Act・4
【Act・4】
ヒュウと虚しいを立てながら、風が埃と煙を巻き上げ吹き過ぎていく。
瓦礫の山と化した【歯車】は、時折まだガラガラと音を立て崩れ続けている。それを茫然と座り込みながらシンは見ていた。サングラスに隠れた目の端には何か光るものがある。腕には何とか残った店の看板をひしと抱いていた。
ひしめき合って建っている周囲の建物に、それほど被害がなかったことだけが不幸中の幸いといったところだろうか。
どうやって逃げ出したのか、あの二人組の姿はいつの間にかなくなっていた。
「店長ー。元気だして」
すっかり肩を落としているシンをそっと慰めるココ。
「おう……なんとかなるさ、命さえありゃあ店なんて……」
言葉とは裏腹に声は沈んでいるし、鼻をすする音がする。
「お前こそ、どうする気よ、これから」
「うん……」
ガラリと瓦礫をひっくり返す大きな音がして、ココはそちらを見た。
袖のない黒いシャツ姿で、アキツが荷物を探していた。そして大きなトタンを一枚持ち上げると、その下から見つけた自分の上着と鞄の埃をはたきながら、こちらへと歩いてくる。
「アキツ、荷物あった?」
「問題ない」
シンは立ち上がるとペコペコと何度もアキツに頭を下げた。
「いやあ、すみませんねぇ、何かボロボロになっちゃって」
今、瓦礫の中から取り出した上着や鞄よりも、埃まみれのアキツの体をはたいてやる。
爆発が起きた際、アキツがシンとココの上に覆い被さるようにして、二人を爆風や瓦礫から守ってくれたのだ。
「あんたが庇ってくれなきゃ、今ごろ死んでるって。信じらんねぇけど、あんた本当にロボ……」
言いかけて、シンはアキツの腕から流れ伝う赤いものに気がついた。
「血ー!! 血が出てるっ!」
「ええっ!!」
シンの言葉に驚いてココもアキツを見る。しかし当の本人は相変わらずの無表情で、血が出ているという右腕を見ると言った。
「ああ……気にするな。オイル漏れだ」
「オイル?!」
シンとココが声を合わせながら聞き返すが、アキツはそれ以上その“オイル漏れ”のことは気にもせず、雑に左の手でそのオイルを拭うとココを見た。
「それよりもココ、約束だ。“ココロ”を作ってくれるんだろう?」
確かに。
ココロでも何でも作るから――と。
「はい……そう言いました……」
数分後。
瓦礫と化してしまった【歯車】から、場所を近くの知り合いの工場に移し、ココは約束した“ココロ”を作り始めた。
しばらくして、待っていたアキツの前に出されたのは、グラスに入れられた赤く透き通った液体。
「はい、どうぞー」
ココはニコニコとしながら言った。
アキツがグラスに刺さっているストローで液体をかき回すと、何やら苺シロップのような甘い香りが辺りに広がる。
「この赤い液体は」
「“ココロの素”です。コレを飲めば、たちまちあったかーい気持ちに」
説明するココだったが、アキツはその無表情をココへと向けて言った。
「ココ。今どき子供でも引っかからないような子供騙しは効き目がない。ましてや心の持ちようで何かを変えようにも、その“ココロ”がないので無理だ」
「……ゴメンなさい」
玉砕。
「そんな君には俺の手作りの、このスペシャルハートをプレゼントだ!」
無力なココに代わってシンが差し出したのは、どうやら鉄で出来ているハート型の何か。あちこち尖っていたり、丸かったり、ヘコんだり出っ張ったりして、さらに様々なペイントが施された奇抜なデザイン。
「さすが店長! 滑らかな曲線と直線。そしてこの色。なんて芸術的!」
シンのスペシャルハートを前にしても表情を変えないアキツに、ココが代わりにそれを賞賛する。
「ふっ。見事に喜怒哀楽を表現した一品だ」
自信満々に言ってのけるシンを、ちょいちょいとココは突付くと、アキツに背を向け小さな声で尋ねた。
「店長……あれ、本当に“ココロ”なんですか」
「お前の“ココロジュース”よりマシだろうが」
ひそひそと返すシン。
やはり、さすがのシンも本物の“ココロ”の作り方は知らないようだ。
それでもまあ、どこかで聞いたお伽話のロボットも、おが屑の詰まった布袋を胸に入れれば済んだはず。
「あとはこれを君の胸にセットするだけでOKよ!」
「胸に……か。どうやって」
シンの言葉にアキツは胸に手を置き聞く。
「ちょっと失礼」
シンはアキツの服の裾をめくって中を確認するが、後ろから興味津々のココの視線を感じて言った。
「女の子は見ちゃいけませんっ」
「はーい」
両目を手で覆うココに、シンは改めてアキツの体を見た。
「どうしたんだ」
黙ってしまったシンにアキツが尋ねる。
「胸に……扉がない」
シンが今まで修理を頼まれてきたロボットには、どれも胸に中の機械をいじるための扉があったのだ。
しかしアキツの体は滑らかな皮膚で覆われていて、継ぎ目すら見当たらない。念のため背中も確認したが、開けて内部を確認できるような箇所は、シンには見つけられなかった。
「胸を切るのか」
ならばさっさとやろうと言い出しそうな様子のアキツにココは慌てる。
「そんな大手術はここじゃできません!」
いや、大修理と言うべきか?
「とりあえずさ、やっぱりその“オイル漏れ”見せてよ」
「修理してくれるのか」
「修理、ね……ど、どうすればいいんだろ」
どうも他の機械とは勝手が違うこのロボット。戸惑う若い機械技師にシンは言った。
「包帯巻いときゃいいだろ」
◆◆◆◆◆
しばらくして、ココに“オイル漏れ”を修理してもらったアキツは、腕に巻かれた白い包帯を見ていた。
ココは普段から使い慣れた工具箱ではなく、救急箱を片付けながらシンに聞く。
「店長、どう思います? アキツは……」
「人間だろ」
シンは答えた。
「ありゃあ、“人間みたいなロボット”じゃなくて、“ロボットみたいな人間”だ。確かに人並み外れてるが、人でないとは思えん」
しかし、そう言ってから何か考えるようにシンは少し顔をしかめた。
「ただ……気になることもある」
「気になること?」
「さっき見た体。胸の真ん中あたりにバーコードみてぇな模様があった」
「タトゥ?」
「俺が気にしてんのは、バーコードってとこよ」
シンが見た、焼き押されたようなその印。識別のために用意されたようなその規則的な模様。
「まあ、俺たちゃ一品一品、腕によりをかけて物作りする技術屋だけどよ?」
「うん」
「バーコードってのは、大量生産の証だろ」
「大量生産……」
「どうみても人間なんだけど、もしかしたら……あいつはそういうロボットなんじゃあ……なぁんてことも思ったりしてな」
ロボットなのか、ロボットではないのか。結局どちらなのかよく分からない。
それでもココは思う。
「ロボットだから“ココロ”がないのか。“ココロ”がないからロボットなのか。……どっちにしても寂しいね」
改めてアキツを見ると、アキツはあの大きくて暑そうな上着を羽織るところだった。
「アキツ行くの?」
「世話になった。ここにはどうやら、俺の探し物はないようだ」
いいえ。何のお役にも立てず。
むしろこちらこそお世話になりました……というところだ。
アキツはそれ以上、別れの言葉を言うでもなく、振り返るでもなく、少し早い足取りで行ってしまった。
また別の街へと“ココロ”を探しに行くのだろうか。
アキツが立ち去った方をずっと見ているココの頭に、ペシッと叩きつけられたものがある。
「いたっ」
シンが寄こしたその薄い紙袋は――
「今月分の給料だ」
薄い。
「店も吹き飛んじまった。しばらく営業できねぇ」
「?」
シンが何を言いたいのか分からず、首を傾げるココにシンはニッと笑った。
「あいつさ、お前の“夢”に近いとこにいるんじゃねぇ?」
「店長……」
そう、ココには夢がある。
そのために機械技師として頑張ってきた。
迷い考えるココの背中を押すように、シンはさらに言った。
「こんなトコでじっとしてたって、叶う夢じゃねぇっ!って、神サマが言ってんだ。きっと」
神サマ。店を吹き飛ばすのは、やりすぎだと思うけど。
ココは顔を上げると笑顔で頷いた。
「うん!」
◆◆◆◆◆
「アキツー!」
小さな空が橙色に染まる頃、次の街へと向かう道へと踏み出したアキツは、後ろから聞こえた自分の名前を呼ぶ声に立ち止まった。
「待って、アキツ!」
息を切らしながら走ってきたのはココ。背には大きな鞄を背負っていて、肩からも小さな鞄を斜めに掛けている。腰には大事な工具の入ったポーチ。
「良かったぁ、追いついて」
膝に手を置きココは呼吸を整えた。
「どうしたんだココ。そんなに慌てて」
呼吸が落ち着くと、ココは自分より高い位置にあるアキツの顔を見上げて言った。
「決めたんだ、あたし。あたしがアキツの“ココロ”を作ってあげる」
アキツはココの言葉に無表情のまま首を傾げた。
「作れないんだろう?」
「だから探しに行くんだよ。ロボットの“ココロ”を。そうしたら絶対に作れるから。アキツにぴったりの“ココロ”が。だから一緒に連れてって」
ココはアキツに手を差し出した。
「あたし、作るって約束したし」
アキツは少しの間、目の前に差し出されたココの手を見ていたが、やがてゆっくりとその手を握り返した。
「宜しく……お願いします」
「はいっ」
ROBOT HEART・1
- ココロ - 終了