていた足を止めたココやタイラだったが、逆にアキツは身を低くして足を早めた。
「俺が行く」
そう言って前に走り出ると、怯むことなく兵士に向かって行く。
目の前に迫って来たアキツに、身動きが取れなくなったのは兵士の方だった。真横に走り込んだアキツに銃を向けようとするが、銃口を掴み上げられ、空いた腹部にめり込むような膝蹴りが入れられる。その兵士が地面に伏すときには、すでにアキツの目は別の兵士を捕らえていた。
ゴミの影から長銃を構えていた兵士は、覗いていたスコープの先のアキツと目が合い、スコープから咄嗟に目を離した。しかし顔を向けたその先にアキツの姿はもうない。背後に気配を感じた次の瞬間、後頭部に衝撃を受け兵士は意識を手放した。
周囲を見回すアキツの視界に、動く兵士の姿は映らなくなった。しかし耳に入って来た微かな物音に、アキツはゴミの山に腕を突き入れた。その手で中に潜んでいた兵士の襟首を掴んで引きずり出す。
「くそっ!」
手にしていた小銃を取り落とした兵士は、腰の拳銃に手を伸ばした。だが、兵士の手よりも早く、アキツの手がその拳銃を奪い取る。拳銃はすぐに安全装置が外され、銃口が兵士の顎下に押し付けられた。
――撃たれる。
兵士が息を呑んだ、そのとき
「動くなっ!!」
別の兵士の鋭い声に、アキツの動きがピタリと止まった。
「おい! それ以上動くな! 動くとこいつを撃つぞ!」
「ア、アキツ……」
ココが兵士に背後から首を羽交い締めにされていた。ココのこめかみには拳銃も突きつけられている。それを見たアキツは兵士の顎に当てていた拳銃を下ろして捨てた。一瞬ふらついた兵士だったが、すぐにアキツの膝裏を蹴り飛ばして跪かせる。落とした小銃を拾いあげ、お返しにとばかりに後頭部に押し付けた。
その様子に、ギンジも両手を上げて降参の体制を取る。
「いったい何の用だ。ずいぶんと乱暴だな」
聞いたギンジを兵士は少し馬鹿にしたように鼻で笑った。
「安心してくれ機械技師さんよ。今回、あんたに用はない。今となってはあんたの技術なんて、我々はもう必要としていないんでね」
「それじゃあ……」
眉をひそめたギンジに代わってタイラがアキツを示して言った。
「目的は彼ですか」
「そうだ。そこの少年を連行しろとの命令だ。それとあんたもな、ドクター。大人しく車に乗ってくれないか」
「分かりました。いたたたた。そんなに強く掴まないでくださいよ」
「いいから黙って言うことを聞け」
「はいはい」
タイラとアキツは兵士に銃で小突かれながら、軍のトラック後部の荷台に乗せられる。兵士が扉を閉めようとしたときだ。自分を捕まえている兵士の手が緩んだのを感じたココは、兵士を振りほどき扉に駆け寄る。
「アキツ!」
しかし当然の事ながら、すぐに別の兵士に取り押さえられた。
「離して! アキツが」
「おい暴れるな」
「離してったら! アキツ! アキツっ!」
両手両足でしつこく扉の取っ手にしがみつく少女に、兵士たちは顔を見合わせ大きな溜息を吐く。
「離すのはお前だ」
「やだ! あたしも行く!」
「こいつ……」
「面倒だ、一緒に連れて行け」
兵士はココの荷物を取り上げると、取っ手にしがみついている手足をはがし、再び開けた扉から中へと乱暴に放り込んだ。
アキツが投げ込まれたココの体を受け止めようとするが、かなり勢いよく顔面近くに飛んで来たココに、一緒になって荷台に転がった。小さくはないお尻でアキツの顔を押しつぶしたココは慌てて起き上がる。
「ご、ごめん、アキツ。大丈夫?!」
「……問題ない。ココは平気か」
「うん。平気」
車は扉を閉めるとすぐに走り出す。
ココは荷台の壁にもたれているタイラを睨んだ。
「タイラ、どういうこと? なんでアキツを軍へ?」
「街の検問に監視カメラがありましたから。あの映像が軍にまで渡ったんでしょうね。こんなに早いとは思いませんでしたが」
「だから、どういう――」
聞きたい答えではないタイラの返事に、ココが声を大きくしたときだ。
「うるさいぞ! 静かにしろ!」
運転席の方から壁を叩く音と共に、怒鳴る兵士の声がした。
ほら怒られた、とでも言いたそうなタイラの目に、閉じた口をへの字に曲げながら、ココはアキツの隣に膝を抱えて座る。
「アキツ」
「何だ」
「……ううん、なんでもない」
武器を持った兵士たちにも、怖じる事なく戦うことができるアキツを頼もしいとココは思う。ただ、あの時もしも自分が捕まっていなかったなら、アキツはあの兵士を撃っていたのだろうか。それが気になった。
しかし、それを直接アキツの口から聞くのは躊躇われた。
アキツの手が彼らの武器など簡単に壊せることを知っている。でも、アキツの手が自分の手を優しく握り返せることも知っている。
アキツはそのどちらをするにも“ココロ”を動かす事はない。
だからこそ、アキツに誰かを傷つけるようなことをさせたくない。
お願いだから、アキツにそんなことをさせないでほしい。
ココが抱えた膝に顔を埋めると、その頭にそっとアキツが手を置いた。思わず伏せた顔を上げアキツを見ると、アキツは突然自分を見たココから手を引いて、いつもの無表情で首を傾げる。その顔にココは小さく笑った。
ココを慰めるように置いた手。その行為が相手の心にどう作用するかなど、アキツは分かってなどいない。
だけどほら、こんなにこの手は優しい。
車がガタンと大きく揺れた。
一体、今どこを走っているのか。この荷台には天井近くに格子つきの小さな窓がひとつあるだけで、外の様子は見ることができない。ただ、こんな状況でもココはあまり不安を感じていなかった。
すぐ隣にアキツがいる。
あの場に一人取り残されるより、ひどく馬鹿な行動だったとは思うが、こうしてアキツと捕まったことは、ココにとって何より安心できることだった。
そんな自分のことよりも、よっぽど気がかりなことがある。ロボットを探しに行ったというクナイのことだ。今頃、一人でどうしているのだろう。
「クナイ大丈夫かな……」
子供扱いをするとすぐに怒る、あの不機嫌な顔を思い浮かべながらココは呟いた。
ROBOT HEART・8
- イバショ - 終了