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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
八話・イバショ
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Act・3

【Act・3】


「真っ先に寝てるじゃねえか……」


 マットレスの上のココを見て、クナイは呆れたように呟いた。

 さっきまで眠らされていて、しかも一番最後に起きたはずのココだが、数分後にはスヤスヤと心地良さそうな寝息を立てていた。

 “ココロ”の手がかりが見つかったかもしれないということに、少し気が緩んだのかもしれないが、口を開けたままの間抜けな寝顔は緩すぎる。

 クナイは壁だか扉だか分からないトタンの一枚を開いた。顔を出せばそこは、先ほどまでいた鉄屑置き場。ギンジの隠れ家であるこの小屋は、粗大ゴミの中に、それこそゴミのように作られていた。これでは自分たちで探し出そうとしても、とても見つからなかったかもしれない。

 ギンジが置いて行ったハンドライトを手にすると、クナイはスルリと静かな外へ出た。


「どこへ行くクナイ」


 中から尋ねてきたアキツの声に振り向く。


「ここは粗大ゴミ置き場だぞ。俺の探してる屑ロボットが、スクラップになってるかもしれないじゃん」

「気をつけろ」

「うるさいぞ。俺の父ちゃんか、お前は」


 どうせ心配する“ココロ”もないくせに。『心配する言葉』なんて使わないでほしい。

 口悪く言ったクナイだったが、それに対して静かなタイラの声が返ってきた。


「いや、クナイ、ここはもう西に近いんだ。本当に気をつけたほうがいいよ」

「……分かってるよ」


 クナイは開いたトタンを元通りに閉じて行ってしまった。


「タイラは寝ないのか」


 クッションに体を預け、すっかりくつろいでいる様子のタイラにもアキツは聞く。


「ん? 僕? まあ、ここからが大人の時間だから」

「大人の時間? クナイはまだ起きているが」

「僕はちびっ子が戻ったら寝ますよ。君はまた電池切れになったら困るでしょ? 早く休んだ方がいい。ほらほら」

「ああ」


 タイラの言葉にアキツは素直に頷くと、床に敷かれた毛布の上に横になる。


「おやすみ、アキツ」

「おやすみ、タイラ」


 タイラはしばらくクッションに体を埋めながらアキツの様子を見ていたが、やがて立ち上がり顔を覗き込んだ。そしてちゃんと掛かっていない毛布をアキツの体に掛けてやりながら、トタンの扉に向かって言う。


「……さてと。大人の時間ですよ? ギンジさん」

「じゃあ、君は寝るべきだな、Dr.タイラ」


 ギンジが言いながら扉を開けた。その呼び方にタイラは苦笑する。


「僕をご存知で。有名人は辛いなあ」

「あたしも一応、軍の中にいたことがあったからな」

「それはそれは。大変だったでしょうね。あそこから抜け出るのは」

「おかげ様で、こんな所にいる」


 軍では際限なく物を作ることができた。わずらわしい細々とした事務仕事や金勘定、材料の調達などに労力を割くことなく、作ることだけに没頭できた。

 ギンジは作った物にはそれほど執着がない。作り上げた物を手に入れた者がどのように使おうと知ったことではない。ときに道具というのは作った者の意図とは、まるで違う用途で使われるものだ。

 しかし、初めから悪用されると分かっているものに、ギンジの手は動くのをやめた。


「なるほど。そして人を近づけないようにしていると」


 タイラ自身、元々いたあの隔離病棟のような街での仕事は、政府から無理矢理に与えられたものだ。常に首輪がついていることを自覚している。

 政府というのは優秀な人間が味方のうちはいい顔をしているが、それが敵になる可能性が出てきた場合、急に態度を変えるものだ。


「それで、どういうつもりだ」

「何がです?」

「君は、この子らと一緒にいてどうするつもりだ、と聞いている」


 ギンジはココとアキツに視線を落とした。 


「別にどうもしないですよ、僕は」

「どうもしない? それは本当にタチが悪いな」

「すみませんね。彼はロボット。故障はするが、病気もしないし死にもしない。彼に医者は必要ない」

「必要とされない所にいたい、か。贅沢なことだな」

「――で、ギンジさん、アキツの“ココロ”は作れるんですか?」

「方法はあるんじゃないか?」

「それは良かった」


 当たり障りのない受け答えに、ギンジは目を細めてタイラを見下ろす。


「ところでDr.タイラ。あたしは機械技師だが、アキツがロボットということについて、医者はどう思う」

「金属探知機が反応する睡眠ガスの効かない人間なんていないでしょう」

「君なら知っているんじゃないか? 薬だろうと毒だろうと、体が慣らされてしまっていれば効果がないことがあることぐらい」

「金属探知機は?」

「君は銃で撃たれた事はないんだろうな。もしくは何かを体に埋め込まれたりしたことなんか」

「ははは。あなたは軍を抜け出て正解ですよ。そうやってあれこれ考えすぎる人間は、あの場所には向いていない」


 口では笑い声を上げながら、その目が笑ってはいないのを見て、ギンジはそれ以上の話をやめた。

 するとタイラはごろりと横になる。


「あぁ、ちびっ子は帰ってこないし、僕もそろそろ休みますね。おやすみなさい、ギンジさん」

「……ああ、ゆっくり休めDr.タイラ」




◆◆◆◆◆



「ちぇ、ただのガラクタばっかりか」


 拾った鉄パイプで、クナイは鉄屑の山を漁りながら歩いた。

 もちろん、この広いゴミ置き場の全てを見たわけではないが、捨てられているものはどれも錆の匂いのする古いものばかり。ここにも姉を殺したロボットはないように思えた。

 いつの間にかこんな所まで来た。

 煙だらけのあの街で、憎しみに身を任せロボットを壊しているだけだった自分を本当に馬鹿だと思う。同時に姉を殺されたことへの憎しみが、あの頃よりも薄れている気がして怖かった。

 ココたちと旅をしていると色々なことを考えなければいけない。あの街で姉のことだけを考えていたときのようにいかなくなった。それが怖い。


「……姉ちゃん……」


 声に出して呼んでみると、とたんに胸を締め付けられる。


 大丈夫。

 忘れたりしない。

 忘れたりなどするものか。


 苛立ちに、クナイは鉄パイプをゴミの山に振り下ろした。

 すると錆びた缶が上から落ちてきて、地面に中身をぶちまける。中に入っていたのはブリキの車やロボットなどの子供の玩具。

 捨てたのか、訳あって手放したのか。そこには三角形の帆がついた小さなヨットもあった。

 一緒に海を見に行こう、と言ったココの言葉を思い出す。

 うんと返事はしたけれど、あれはココがしつこかったから。だから仕方なく……。

 そう、仕方なく頷いたのだ。

 例え姉を殺したロボットが見つかろうと、そんな日が来ることはない。なぜなら、それが見つかったとき自分がやろうとしていることの先に、そんな明るい未来があるわけがないのだから。それなのに、どこかでその日が来ることを楽しみに思った自分がいた。それが酷く嫌だった。

 姉とも一度くらいはあの街を出てどこかへ行ってみたかった。どこか行きたい所はないか聞いてみれば良かった。一緒に行こうと言えば良かった。

 ふとぼやけた視界に、クナイは慌てて腕で目をこする。

 そのとき、


「少年」

「うわっ!」


 すぐ近くでしたギンジの声に飛び上がる。しかし振り向いてもその姿は見えない。戸惑うクナイの目の前で、ゴミの山だと思っていたものが急にうごめき、中からギンジが姿を現した。


「な、なんだよ! 驚かすな!」

「いいだろう。私の作った迷彩スーツだ」


 ギンジは頭から被っていた布を脱いで広げた。


「……布にゴミを貼り付けただけじゃね?」

「光学迷彩のような気の利いたものではないが、人の目なんざ元々誤魔化されやすいものだ。これで充分さ。ただし、こいつは布の表面の熱を周囲の環境に合わせることができるんだ。中にいれば熱感知の装置を誤魔化せる」

「へえ」


 ただゴミを貼り付けただけに見える布を手にとってみるクナイ。軽くて柔らかく、そして少しひんやりとしている。


「ココたちはもう寝たぞ」

「俺の目的はあいつらと違うんだ」

「そうなのか」

「あんたこそ、休んだんじゃなかったのかよ」

「あたしはちょっと偵察にな。一緒に来るか?」

「偵察?」

 

 歩き出したギンジの後に着いて行ってみると、ゴミの山の上に、更に鉄骨を寄せ集めて組み上げたやぐらのようなものが見えた。結構な高さのあるそれの梯子を、ギシギシ軋ませながらギンジは登る。慣れているのか軽い身のこなしで登って行くギンジにクナイは続く。


「ああ。知っていたか少年。ロボット技術は今現在、西の方が進んでいるんだ」

「西が?」


 先に登り終えたギンジが差し出す手に引き寄せられるようにして、クナイは櫓の上に到着した。


「ほら、ここからだとよく見えるだろう?」


 櫓の上は少し風が強く、クナイは柱に掴まりながらギンジの指差す方を見た。

 東の国境の長く続くバリケードの向こうには、何もない閑散とした荒野があり、それを挟んだ更に向こうに、分厚そうな壁と建物のシルエットが見えた。月明かりに浮かび上がるその影はどこか不気味だ。これだけ離れていても結構な大きさがある。近づけば相当なものだろう。


「あの壁の向こうが西の国?」

「そう。で、壁の上を警備しているのはロボットだ」

「ここからじゃ、そこまで見えねぇよ」


 目を凝らして手をかざすクナイに、ギンジが何かを差し出してくる。 


「これで見てみろ。あたしの特製双眼鏡だ。遠くて暗くてもよく見える」

「うわ! ホントだ。よく見える!」


 あんなに遠かった西の国がすぐ目の前に見える。昼間のように――とまではいかないが、壁の上で警備をしているロボットの姿形や動作まではっきりと見て取れた。

 クナイは食い入るように双眼鏡を目に押し当てた。


「な。ロボットがいるだろう? ここ最近になってやたらと増えたんだ。物騒な装備だし、そろそろ西が何かやらかすんじゃないかと思うんだが、どう思う少年。……少年?」


 急に静かになって身動きをしなくなったクナイに、ギンジが呼びかける。するとクナイは一度、双眼鏡から目を離し肉眼で西の方を見つめた。ギンジの声など聞こえていない様子のその顔は、驚愕したように固く強張っている。


「……なんで」

「ん?」

「なんでアレが……西に?」


 クナイは呟くと再び双眼鏡を目に押し当て、身を乗り出した。その様子は、まるで双眼鏡の先にあるものに手を伸ばそうとするかのようだった。櫓から落ちかねないクナイにギンジはクナイの襟首を掴む。


「どうした少年。何があった。顔色が悪いぞ?」

「はは……」

「少年?」

「あっははは! はははっ、見つけた! 見つけたぞ!!」


 ギンジの心配する言葉を他所に、クナイは突然、狂ったように笑い出した。喜んでいるというよりは、どこか狂気めいて歪んだ笑い声に、ギンジはクナイの肩に手を置く。


「おい……大丈夫か」

「もちろん! ついに見つけたんだ! あんたのおかげだよ。ありがとな」


 肩に置かれた手を握り返し、クナイは興奮したように礼を言った。


「……よく分からんが、それは良かったな」

「こうしちゃいられないや」


 もはや他の何も目に入っていないかのようにクナイは呟き、梯子を下り始める。半ば滑り降りるようにして地面に降り立ち、ゴミの山を駆けて行くクナイをギンジは険しい顔で見送った。


「何か……まずかったみたいだな」


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