Act・5
【Act・5】
街にある店をサトリに紹介してもらいながら見て回ったココだったが、結局この街にも“ココロ”はないようだった。
いったいどうしたらアキツの“ココロ”が作れるのか……。
凄腕の機械技師と言われていた父のヒジリなら、簡単に作ることができるのだろうか。
「あ、クナイ」
夕飯の食材の袋の一つを抱えサトリの家へと戻る途中、手持ち無沙汰というように、ぶらぶらとこちらへ歩いてくるクナイを見つけた。
「なんだココか。“ココロ”はあったかよ」
「うーん、見つからない」
「やっぱな」
「クナイこそ、ロボットは見つかったの?」
「……まだだけど」
「やっぱり」
「うるせぇな」
ココに言い返されたクナイは口を尖らせココを睨む。そこへタイラが口を挟んだ。
「もっとちゃんと探したらどうですか?」
「……どういう意味だよ」
「いえ、ただちゃんと探す気はあるのかな、と思いまして」
タイラに言われた言葉に一瞬、驚いたように目を丸くしたクナイだったが、ココを睨んでいたときとは違う険しい目つきでタイラを見た。
「当たり前だろ。絶対に見つける」
低く怒りを含んだ声で言うと、前を歩くサトリの荷物をひとつ、奪うようにして運ぶ手伝いをしながら、先に行ってしまう。
「クナイ……」
「小さいのにしっかりした子ですねぇ」
たいてい良いとは言えないクナイの機嫌を、わざわざ悪くしたタイラは相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている。
タイラは可笑しなことを言う。
クナイの目的は姉を殺したロボットを見つけることなのだ。ちゃんと探す気があるのかなんて、聞くまでもない。
人を見透かしたようなその口調や目が、自分にも向けられるのを避けたくて、ココは先を行くサトリの後を早足で追いかけた。
再び戻ってきて開いたドアの向こうには、車椅子のヒヨリがいた。開かれたドアにこちらを向くヒヨリの隣にはアキツが立っていて、ココはアキツに駆け寄る。
「アキツ! 起きたの?!」
「ああ、すまない。スイッチが切れたようだな」
「心配したんだからね!」
「悪かった」
おおよそ反省している様子のない顔で謝罪の言葉を言うアキツに、それでもココは安心する。
サトリはヒヨリの足元で花瓶が割れているのに気がついた。荷物をその場に置いてヒヨリのそばに行く。
「ヒヨリ平気か、怪我は――」
「平気」
簡単に答えてヒヨリはくるりと車椅子の向きを変えた。
「ヒヨリ、今から食事の準備するから」
「いらない」
「でも……」
「お腹減らないの」
掛ける言葉を無くしたサトリに、ヒヨリはそれ以上何も言うことなく、部屋へと戻って行ってしまった。
ヒヨリの部屋の扉が閉まる音がすると、アキツが口を開いた。
「ココ、彼女もロボットなのか」
「え、なんで?!」
思いもかけないアキツの問いかけに、思わず声を大きくしたココだったが、それ以上に声を大きくした者がいた。
「ヒヨリはロボットなんかじゃない!!」
そう怒声を上げたサトリは、ハッとしたように俯いた。
「……あ。す、すみません……」
「運動量も少ないんですから、お腹もなかなか減りませんよ」
フォローするようにタイラは言うが、アキツは更に続けた。
「何も感じないと言っていた」
「それは……足のことでしょ? 失礼だよ、アキツ」
アキツをたしなめるように言いながら、ココは考えた。
アキツには『失礼』ということが分かるのかどうか。
何しろ、アキツ自身は「お前はロボットなのか」などと言われたところで、害する“ココロ”を持っていないのだ。
失礼というのがどういうことなのか、自分自身は何を言われても、何をされても、どうとも感じないロボットに、失礼を説明するのは難しそうだ。
それに、何も感じないと言っていたのがヒヨリ自身なら、アキツがそう聞いてきたところで悪いことだとは言えないのかもしれない。それでも――
「ヒヨリ……」
何かを堪える様に歪むサトリの表情に、その言葉を聞いてこんな顔をする人がいるのなら、やはりそれは言ってはいけないことなのだ。
いつかそれをアキツにも分かって欲しいと思いながら、アキツにはそういった言葉に傷つくことがないように願う。
しかしそれがどちらも同じ“ココロ”で感じるのだとしたら、どちらかをないことになど、できないのかもしれない。
そんなことを考えるとまた、アキツにどんな“ココロ”を作ればいいのか、ココは分からなくなるのだった。
◆◆◆◆◆
遠慮がちなノックの音がして、ヒヨリは特に面白くもないのに読んでいた本を閉じた。
「はい」
「失礼しまーす。ヒヨリさん。あの、やっぱこれ食べません?」
食事を乗せたお盆を片手に、ドアから顔を覗かせたココにヒヨリは呆れたような息をついた。
「お腹減らないって……」
「あの、でも、すごくおいしいんですよ? 実はうちのクナイが作るの手伝って。クナイは小さくて男の子なのに料理上手で」
ココはまるで自分が作ったかのように自慢気に言った。
姉と二人で暮らしていたクナイは、外で働く姉の代わりに家の仕事をこなしていたらしい。
見事なまでの手際の良さには、サトリも驚いていた。
ココもジャガイモの皮剥きを手伝っていたのだが、身よりも分厚くなる皮に、もったいないからやめろとクナイに言われてしまった。
かつて【歯車】で父やシンと暮らしていたときも、二人は料理をココにさせてくれなかった。特にケチなシンは食べ物が『食べられない物』になるのが耐えられなかったらしく、ココに後片付け以外の台所仕事を禁じていた。
少しくらいの失敗なら大目に見てやらせないと、いつまでたってもできないままだ――ということぐらい、誰でも知っている。つまりはココの失敗が『少しくらい』では済まないということが問題だった。
スープにサラダ、メインには柔らかな鶏肉の煮込み。
とても美味しかったそれを、ココはやっぱりヒヨリにも食べて欲しいと思った。今回も表情一つ変えずに平らげたアキツには、単なるエネルギー補給にしかならない食事も、ヒヨリは何か感じるはずなのだから。
「――彼」
「え?」
「アキツは本当にロボットなの?」
目の前に差し出された料理についてではなく、アキツのことを聞いてきたヒヨリにココは少し戸惑う。
「アキツは……」
「さっき聞いたんだけど“ココロ”を探しているんですってね」
「あたしが作るんです。アキツの“ココロ”は」
「でも分からないでしょう? あなたには感じないことの苦しみなんて。それなのに、彼のココロがちゃんと作れるの?」
「あたし……」
「食事、ありがとう。そこに置いておいて」
「……はい」
言葉を返す間もなく言われて、ココはヒヨリの指差した壁際の机にお盆を置いた。用事が済んでしまっては長居することもできない。再び本を開いたヒヨリに小さく頭を下げると、ココは部屋を出た。
「わがままな女」
「クナイ」
部屋を出るとクナイがドアの前にいた。手には食後にと剥いた林檎が、切られて器に入れられている。しかしヒヨリにはいらないと察したのか、クナイはそれを自分で頬張った。
「足のことがあるからって、あの態度はねぇだろ」
そこに別の部屋のベッドを整えていたサトリが出て来て、あの寂しそうな顔で困ったように微笑んだ。
「ヒヨリを……悪く言わないでもらえませんか」
「サトリさん、すみません。こらっ、クナイ」
めっ、とココがクナイを睨むと、クナイはそれを無視してサトリの方を向いた。
「あんたもよく一緒にいられるな」
「ヒヨリは、もともとは明るくて優しい女性だったんですよ。……あの日も笑って俺を見送ってくれたのに」
「あの日?」
「俺の特殊部隊への入隊が決まった日です」