Act・7
【Act・7】
「こんばんは、ロボットさん」
日が暮れ夜が訪れても、この街では門を中心に街を囲うフェンスの辺りはライトが明るく照らしていた。カーテンの向こうのそれを見ていたアキツは、掛けられた声に振り向く。
居間の入り口にあるヒヨリの姿にアキツは言った。
「君はロボットではないんだな」
「あなたと私なら、大して変わりはないわ。“ココロ”って、見つかりそうなの?」
ヒヨリが車椅子をアキツの側に寄せながら聞いてきた。
「ココが作ってくれる。約束だ」
「もし、私が“ココロ”を探してあげるって言ったら?」
「君が?」
「そう。そうしたら、あなたここにいてくれる?」
低い位置から自分を見上げてくるヒヨリに、アキツは小さく首を捻る。
「本当に探せるのか」
「私の足を作る時、優秀な機械技師に何人か会ったわ。聞いてみてあげる」
「どうしてそんなことをする」
アキツの問いにヒヨリは、自分の顔に近い位置にあるアキツの手を細い指先でそっと握った。
「あなたの気持ちが分かるから」
「俺に気持ちはない」
「ええ、でも私には、あなたの感じない事の苦しみが分かるわ。私なら、分かる」
「――……」
アキツが再び口を開きかけたときだ。
「おい、アキツ」
乱暴な調子で呼ばれた名に一度口を閉じる。
「……クナイ」
「ココが呼んでる。お前、俺たちがいない間になんでまた“オイル漏れ”してんだよ」
ズカズカと二人の間に割って入ると、クナイはアキツの手首を乱暴に掴み、その故障箇所をアキツ自身に確認させるように突きつける。
アキツは目の前の自分の手の平に視点を合わせた。花瓶の破片で表面を切り開いたそこは、オイルももう止まっているし、口も閉じかけている。
「もう直った」
「いいから修理だ。とっとと行け」
元々アキツの言い分など聞く気のないクナイは腰に手をあて、居間の出口を指差した。するとヒヨリの方がくるりと車椅子の向きを変え、廊下へと向かう。そして居間を出る直前に一度アキツを振り返った。
「アキツ、今の話、考えておいて」
「わかった」
ヒヨリの姿が見えなくなると、クナイはアキツの脛を蹴っ飛ばした。もちろんアキツが痛がったりすることはない。
「おい」
「なんだ」
「なんだじゃねぇよ。明日はここを出るんだぞ? わかってんだろうな」
「そうか」
なんとも手応えのないその受け答えに、クナイはもどかしい気持ちになる。
「お前なぁ、“ココロ”はココに作ってもらうんだろ?」
「俺は――」
そこへココがひょこと顔を出した。
「どうしたのクナイ、もう遅いんだから静かにしなきゃ」
真っ先に注意されてクナイの顔が渋る。
「あ、アキツあのね、今日街で聞いたんだけど、ここから少し離れたところに凄腕の機械技師がいるんだって。明日はそこに――」
「そのことだが」
「おい」
ココの言葉を遮ったアキツに、クナイはアキツの服を引き、それ以上を言うのを止めさせる。
だってやっぱりそんなのってないと思う。
ここまで一緒に旅をしてきたのに。アキツが休んでいる間も、ココは街で“ココロ”を探していたのに。明日行こうとしているその場所も、アキツの“ココロ”のためなのに。
「何?」
首を傾げるココにアキツは言葉を続けた。
「ヒヨリが“ココロ”を探してあげると言っていた」
「え?」
「優秀な機械技師を知っているそうだ。その代わりにここにいないかと」
ぽかんとして目をしばたかせるココだったが、クナイはアキツの襟首を引っ掴んだ。
「アキツ! お前はっ。“ココロ”さえ見つかりゃ何でもありか!? ホント、人間っぽいのは見た目だけなのな!」
引き寄せたその能面に怒声を浴びせると、今度は突き飛ばすように手を離し居間を出て行く。荒い足取りで居間を出る際、逆に入ろうとしてきたタイラとぶつかる。
「おっと、どうしたんです、クナイ」
「どうもしねえっ!」
「……よく怒る子ですね」
乱暴な足音を立てながら行ってしまうクナイを、呆れたように見送ったタイラは居間に目を戻す。
アキツとココが向かい合っていて、タイラは黙って近くのソファに腰を下ろした。
「どう思う」
クナイに掴まれ乱れた襟元を気にもせず、アキツは視線をココに向けながら聞いた。自分にまっすぐ向けられる目からココの方は視線を逸らす。
やや落とした視界に入ってくるのは、居間の床と壁。アキツの赤いコートの色。
「どうって……あたしはそれで本当にアキツの“ココロ”が見つかるなら……いいんじゃないかな」
「そうか」
「うん……」
笑って答えた顔が、そこからなんだか上手く動かない。貼り付けたような笑顔のままココは頷いた。
「一つ聞いていいか」
「何?」
「ココは俺といて苦しいか?」
「へ?」
意図の分からないアキツの質問に顔の緊張がほぐれた。思わず視線をアキツに戻したが、アキツの顔からでは何を考えているのかは読み取れない。
どういう意味だろう。
アキツは自ら学習し、自らの意思で行動することができるのだ。ちゃんと答えなくては。
アキツとの旅は難しい。
探し物は全然見つからないし、何よりアキツの故障は心臓に良くない。それでいて本人は自分が故障することには何も感じないし。
お腹も減らないし、高いところから平気で飛び降りるし、ココを背負って砂漠を歩き続けたり、そのせいで電池切れになってスイッチが切れたり――
「えーと……そりゃあ、大変なことはあるけど……あたしは楽しいよ? アキツと旅してて」
苦しいと感じたことはなかったと思う。
笑顔で答えたココにアキツは頷いた。
「分かった。おやすみココ」
「おやすみーアキツ」
部屋からアキツが出て行くと、上げていた口の端が下がるのをココは感じた。
「何の話?」
「ヒヨリさんがアキツに“ココロ”を探してくれるんだって」
聞いてきたタイラに、ココはタイラの方へ顔を向けずに答える。
「へえ……いいの?」
「だって、アキツはあたしが“ココロ”を作るから一緒に旅してるんだもん。他に“ココロ”が見つかる方法があるなら、そうすべきだよ」
「なるほど。アキツにとって君は“ココロ”を作ってくれる技師だから一緒にいて、“ココロ”を作ってくれる技師だから砂漠で倒れれば背負って歩くし、“ココロ”を作ってくれる技師だから言う事もきく」
組んだ膝の上に頬杖をつきながら言うタイラ。
「そうだよ」
「そうしたら、ココはどうするんです?」
「あたしには、お父さんの夢を叶えるって目的がまだあるもん」
「ああ、そうでしたね」
そう。アキツの“ココロ”が作れなくても、人間の友達になるようなロボットを作るのがココの夢なのだ。旅はまだ終わらない。
そこまで聞いて、ようやくタイラは満足したのか飽きたのか、欠伸を一つするとソファから立ち上がった。
「じゃあ、おやすみココ」
「おやすみ」
「……ココ」
居間から出たタイラは、顔だけを入り口から再び覗かせた。
「何?」
「できれば、一言本音を聞かせてもらえません?」
その言葉にココは満面の作り笑顔をタイラに向けた。
「――ムカつく」
「どうも」
タイラはココに薄っぺらい笑顔を返すと、今度は本当に眠りに行ったようだった。
いいわけない。
いいわけが、ない。
だって、ここまでずっと一緒に探してきたのに。
自分と同じロボット好きのハルヒにだって、修理もさせたりしなかったのに。
優秀な機械技師を知ってるだけのヒヨリになんか任せたくない。
そもそも何だ。その優秀な機械技師って。胡散臭い。
だいたい優秀だからってアキツにちゃんとぴったりの“ココロ”が作れるかなんて分からない。
ココはサトリが用意してくれた寝床に、うつ伏せに倒れこんだ。この部屋にココ以外は誰もいない。
女の子なのだからと、サトリが自分の部屋をココ一人のために空けてくれたのだ。
ちなみにクナイとタイラはアキツが休ませてもらった部屋に、サトリと四人一緒だ。家主が使うべきベッドに寝ようとするタイラが、「お前は廊下で寝ろ」とクナイに罵られていたが。
わざわざ気を使って替えてくれたシーツは、肌触りが滑らかで心地良い。
サトリの優しさに触れてココは胸が痛んだ。サトリはいい人だとココも思う。そのサトリが優しい女性なのだと言った人を今、悪く思ったのだ。
良かったのかもしれない。こんな自分に作られた“ココロ”はきっといびつで歪んだ形になる。
だいたい、もっとサッと作っていれば良かったのだ。
ヒヨリの知っているその優秀な機械技師は、アキツにすぐ“ココロ”を作ってあげてくれるだろうか。
魔法の手を持つ機械技師と言われていた父ならば、もしかしてアキツと出会ってすぐに“ココロ”を作れていたのかもしれない。
【歯車】では、父に負けず機械技師として、ちゃんとやっていけていると思っていた。
しかし、小さく遠い空しか見えなかった街を出て、空が本当は大きく果てしないことを知った。逆に自分は酷くちっぽけな存在だということも。
「……頑張らなきゃ……」
だってまだ、自分には目的がある。
寝返りを打ち仰向けになったココは、何もない天井を見上げる。
もうアキツの“ココロ”は作らなくていいんだ……。
気が抜けるような、ほっとするような、それでいて寂しいような。悔しいような。
そういえば、さっきの質問の答えには、ちょっと誤りがあったかもしれない。
アキツと旅をしていて苦しいと感じたことはなかったと思う。でも、これでアキツとの旅が終わりかと思うとなんだか苦しい。
この『苦しい』はアキツといたからだから、さっきの答えは少し間違いだ。
だけどそんなの知らなかった。ついさっきまで知らなかった。
自分の心すらまともに知らないのに、アキツの“ココロ”を作ろうなんて、やっぱり無理だったのかもしれない。
だからそう。
ヒヨリに“ココロ”が探せるのならそうしたほうがいい。
『彼のココロがちゃんと作れるの?』
そういったヒヨリの綺麗な顔をココは思い出した。
うん。
やっぱりムカつく。