Act・2
【Act・2】
ココは閉じていた重い瞼を何とか開いた。すぐにまた閉じようとするそれを、両手でこする。
視界に入ってきたのは、さっきいた粗大ゴミ置き場ではない。ここはどこなのか。錆くさい匂いは相変わらずだが、トタンや金属板などを寄せ集めて一応小屋のようになっている。壁にも天井にも、小屋の持ち主の私物なのかゴミなのか、分からないものが沢山ぶら下がっていた。
「気づいたかココ」
「ビリだな」
寝転んだままだったココは、自分を覗き込むアキツとクナイの顔に安心して体を起こす。
ココが寝かされていたのは、むき出しのベッドのマットレスの上だった。座りなおそうと手をつくと、中のスプリングがギシギシと音を立てる。
「アキツ、クナイ……えっと、どうしたんだっけ」
「ガスで眠らされたんですよ」
壁際に置かれたツギハギだらけのクッションに座るタイラが、ボサボサになった元々癖のある髪を手で掻きながら説明した。
クナイは不満気にアキツを見る。
「なんでお前は平気なんだ」
「俺はロボットだ」
「便利な奴……」
そのとき、壁だと思っていたトタンの一枚が音を立てて開いた。
「ああ、みんな気づいたか」
聞き覚えのある女の声に、ココがハッとして振り返る。そこには湯気の立つ二つのカップを手にした女の姿があった。自分たちを煙で眠らせた女だ。
思わず身構えるココだったが、
「ココ、彼女がギンジだ」
アキツの言葉に、女を睨むようにしていた目をとたんに丸くした。
「あなたが? ……まさか……女の人だなんて、思わなかった」
驚いたように言うココに、ギンジはカップの一つを渡す。そこには香りの良い紅茶が入れられていた。少しスゥと鼻に抜けるようなその香りは、眠らされていた頭をすっきりさせてくれるようだった。
ギンジは手にしている、もう一つのカップを自分の口に運びながら、近くの椅子に腰を掛ける。
「あたしも、こんなとこでヒジリの娘に会うとは思わなかったよ」
「お父さんを知ってるんですか?!」
ギンジの言葉の中に出てきた名前に、ココは更に驚いた。
「ああ、一緒に仕事をしたことがある仲でな。もうずいぶん前のことだが」
そうか。父もこの人も機械技師なのだ。どちらも腕のいい者同士なら、そういうこともあるかもしれない。
「あの……お父さんって」
「うん、腕は噂通りだった。それに、なかなかいい男だったな。どうにも所帯持ちには見えなかった。少し子供っぽいところがあったし。まあ、手に負えない機械馬鹿だったがな」
「……ですよね」
褒められているのか貶されているのか……複雑な心境だ。
引きつったような笑顔を見せるココに、ギンジも表情を少し緩め、薄い唇に笑みを浮かべる。
「娘がいると聞いたときには驚いた」
「家より仕事場にいる事の方が多かったですから……」
「ああでも、ココ知っていたか? あれでもヒジリは、首にいつも君と妻の写真をぶら下げていたんだぞ?」
「写真……お父さんが?」
「そう。ロケットっていうのか? こう……開くと中に写真があるペンダントをな」
「そうですか……」
初めて聞いた。
ヒジリはいつも機械とばかり向き合っていて、ココは父には自分の顔なんて見えていないのではないかと思うこともあったから。
「ところでギンジさん!」
ココがロボットの“ココロ”について聞こうと立ち上がったときだ。ギンジはココの足元を指差した。
「あ、そこ踏まないほうがいいよ」
「え?」
しかし、すでにココの足は僅かに浮いていた、他の場所とは色の違う床板を踏んでいた。カチリと何かのスイッチを押す感触が足に伝わる。
「あっちに水が降るから」
「わあぁっ!!」
ギンジの説明と同時に、クナイとアキツが座っていた場所の天井が開いて、上から大量の水が降ってきた。
「やっぱ、罠ってのは原始的なのが見ていて楽しいよな」
「ちっとも楽しくない!」
クナイが抗議する。降って来た水はというと、すぐに床の溝へと吸い込まれて消えたが、アキツとクナイの体はずぶ濡れだ。
「まぁ、気を悪くするな。服の替えくらいある。ほら少年。それにそこのロボット君も濡れたな。君はこれを着ろ」
「すまない」
「この場面では、その言葉はいらねえよ」
ギンジが差し出すタオルと服を受け取るアキツに、クナイは言ってやる。
「……なるほど、それが君の物である証か」
「え?」
濡れたシャツを脱いだアキツの胸元を指差すギンジに、ココもそちらを見るが、着替えを始めたばかりのアキツに、顔を赤くして両目を手で隠す。そういえばシンが女の子は見ちゃ駄目だと言っていた。
「なんだココ、見た事なかったのか」
「はい。バーコードみたいのがあるとは聞いていましたけど」
ココはバーコードが気になって、チラチラと指の隙間からアキツを伺う。
「確かにな。あたしも自分の作ったもんに銘を刻んだことはあるけど……どうにもこれは識別のためのコードのようだな」
ギンジは椅子から立つと、着替えたアキツの襟首を指で引っ掛け、遠慮なく中を覗き込む。そんなギンジの行動も、アキツは特に気にしたりしない。
「識別のためということは、他にも俺と同じ型のロボットがいるということか」
「可能性はあるな」
そんなギンジの言葉に反応したのは、アキツではなくクナイ。
「冗談じゃないぞ。こんな奴がそんなにいてたまるかよ」
「人間にしか見えないロボットがたくさんいたら、確かに少し嫌かもしれんな。まあ、あたしも機械技師として一度は作ってみたいものだとは思うが、作った後が厄介そうだ。あたしは作ることには興味があるが、作った物にはそれほど執着がないもんでね。人とロボットの区別がつかないとなると、それはやはり面倒なことになるだろう」
すると、それまで黙ってギンジの行動を見ていたタイラが言った。
「でも金属探知機には反応がありますよ?」
「金属探知機?」
「ええ、左胸あたりでしたかね」
「ふむ、ちょっと失礼」
ギンジはアキツの体に触れた。
「……君は温かいんだな、ロボット君」
「そういう風にできているようだが、俺には自分が温かいかどうか分からない」
「痛みもないわけか」
指先を強く体に押し込まれても、変わることがなかったアキツの表情を確認し、ギンジはアキツから手を離す。
「ココ。君は本当にアキツに“ココロ”を作る気か?」
「はい」
「そう。……まあ、方法はあるかもね」
力強く頷いたココにさらりと返されたのはそんな言葉で、一瞬ココはそれがどういうことか分からなかった。
方法はあるかも。つまり“ココロ”の作り方が分かるということなのだろうか。
「本当ですか!」
ココは思わず立ち上がった。
「とりあえず――」
「はい!」
「今日は休もうか」
「はい?」
拍子抜けしたように聞き返すココだったが、
「あー疲れた、疲れた。こんなに人と話したのは久しぶりだ」
ギンジは欠伸混じりの大きな伸びをしながら、部屋を出て行ってしまった。
「ギンジさーん! これからがいいところじゃないですかぁ!」
せっかくロボットの“ココロ”についての話が聞けると思ったのに。そんなところで話を切り上げられたら、休めるものも休めない。
ココは不満を口にするとマットレスに突っ伏した。