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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
八話・イバショ
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Act・1

【Act・1】


 大型車特有の重いエンジン音を立てながら、トラクターがやって来た。

 辺りは一面の鉄屑の山。廃車となった車のボディや何かの建物を支えていたであろう柱。中に何が入っていたか分からないようなドラム缶。小さなものから大きなものまで様々だ。

 鼻を抜ける空気もどこかさび臭く、踏みしめる足元の土は染み出た鉄分のせいなのか、赤や黄色のまだら色。

 トラクターは今にも崩れそうな鉄屑の山へ、新たに荷台に積んでいたガラクタを降ろす。思わず両手で耳を覆いたくなるような金属音と、辺りに舞った錆混じりの埃にクナイは顔を歪めた。


「ホントにこんな所に、凄腕の機械技師なんてのが住んでるのかよ」

「うーん……そう聞いたんだけどなぁ」


 ゴミの山を前に不機嫌な顔をしているクナイとは逆に、ココは笑顔だ。

 かつて働いていた【造屋歯車つくりやはぐるま】でも、材料となる鉄屑を仕入れるのは仕事の一つでもあった。クナイには粗大ゴミ置き場にしか見えないこの場所も、ココにとっては宝の山。街で聞いた『凄腕の機械技師』にとってもそうに違いないと、ココは思う。


「クナイ、ここにあるものはこれでも立派な資源なんですよ?」


 タイラもクナイにそう言うが、その口はハンカチで覆っている。


「ずいぶんと広いんだな」

「そりゃあ、軍では色々と物が必要ですからね。材料として優先してこっちに運ばせているんでしょう」


 クナイはゴミの山の中にある、珍しい部品にうつつを抜かしているココを呼んだ。


「おい、名前ぐらい分からないのか? その凄腕機械技師」

「え? えっと、ギンジって人らしいんだけど」


 街の機械を扱う店で教えてもらったその名前。

 しかし、まともに教えてもらえたのは名前と、今はこの粗大ゴミ置き場のどこかに住んでいるらしいということだけ。

 しばらく凄腕機械技師のギンジの姿を探して歩き回ったココたちだったが、家らしいものも見つからなければ、自分たち以外の人影すらも見当たらなかった。

 昼にはこの場所に到着したというのに、すでに日は傾いている。


「今日はゴミの中で野宿か……」


 しばらく歩くとゴミが運び出されて、一部小さな空き地のようになっている場所へとやって来た。

 ココはゴミの中から工事現場で使うような照明を見つけると、周囲を囲む山積みの鉄屑から突き出たパイプに引っかけた。同じく拾ったバッテリーをいじり照明に繋ぐと、やや不安定ながらもそれは、ココたちの上で明るく光を灯す。

 野宿の準備をするココに、それを手伝っていたアキツだったが、ふと周囲に顔をめぐらせ始めた。その珍しい様子にタイラが気づく。


「どうかしたのかな、キョロキョロして。何か気になる? ロボット君」


 アキツは暗いゴミの山をしばらく見ていたが、


「……いや、何でもない」


 そう言うと自分の背負っていた荷物を降ろした。その中から街で買っておいた食料を取り出す。

 煮込んだ肉の缶詰と、焼きしめたパンが今夜の夕食。

 クナイは缶詰の中身を小さな携帯用の鍋に移すと、これまた小さなコンロの火で温める。

 なんでそんな事をするのかと、聞いてきたアキツの分の缶詰も温めてやりながら、「こっちの方が美味いから」と答えたところで、アキツにはどうせ分からないことを思い出す。

 突き返した缶詰を口にしたアキツの感想はといえば、「こっちの方が肉がほぐれるのが早い」という、予想通りの糞つまらないものだった。


「疲れたー」


 簡単な夕飯を食べ終えると、ココは綺麗とは言えない地面に転がった。

 それを見たアキツが、荷物の中から毛布を手にしてやってくる。


「ココ、毛布だ」

「ありがと、アキツ」


 昼間は暑いくらいの陽気でも、この辺りは日が暮れると一気に気温が下がるようだ。焚き火が必要なほどではないが、多少の肌寒さは感じる。

 有り難くココはアキツが差し出した毛布を受け取った。


「俺には?」

「僕も欲しいんだけど」


 クナイとタイラが手を出すが、アキツは置かれた荷物を指差し言った。


「そこにある」

「お前が優しいのは女だけか! 絶対トンボのお前の教育はどこか間違ってたと思うぞ。一度リセットしてプログラムし直せ!」


 丸めた毛布でアキツを叩くクナイ。ココは毛布に包まりながらアキツをたしなめた。


「アキツ、子供とお年寄りにも優しくしなきゃダメだよ?」


 するとクナイとタイラが顔を渋くする。


「子供扱いすんな」

「僕は年寄りですか……。ところで、そのギンジさんはどんな人なんです? 子供ってことはないでしょうけど。お年寄り?」

「さぁ……元は軍の中で働いていたとか何とか」


 ココは答えたが、どうにも情報が曖昧なのだ。元が軍の人間ということで、あまり人には知られたくない事情でもあるのかもしれない。


「“ココロ”の作り方を知っているといいが」


 言ったアキツに、タイラはにっこりと笑いかけた。


「“ココロ”ができたら、アキツはどうするのかな?」

「どう、とは?」

「目的は達成してしまった後も肝心なんだよ?」


 どうやら答えが見つからない様子のアキツに、ココが代わりに口を開く。


「そんなの“ココロ”ができたら、いろんなこと楽しまなきゃ。ね、アキツ」

「ココはどうするんだ」

「あたし? あたしは……そうだな。やっぱり【歯車】に戻るのかな」


 そろそろシンも営業を再開しているだろう。ロボットの“ココロ”が作れるようになった自分が戻れば、きっと商売繁盛だ。

 それに、噂を聞いて父のヒジリも帰ってくるかもしれない。


「そうか」

「アキツもトンボたちに会いにいかなきゃね」

「そうだな」


 アキツとココの会話を聞きながら、タイラはその顔を今度はクナイに向けた。


「クナイは?」

「え?」

「クナイはどうするんです? 探していたロボットが見つかった後は」

「俺は……」


 突然、話を振られてクナイは戸惑ったように眉を寄せた。


「やっぱり帰るんですか?」

「帰る? ……は、どこに?」


 自嘲気味にクナイはタイラの問いかけに鼻で笑う。

 自分が生まれ育ったのは、あの貧しい工業街だ。イサナがいた頃はあの街がクナイの全てだった。どんなに汚くても、どんなに貧しくても、姉がいつもそばにいてくれたあの街が好きだった。

 でももうイサナはいない。

 あの街に帰らなければいけない理由が何もない。


「そういうお前は目的もないのに、こんなとこで何してんだよ」

「僕はその時がきたら、しかるべき所へ戻りますよ。これでも優秀なお医者様なんでね」


 不機嫌な声で聞き返されたタイラは、さらりとその問いをかわす。

 そのときだ。


「うみ! 」


 突然、ココが大きな声を出し立ち上がった。

 クナイは唖然としてココを見上げる。


「……は?」

「海行きたいっ!!」

「何なんだよ、急に……」

「あたし、海見た事ないんだよ。アキツは?」

「俺も実物を見た事はない」

「やっぱり? 一度見てみたいと思ってたんだよね。知ってた? クナイ。海ってしょっぱいんだよ?」

「……それくらい知ってる」


 唐突に海について語り出したココに、クナイはついていけない。

 するとアキツがさらに話を続けた。


「知っているか、クナイ。海は約四十三億年前に誕生し、陸地の二・四倍の広さがある。初めは塩素などが溶け込んでいたため酸性だったがナトリウムやカルシウムが溶け込むにつれ中性に――」

「知るか! そんなことっ!」


 一体、何なんだ。


「見た事は?」

「……俺、あの街出た事なかったから」


 確か地の果てまで続く塩の水が、青く目の前に広がるのだと聞いたことはあるけれど。


「じゃ、クナイも一緒だね」

「え?」

「アキツの“ココロ”ができて、クナイの探してるロボットが見つかったら、みんなで一緒に海見に行こう!」

「お、俺は……」


 強引な誘いに困ったように返事を濁すクナイに、ココは首を傾げる。


「何かまずいことでもあるの?」


 するとタイラがからかうように言った。


「溺れちゃうと困りますもんねぇ」

「俺はカナヅチじゃない!」

「じゃあ、平気でしょ? 行こうよ一緒に」

「でも……」

「ね?」


 うつむくクナイをココが覗き込む。クナイがチラと視線をずらすと、その先にいたアキツも頷いた。


「…………うん」


 小さく答えたクナイだったが、逸らして毛布に埋めた顔はどこか嬉しそうだ。


「海ですかぁ。楽しみですね」

「……お前は来んな、優秀なお医者様」

「僕もいい加減、傷つきますよ? クナイ」

 

 クナイとタイラがいつものように言い合っていると、今度はアキツが急に立ち上がる。

 何事かと尋ねる前に、口元にひとさし指を当てたアキツの視線に黙るように言われる。


「……どうしたの、アキツ」


 声を潜めながらココがアキツを伺う。


「足音がした」


 アキツの言葉に三人は耳を澄ました。しかし、さっきも今も、自分たち以外の者が出す物音なんてしていないように思う。

 クナイがアキツを睨んだ。


「何も聞こえないぞ?」

「いや、確かに聞こえた」


 アキツはゴミの山の一所をじっと見ると、食べ終わった空き缶を拾い上げ、そこに向かって投げつけた。空き缶は弾丸のように鋭く飛んで行ったが、次の瞬間、弾かれたような金属音とともに地面へと転がった。


「その通り」


 アキツが缶を投げつけたゴミの山から女の声がして、その姿を現した。


「誰?!」

「動かないでくれないかな? じゃないと、あたしは容赦なくあんたたちを撃つよ?」


 淡々とした、どこかぶっきらぼうな口調で言ったその人物。軍人のようなミリタリースーツを着ているが、その体つきはやはり女の物だ。髪は短く耳の下で切りそろえられていて、顔には大きなゴーグルをかけている。そのため、表情を伺うことはできない。

 肩には見かけたことのない形の小銃を構えて、こちらへしっかりと狙いを定めている。

 どうやら先ほども、あの銃で空き缶を撃ち抜いたらしい。


「何やらぶっそうな物を持っていますね」

「ほら、動くなっての」


 タイラが立ち上がろうとすると、女が照明を撃つ。

 銃声は静かだが、ガラスの砕ける音が響いて辺りが闇に包まれた。どうやら女がしていたゴーグルには暗視装置がついていると思われる。こちらからは女のシルエットしか見えないが、あちらからはココたちの行動が丸見えだろう。

 月明かりの下、ぼんやりと影でしか見えないアキツに、クナイは小さく声を掛ける。


「アキツ、相手は一人でしかも女だ。やっつけられないのかよ」

「いや、やたらと動かないほうがいい。どうやら罠が張ってある。俺は平気だが、クナイたちにはまずいだろう」

「罠?」

「ああ、それも落とし穴のような原始的な物ではない」

「へえ……よく分かったな」


 ボソボソとかわす二人の会話に、感心したような女の声が割り込んだ。


「まあ、そういうことだ。あたしがちょっとボタンを押せば、それがすぐに発動する」

「あ、あたしたち、別に怪しいもんじゃありません」

「お子様が遠足に来るようなとこでもないだろ?」


 ココは訴えるが女は取り合ってくれない。


「あたしたち、ギンジって人を探しに来たんです」

「ギンジ? ……ギンジに何の用?」


 女が機械技師の名前に反応を見せる。


「ギンジさんを知ってるんですか?! 実はロボットのことで、ギンジさんに話があるんです!」

「ギンジはもうロボットは作らないよ」

「どこにいるかだけでも……」

「いやだね」

「そんな」

「ほら、動くなって言ってるでしょ」


 女は手にしていたスイッチのボタンを押した。そのとたん、シュウと勢いよく、辺りから白い煙がココ達に向かって吹き付けてきた。


「わ、な、なんだ!」

「この煙は……」

「く、苦しい……」


 慌てるクナイ、口元を隠すタイラ、咳き込むココ。しかし煙からは逃れられない。

 煙が肺に入り込むと、ココは目の前が急にぼやけるのを感じた。頭がふらふらとして瞼も重くなってくる。よろけたココの体が地面に倒れるその前に、アキツが腕を伸ばして支えた。


「ココ」

「ココ?」


 名前を呼んだアキツの声に、女は再びスイッチを押した。

 すると出ていた煙が収まり、別の装置から吹いてきた風に流されていく。煙がすっかり消えるとそこには、地面に倒れたクナイとタイラの姿があった。ココもアキツの腕にぐったりと体を預けている。


「ココ、しっかりしろ。クナイ、タイラ」


 女はゴミの山から出てくると、掛けていたゴーグルを外し近づいてきた。歳は三十代と見られるが、顔には化粧気もまるでない。短く切られた前髪の下の切れ長の目には、警戒の色を浮かべたままだ。しかし女は銃を下ろし、代わりにハンドライトの光をアキツに向けた。


「ちょっと君、その子はココっていうのか?」

「だったらなんだ」

「安心しなよ、ちょっと寝ているだけだから。しかし、おかしいな。なんで君は眠らない」

「俺はロボットだ」

「……へえ」


 女はアキツの返事にちょっと眉を上げたが、特にそれ以上のことを聞きもせず、地面の上に横になっているクナイの体を、ブーツを履いた足先で軽くつついた。

 クナイは小さくうめき声を出したが、起きる様子はない。女は面倒臭そうに溜息をつく。


「仕方ないな……運ぶか。ちびっ子はあたしが運ぶから、その子と、そこのもう一人でかいのは頼むよ。ロボットならそのぐらい運べるだろ?」

「あんたは」


 尋ねるアキツに、女はクナイを肩に担いで振り向いた。


「ああ、機械技師のギンジってのはあたしのことだ」



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