Act・3
【Act・3】
街までジープを走らせると、そこは背の高いバリケードの壁と警備の厳重そうな門が、中へ入ることを拒むように立っていた。
国境がもう間近ということもあり、これまでの街と同じようにはいかないらしい。
門の前でジープを止めると、門の脇にあるドアから軍服に身を包んだ男が二人出てきて、こちらへと近づいてきた。肩には銃まで担いでいて、ココは少し不安になったが、タイラは余裕の表情だ。
「すみませんが、車を降りていただけますか?」
「相変わらず、ここの検問は厳しいんですねぇ」
男の一人が運転席の窓を小さく叩いて言った言葉に、タイラは大人しく従う。
「そこのちびっ子と女も降りろ!」
「ちびっ子だと? って、な、なんだよ?」
もう一人の男が後部座席のクナイを強引に引き摺り下ろす。
先ほどの男はまだ若く、人当たりの良い感じだったのに、こちらは体育会系といった雰囲気の中年男だ。
ジープを降ろされたクナイの体に、男が手にした何かの機械がかざされる。
「金属探知機だ。大人しくしてろ。…………よし、ちびっ子異常なし!!」
「ちびっ子いうな! 」
男は続けてココに金属探知機を向けた。すると、腰のポーチの上で金属探知機がキュウキュウと甲高い音を立てる。
そのとたん、男はココのポーチを取り上げ、中身を地面にぶちまけた。
「むっ! 何だこれは。凶器か!」
中から出てきたのは持ち運びにも便利な小型のカナヅチ、スパナ、ペンチ、ドライバーのセットなど。
「人の商売道具に勝手に触らないでください。これでもあたし、作り屋のはしくれですから」
自分の第二の手とも言える道具を乱暴に扱われて、ココは膨れっ面で道具をかき集めた。
「機械技師か? ライセンスを見せろ」
「もぉ……めんどくさいなぁ」
この年齢の少女では持っている者が少ないその身分証を、ココは整頓されているとは言えないリュックの底から取り出した。
男はそれでも、少し疑うように身分証に印刷された顔写真とココの顔を何度も見比べる。
その横でタイラも、もう一人の男に身体検査を受けていた。
「この荷物はなんですか?」
「あぁ、僕も商売道具をちょっとね。はい、身分証」
タイラが自ら差し出した身分証を見た男は目をぱちくりさせる。
「医師の方ですか……タイラ? というと、あのタイラ医師ですか?!」
「さぁ、どうでしょうねぇ」
「お噂は聞いています」
男が言うと、クナイがタイラを冷めた目で見る。
「なんだよ、お前の噂って。どうせ、ろくでもないんだろ」
「クナイ……これでも僕は優秀なお医者様なんだけどな……」
男は丁寧にタイラへ身分証を返した。
「Dr.タイラ、今日はどういったご用件で」
「うん、まあ新しい手術結果について報告をしに、ね」
「彼らは?」
「あぁ、ほら、愉快な仲間たち?」
「誰が愉快な仲間だ?」
クナイがタイラの言葉に噛み付いたときだ。
「おい、車の中のお前、降りろ!」
男が車の後部座席を開けて怒鳴っているのが聞こえてきた。
「ああ……しまった」
充電中のアキツのことを忘れていた。
車から降りて来ないアキツの肩を強く揺する男に、ココはそれを止めようと男の腕を掴む。
「ちょっと、アキツに乱暴しないでください」
「なんだと?」
睨み合う二人の間にタイラは苦笑しながら割って入った。
「すみませんね。彼は少し具合が悪いもので」
「検問に例外は認めん!」
男は言うと、金属探知機を後部座席でぐったりとしているアキツにかざした。
すると金属探知機が音を立て、ココとクナイは視線を合わせる。
「……アキツ、何か持ってるのかな」
「上着の金属にでも反応してるんじゃねえの?」
「すみませんが、上着を脱がせてもらえませんか?」
若い男の方もアキツのことを覗き込み、少し申し訳なさそうに言った。
そこでココはアキツの着ている大きな赤いコートを脱がせた。元々はトンボの物であるそれは、手にしてみると思っていたより大きく、重かった。
コートの中には黒い袖無しのシャツしか着ていないアキツ。
座席に横になったその体に、今度は若い男が金属探知機をかざすが、金属探知機は何もないアキツの左胸の上辺りで、またもや高い音を立てた。
タイラがふむ、と口元に手をやり首を傾げる。
金属探知器を持っている男も戸惑いを隠せない。
「……どういうことですかね」
「まぁ、こいつがロボットなら——」
クナイが言いかけると、
「あぁ! すみません! 彼は体内に医療器具を埋め込んでいるので」
タイラが突然、遮るように大きな声を出した。クナイがいぶかしげにタイラを見る。
「……何それ」
「これ以上話をややこしくしないほうがいいでしょ?」
ひそひそと交わす言葉には気づかれなかったようで、男が目を丸くする。
「医療器具を? そうなんですか?」
「ええ、なので、できればそのくらいにしていただけますか? 急に具合が悪くなったのもそのせいかもしれないので」
「あ、は、はい!」
タイラの言葉に男は慌てたように金属探知機をアキツから遠ざける。
クナイの「さすがウソツキ」とでも言いたげな目は無視をして、タイラはにこやかに話を続けた。
「あと、すみませんが、この辺でどこか休める所を知りませんか?」
「休める所? この街はほとんど関係者以外が来ることはないからな。宿らしい宿なんてものはないぞ」
「そうですか……」
まあ、部外者を拒む街で宿屋を営む者もいないだろう。このまま車で寝泊まりするしかないか。
タイラが考えていると、若い方の男がおずおずと声をかけてきた。
「あの、よかったら……うちで休んでいきますか。すぐそこなんですよ?」
「ホント?!」
素直に喜ぶココに男は小さな笑みを見せて頷いた。
「もうすぐ交代の時間だから、それからで良ければ」
すると、もう一人の男が厳つい顔を曇らせて、若い男を心配するように見た。
「おいサトリ、いいのかよ。ヒヨリちゃんいるだろうが」
「大丈夫ですよ。ヒヨリもたまには誰かと会った方が、気がまぎれるだろうし」
男たちのやり取りを聞いていてココは尋ねた。
「奥さんですか?」
「えっ? !」
サトリと呼ばれた男はその言葉にひどく驚いたようにココを見て、それから困ったように弱々しく笑った。
「あ……いや……違うんだ……」