Act・1
【Act・1】
青年は少し重い足取りでその部屋の前に立った。
少しでも早く帰ろうと、ついさっきまで足早に歩いていたというのに。青年の誠実さを形にしたような顔には、まだ若いのにどこか疲れたような影があった。
一つ小さく息をつくと、青年はドアをノックした。それに対してドアの向こうからは何の返事もない。
しかし青年はドアを開けた。返事が返って来ないことなど最初から分かっていたかのように。
一目で見渡せる小さな部屋。
ドアの正面には大きな窓があり、その前に一人の女が座っていた。
立て付けのいいとは言えないドアは、開けたときに大きな音を立てたが、女は振り返りもしないで窓の外を向いている。
風が静かに吹いてきて、窓にかかった淡い黄色のカーテンを揺らす。青年が女のために選んだ物だ。
眩しい日の光がさらにその色を淡くする。女の緩やかにウェーブした長い栗色の髪も同じように風に吹かれてなびいた。
それは一瞬息を呑むほどに美しかったが、青年の表情は晴れない。
青年は視線を女の髪から座っている椅子へと移す。女が座っているのは車椅子だった。
「ただいま、ヒヨリ」
青年は女の側へ寄ると、なるべく明るい声で言った。
「今日は早いのね、サトリ」
名前を呼ばれた女はようやく返事をしたが、それでも青年の方を向きはしなかった。
まだ少女のようなあどけなさの残る顔。髪と同じ栗色をした瞳、長い睫毛。陶器のように滑らかな肌に、小さいがふっくらとした唇。
女は人形のように美しかったが、人形のように無表情だった。
「あぁ、この前、夜の警備を代わってやった奴が今日はお礼にって、代わってくれたんだ」
「そう」
「今日は本当にいい天気だ」
青年は窓から外を覗き込む。
そこに広がる景色は特に面白いものではない。乾いた地面と、そんな土地にも根を張ることが出来る硬い葉を持つ草木が数本生えているだけ。その後ろはすぐに別の建物の壁になっている。そんな小さな裏庭。
「散歩に行こうかヒヨリ」
「行きたくない」
「でも、昨日は外へ行きたいって……」
ある程度、予想はしていた。
だから女の答えには、いつでもがっかりしないように、たとえ、そう思っても声や顔に出さないように気をつけている。
それでも強張った自分の顔を青年は殴りたい気分だった。
「今日は行きたくないの」
「……そっか……じゃ、また今度にしよう」
繰り返された拒絶の言葉に青年は力なく笑うと、眩しい光が差し込む窓をそっと閉じた。