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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
七話・ソンザイ
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Act・4

【Act・4】


 警備の交代の時間が来ると、約束通りサトリはココ達を家へと案内してくれた。

 警備兵として門を守っていることもあり、体つきはしっかりとしているが、顔つきは穏やかな印象だ。困っていたココたちに声を掛けてくれたように、性格も穏やかで優しい男のようだ。

 まだスイッチの入らないアキツはというと、タイラが背負って歩くことになった。

 アキツのことは自分が任されているのに、それをタイラに取られたみたいで、ココはなんだか少し面白くない。

 それでもココがアキツを背負ったならば、おそらくすぐに潰れてしまう。

 ココはチラとクナイを見た。


「……なんだよ」


 クナイはそもそも背負えるかすら怪しい。

 タイラがいてくれて良かったのだろう。


「タイラ、平気?」

「ええ。このぐらいどうってことないですよ。アキツは別に重くはないですし」

「アキツ、落とさないでね」

「……僕の心配じゃないんですねぇ」


 すぐそこと言っていた言葉の通り、サトリの家には門から少し歩くと到着した。

 薄茶色の石造り。ほぼ真四角なその建物は壁にも窓にも飾り気はなく、上には遠くを見渡せる見張り台のようなものがついていた。


「どうぞ」

「おじゃまします」


 ドアを開けたサトリに続いて、ココが一歩、家の中に踏み入れたときだ。


「誰」


 目の前、真っ直ぐな廊下の奥から、車椅子に座った女が現れて言った。

 一目見て「綺麗」という言葉が思い浮かぶような女だ。しかし、少し離れた所から強くこちらを見つめてくる栗色の瞳に、ココは気まずくなり踏み入れた足を下げる。


「ヒヨリ、ただいま」

「誰なの」


 ヒヨリと呼ばれた女はサトリの声には返さず繰り返した。


「あ、あの、おじゃまします」


 ココは深々とヒヨリに頭を下げた。


「具合の悪い人がいてね、うちでちょっと休ませてあげようかと。かまわないかな」

「私は別に。サトリは病人には特に優しいものね」


 そう言うと、ヒヨリは車椅子の向きを変え、そのまま奥の部屋へと消えた。

 サトリはうつむき小さな溜息をついたが、笑顔で振り向くと、ココたちを二階へと促した。


「すみません、こっちです」

「彼女、足が不自由なのかな?」


 タイラが階段を上がるサトリの後に続きながら聞いた。こういうとき医者という立場だと聞きやすいこともある。


「義足なんです、彼女」

「義足? 両足とも?」

「ええ……俺が……いけないんです……」


 聞き取れないような小さな声で呟いたサトリに、タイラはそれ以上を聞くのをやめた。

 二階にはドアが三つあり、その一つをサトリは開く。


「この部屋です。使ってなかったんで、ちょっと埃っぽいかな」


 ベッドが一つと、小さなソファと燭台、クローゼットがあるだけの薄暗く小さな部屋。

 サトリは部屋の奥へと進むと窓を開いた。先ほどまで地面を焼いていた太陽は今、西へと傾いていて、穏やかなだいだい色の光が部屋を満たす。部屋の中に長いこと留まっていたと思われる空気も、外からの風に流され新しいものへと変えられていった。


「平気だろ。こいつに寝心地なんて関係ないんだし」


 クナイはベッドを手で押す。軋むが押せば沈み、手を離せば戻る柔かな寝床は、ロボットには十分すぎるだろう。


「おやすみーアキツ」


 タイラがベッドに背負っていたアキツを横にすると、ココがいそいそと布団をかける。

 別に寒くもないのに、どう見ても掛け過ぎに思えるそれを、部屋を出る時にクナイは一枚捲っておいた。


「あ、皆さんには別の寝床を用意しますから」


 アキツを休ませ部屋を出ると、サトリは言いながら別の部屋のドアを開ける。


「いえ、お気遣いなく」


 繋げた椅子の上や、居間のソファやマットの上、いっそ廊下の床でもココは眠れる。しかしサトリは笑って、


「いや、俺も久しぶりのお客さんだから、嬉しいんだ。あ、しまった。これだけの人数分の食事はさすがにないな……」


 そう言うと一階へと下り、台所の戸棚などを調べ始めた。

 誰かと会った方が気がまぎれる。

 そんなことを言っていたサトリだったが、それはヒヨリのことではなく、もしかしたらサトリ自身が――ということだったのかもしれない。


「そんな、本当にいいですから」


 客人をもてなそうと張り切るサトリに、ココはさすがに遠慮する。


「買い物に行きましょう。この街は軍の人間が出入りするので、物資は結構豊富なんです」


 サトリは人の良い笑顔で、再び外へ出掛けるため玄関の扉を開けた。すると、タイラがまずは外へ出て、ココを促した。


「何を遠慮してるんです。ちょうどいいじゃないですか。ココは“ココロ”も探さなきゃいけないんですし」

「……そうだけど」


 タイラの言葉の中のそれにサトリは首を傾げる。


「ココロ?」

「あ、その……ロボットの部品です」

「へえ……じゃあ、ついでにその辺の店も覗いてみますか? そういった店も何件かありますから。警戒心が強い者が多いもので、知らない人間にはあまりちゃんとした商品を見せてくれなかったりもするんですが、俺が紹介しますよ」


 サトリが見せる厚意に、ココもそれに甘えることにした。

 家を出て、店が集まっている街の中心へと向かおうとすると、クナイがココ達とは別の方向を向いた。


「俺は一緒に行かないぞ」

「え? なんで?」

「あのな……俺が探してるのは“ココロ”じゃねぇの!」


 そうしてクナイは一人、街の外れへと向かってしまった。

 一緒に探してくれてもいいのに……。

 アキツはまだ起動しないし、クナイまでどこかへ行ってしまって、ココはちょっと拗ねたように口を尖らせ、街を案内するサトリの後に着いて行った。


「機械なんかに関係のある店はこのあたりです」

「へぇ、さすがに他の街にはないような物もありますね」

「ええ。でもここだけの話、ロボット技術なら今、西側の方が進んでいるみたいなんですよ?」

「そうなんですか?」


 確かに技術者がどんなに優秀でも、肝心の資源が乏しい今の東の国では、その技術の進歩もどんどん遅れていくだろう。西にそんなに凄い技術者がいるとは聞いたことがないが。

 考えていたココの目の前に、突然にゅっと金属の手が現れた。


「ココ、ねえ、ココ。このマジックハンドなんかアキツにつけたら、面白くない?」


 タイラが玩具を手に、それを開いたり閉じたりしてみせる。


「タイラ……探す気ないなら、一緒にいなくていいよ」


 サトリが二人のやり取りにキョトンとした顔をする。


「アキツ? アキツって、さっきの彼のことですよね」

「そう、さっきは具合が悪いと言いましたが、ここだけの話、彼、ロボットらしいですよ?」

「タイラ!」


 アキツのことを簡単にサトリに話してしまったタイラを、咎めるようにココはその名を呼ぶ。


「彼が……ロボット?」

「あ……その……うん……」

「本当ですか!? 人間にしか見えなかったけど……」

「ええ、でもアキツは人間ではないんですよ」


 サトリは自分も噂を聞いたことのある優秀な医者の言葉に、その表情を変えた。そしてココの方を真剣な目で見る。


「失礼ですが……その、アキツくんを作ったのは、あなたですか?」

「え? あたし? 違う違う! あたしじゃないよっ」

「誰が作ったのかは――」

「残念だけど、分からないよ」

「そうですか……」


 サトリは見るからにがっかりしていた。ヒナのときやハルヒのときとはまた違った反応だ。

 タイラがそんなサトリに声を掛ける。


「そんなに気になりますか?」

「すみません、いいんです」

「彼女の名前なんて言いましたっけ、車椅子の」

「ヒヨリのことですか?」

「ええ、彼女の足は動かないんですか?」

「いえ、ヒヨリの足は結構腕のいい技師に作ってもらったもので、歩くにもあまり負担のないようにできてるはずですが。でも、やっぱり……あ、彼女、踊り子だったんです。この街に酒場は一つしかなくて、そこで働いていたんですが――」

「踊り子、ですか」


 聞き返したタイラに、サトリは眉間に皺を寄せる。


「あ、踊り子と言っても、決して、その、いかがわしいものではなくてですね!」


 声を大きくしてからハッとしたように顔を赤らめて目を逸らす。

 なるほど。誰から見ても分かりやすい。この男はヒヨリのことが好きなのだ。


「彼女の踊りは客の心を奪うような……そりゃあもう、綺麗で……」

「少しでも元の足に近いものができたらと?」

「ええ、彼女には余計なお世話かもしれないですが」


 そう言うサトリは寂しそうに笑った。 




◆◆◆◆◆



「サトリ? いないの?」


 家の中に静けさが戻り、ヒヨリは廊下へと車椅子を動かした。

 呼んだ声に返事はない。どうやら連れて来た客と共に、また外へと出掛けたらしい。

 喉が渇いた。

 ヒヨリは台所へと向かおうとして、廊下の脇にある棚に車椅子をぶつけた。棚の上に置かれていた花瓶が落ちて、大きな音を立てて割れる。

 廊下に花瓶の破片と花が散らばるが、そこに水はなかった。生花の手に入りにくいここで、それでもヒヨリのためにサトリが飾ってくれた造花だ。

 それが足元に散らばっている。


 どうしよう……


 ヒヨリは車椅子に座ったまま、花に手を伸ばした。すると片方の車輪が浮き上がり、ヒヨリはバランスを崩し車椅子と共に倒れる。

 目の前に廊下の床が迫ってきたときだ。

 一本の腕に両肩を前からすくう様に支えられ、一瞬息が詰まる。そのままゆっくりと抱き起こされ、元通りに車椅子に座らされたヒヨリは、やっと自分を助けてくれた相手を見た。


「大丈夫か」


 それはまだ若い少年だった。この暑い中、それも室内だというのにわざわざ赤いコートを着込んでいる。

 先ほどサトリが連れて来た客の中にいたのだろう。他の者は出掛けてしまっているようだから、具合の悪いと言っていた人物か。

 

「……ありがとう」


 ヒヨリは捲れていた長いスカートをさりげなく元に戻しながら言った。


「ココたちは」

「一緒にいた人達なら、出掛けたみたい」

「そうか」

「あなたは?」

「俺はロボットだ。名はアキツという」

「ロボット?」


 ヒヨリはあからさまに不信感を顔にして聞き返す。しかしアキツは気にした様子もなく頷いた。


「ああ。最新の科学によって作られた完璧な人型ロボットだ。体は人工皮膚で覆われていて、食物を口にすることで、それをエネルギー源として動作する。機械を休めるため睡眠という形でスイッチを切る。自ら学習することで知識を高め、自らの意思で行動することができる」


 つまりは人の姿をしていて、食べて寝て自分勝手に行動できる。

 それはロボットと言うのか。

 ヒヨリは不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「嘘つき」

「あとは感覚がない」

「感覚が……ない?」

「そうだ。例えばこの花瓶の欠片で――」

「ちょっと危ないわ! ほらっ」


 ヒヨリが声を上げたときにはもう、花瓶の欠片はアキツの手の平を切り開き、そこから鮮やかな赤い色が手首を伝っていた。

 ヒヨリは思わず口元を両手で覆ってアキツを見たが、アキツの表情は変わらない。


「こうして体の表面を傷つけると、人は痛みを感じるんだろう?」

「痛く……ないの?」

「俺はただオイルが漏れるだけだ。痛みはない。暑さや寒さを感じることも、嬉しいや悲しいといったこともない。だから、人間になるため“ココロ”を探している」

「あなたが……ロボット……」


 ヒヨリは口元を覆っていた両手を握り締めた。その顔に先ほどまでの不信感は見られない。

 アキツは手から漏れ出るオイルをコートの裾で雑に拭い言った。


「君の足はどうした」

「私の足?」

「作り物だ」


 遠慮も気遣いもないアキツの言い方に、それでももう、ヒヨリは気を悪くする様子はなかった。


「私……私は……あなたと同じよ」

「俺と?」


 ヒヨリはスカートに隠れた機械の足を細い指先で撫でた。


「そう。何も、感じない」


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