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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
一話・ココロ
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Act・3

【Act・3】


 街の外れにある工場跡に人はいない。人が離れた建物はあっという間に朽ちていく。そんな廃墟を囲むフェンスの破れ目をシンはくぐり抜けた。


「まったく、なんでこんな所で商品を渡さなきゃならないんだよ」


 溜息まじりに愚痴を言い、ずっと左手に持っていた重いケースを右手に持ち変える。砂利だらけの地面が足の裏に痛い。


「まあ、五百万イーエン現金払いだ。仕方ねぇか……」


 ふと呟いたが、実はこのことはココには言っていない。

 確かに玩具なんかに高すぎるのではないかとも思ったが、客の方が支払うと言っているのだ。問題ないだろう。

 しかし、ココが「警察に――」と言ったときには少々焦った。

 玩具のサンプル作りの報酬としては、どう考えても不正な値段だ。警察なんかに行かれたら、きっとお咎めを受けるに違いない。

 それにしても、玩具業界というのも大変なものだ。そこまで金を掛けて新商品を作らなければならないものなのか。

 そういえば、ココは本当にちゃんと商品を仕上げたのだろうか。

 シンは近くの空き箱の上に《玩具の銃》の入ったケースを置くと、開けて中を確認した。

 何かあったら五百万イーエンがパァだ。


「しっかし本当……最近の玩具は過激だねぇ」


 シンはケースから玩具の銃を手に取った。

 ヒヤリとした肌触り。ズシリと腕にくる重厚感。まるで本当に壁くらい吹き飛ばせそうだ。玩具ならもう少し軽い方がいいとは思うが、客の要望ならば仕方がない。玩具にもリアルさを追求したい客なのかもしれない。


「なんか俺が見せてもらった設計図と、少し違う気がするけど……」


 途中、ココが何度か客とやり取りしていたから、何か変更があったのだろう。


「うん。よく出来てるじゃねぇか。本物の銃みてぇだな、おい!」


 気分が高揚したのか、シンは銃を構えて離れたところに置かれているドラム缶へと狙いを定めてみる。


「どーん! なんてな」


 たわむれに引き金を引いてみた、そのときだ。

 銃口から眩しい光の玉が発射され、その反動でシンは後ろへと派手に尻餅をついた。続いてシンを襲ったのは、真っ直ぐにドラム缶へと向かった光の玉が、見事にドラム缶を粉々に吹き飛ばした爆風だった。

 激しい土煙の後には何も残っていない。

 目の前で起きた出来事に唖然とするシン。


「なんじゃこりゃあっ!」


 一言叫んだシンの背後で、砂利を踏みしめる音がした。


「……ああ、余計な事してくれたわね」


 若い女の呆れたような声に、シンはハッとして振り返った。


「誰だっ!」





◆◆◆◆◆



「あなたが……ロボット」

「名前はアキツという」


 ポカンとしながら、じっと自分を見つめるココに少年は名乗った。

 無表情だがそれなりに整った顔。よく見ればいい男の部類に入るだろう。乾いた血のように赤みがかった瞳と同じ色の髪。しかしその髪はさらりとして質が良さそうだ。大きめのコートに隠れてはいるが細身の体もバランスが良く、さぞかし運動神経がいいのだろうと思われる。

 しかしココは何よりも、少年がロボットだということに興奮していた。

 自分の目の前に、人の姿をしたロボットがいる。

 それはこの若い機械技師にとっては、馬の前に吊るされた人参同様だった。


「さ、触ってもいいですかっ?!」


 目の前に手の平を突き出してきながら唐突に言ったココに、アキツは特に顔色を変えることもない。


「かまわないが」

「本当?!」


 喜びいそいそと、そして少し緊張しながらココはアキツの頬に手を伸ばした。まず指先で軽く、それから手の平で遠慮なく触れる。ココの手で押され歪む頬にも、アキツの無表情は歪むこともなく、瞬き一つせず触れられるままだ。

 しばらくアキツに触れていたココは、やがて手を離し言った。


「…………人間……ですよね」


 がっかりした様子のココだったが、アキツはきっぱりと即答する。


「ロボットです」

「柔らかいし、あったかーい」


 ひどく不満気に、アキツに触れた自分の手を見るココ。

 手にしたアキツの頬には、ほどよい弾力としっとりとした瑞々しさのある皮膚の感触。そしてぬくもりがあった。


「俺は最新の科学によって作られた完璧な人型ロボットだ。体は人工皮膚で覆われていて、食物を口にすることで、それをエネルギー源として動作する。機械を休めるため睡眠という形でスイッチを切る。自ら学習することで知識を高め、自らの意思で行動することができる……というわけで、完璧な人型ロボットです」

「というか完璧に人間じゃん」


 アキツの説明に納得するどころか、ココは逆に白ける。


「少し信じちゃいました。いったい何処がロボットなの?」


 今まで見たこともない人の形をしたロボットとの、思いもかけない出会いに心をときめかせたココは不服そうに言った。


「感覚がない」


 素っ気無く返されたのは、そんな一言だけ。


「は?」

「感覚がないんだ」


 思わず聞き返したココにアキツは繰り返した。


「痛みもなければ暑さ寒さも感じない。悲しいや楽しいといった感情さえない。完璧な人型だが、俺には人にある“心”がない。“心”があれば俺はほぼ人と同じ。俺は人になりたい」

「……」


 真面目な顔……いや、ただ無表情なだけなのかもしれないが、うつむき気味でそんなことを言うアキツに、ココはなんだか少しアキツが可哀想になった。


「だからココ、“ココロ”を作ってほしい」

「そ……そんなこと言われてもなぁ……」


 困った。


「金なら払う」

「そうじゃなくて……」


 そんなものは作ったことがないのだ。作り方が分からない。

 返答に困っていると、ドアベル代わりのガラクタがけたたましい音をたてた。


「ココ!」


 店の中に転がり込んできたのは、渡しにいったはずの商品ケースを抱えたシンだった。


「店長? どうしたんですか」

「ココ、危ねぇ。逃げろ……」


 そう言うと、シンはよろめいて床に膝をついた。


「店長!」


 ココは倒れそうなシンを支える。慌てて走ってきたようでシンの息は荒い。顔に殴られたような痣まであった。

 一体何があったのだろう。

 すると、開いたままの店のドアから男が一人、店の中へと入ってきた。


「まったく、本当に余計な手間をかけさせてくれる」


 黒服を着た大柄で腕っ節の強そうな男。シンも体格はいいほうだが、それより大きな男だった。髪は短く刈り上げた金色。掛けている丸いサングラスのせいで顔はよく分からない。

 その後から、更に一人の女がゆっくりと入ってくる。格好はやはり地味な黒服だが、男とはまるで逆のスラリとした細身。そして同じく金色の髪をしているが、こちらは胸の辺りまで緩やかな曲線を描いた長い髪をしていた。どこか冷たい感じのする美人だ。

 ココはシンを庇いながら二人の顔を交互に見た。


「あなた達は……」

「動かないでもらえるかしら」


 女が豊かな胸元から取り出したのは小さな拳銃。その銃口がココとシンへと向けられる。

 ココは眉をひそめた。この二人の顔には見覚えがある。


「あなた達は新商品のサンプル作りを注文した、玩具会社の人達……」


 そう《玩具の銃》を注文した客の二人組だ。


「まいどー」


 ココは大事なお客様にぺコとお辞儀した。


「……頭悪い子ね」


 可哀想なものを見るような目でココを見て、女は言った。


「あれは玩具じゃなくて、本物の武器のサンプルよ」

「お前ら、西側の人間か」


 シンが体を起こして二人を睨む。

 西と東の戦争が休戦となってからも、西側が戦争を再開する武器の準備を着々と進めているという噂はよく流れていた。

 西は資源が豊富だが人材は少ない。

 東の優秀な技術者や科学者などを西へさらって行くなどという噂まであった。


「こっちはわざわざ気を使って内密に事を進めてやっていたのに、そちらの店長さんが見ちゃいけないものを見たからな」


 男が苦々しく言う。


「店長、余計な事をっ!」

「お前こそ、本物なら本物だって言えよ!」

「だからヤバい代物だって言ったじゃないですか!」


 喧嘩を始める頭の悪い従業員と、責任転換をする店長。


「……俺はてっきりこんな玩具に五百万イーエンってのがバレたかと……」

「五百万! なおさら怪しいじゃないですかっ」

「向こうが出すって言ってんだ。いいじゃねぇか!」


 金にセコいのが、この男の本当に残念なところだ。


「とにかく、皆さんには消えていただくわ」


 女が形の良い唇に、にこやかな笑みを浮かべながら、改めて銃口をココたちに向ける。


「ちょ、ちょっと待った、待ったー!」


 慌ててシンとココは店の奥へと後ずさった。一人平然としているアキツを盾にして。

 ココはアキツの背に隠れながら言った。 


「ちょっとアキツ助けてよ。このままじゃ、あたしたち死んじゃうよ」

「“皆さん”に俺も入っているのか。俺はロボットだから死なないが」


 ああ、そうですか。それは羨ましいことで。


「喧嘩なら、あの世で仲良くどうぞ」


 女が細い指を引き金に掛けた。

 もうダメだ。


「……助けて……」


 引き金が引かれるという、まさにそのときだ。ココは思わず言った。

 

「ココロでも何でも作るから!」


 ココがそう叫んだときだ。目の前にあったはずのアキツの背が突然スッと消えた。するとココたちに銃を向けていた女が「うっ」と低いうめき声を上げ、なぜか急に床に倒れこんだ。


「おい、どうした?! しっかりしろっ」


 男は声をかけたが、女は腹を抱えて床にうずくまったままだ。

 男には何が起きたのか分からない。ただ、いつの間にか赤いコートを着た少年が自分のすぐ横に立っていた。


「――っ!」


 男はとっさに自分の銃を取り出すと、その鼻先に向ける。しかしアキツは目の前に突きつけられたその銃口をすぐさま右手で掴むと、顔色ひとつ変えずに握りつぶした。

 呆気に取られる男の目の前をパラパラと、それこそ玩具だったかのように床に散らばる銃の破片。

 外装がなくなり見えた銃身は潰されていて、もし引き金を引いたなら男の手の方が吹き飛んでしまうだろう。

 アキツは破片の散らばった床に、チラと視線を落とした。


「ずいぶんともろい武器だな」

「お、俺の銃が……お前、何者だ!」

「俺はただのロボットだ」

「ロボットだと? ふざけるな!」


 本人はふざけてなどいないのだろうが、答えたアキツの言葉は男の怒りを煽ったようで、男が今度はナイフを手にしてアキツに斬りかかる。

 男はけして鈍いわけではない。ナイフの扱いにも慣れていた。それでもナイフはアキツを掠めもせず、虚しく空を斬るばかり。


「ちぃっ。すばしっこい奴め!」


 男は自分の背後に回ったアキツに、振り向きざまに斬り付けようとした。その男の目の前が突然真っ暗になる。


「うっ! なんだ!?」


 アキツの赤い上着が男に覆い被さり、その視界を奪っていた。

 それを剥がそうと、もがき前屈みになった男の首元を目掛けアキツの手刀が鋭く振り下ろされる。


「ぐっ……」


 短く小さな声を上げると、男は呆気なく大きな体を床に崩れさせた。

 目の前で起きたそれら一瞬の出来事に、ポカンと口を開けながら、ただただ感心するココ。


「すごい、二人共やっつけちゃったよ……」

「おいココ、ありゃあ、どちら様だ」


 シンがこっそりココに尋ねる。


「ロボット様だそうです」


 銃を片手で砕いた力。余裕で自分に向かって振られるナイフを避ける素早さ。どちらも人並み外れたものだった。


「本当にロボットなのかな……」


 そのとき、うずくまっていた女の方が、よろめきながらも立ち上がった。


「くそ……こうなったら、店ごと吹き飛んでもらうよ!」


 何やら物騒なこと口にしながら、手にした何かのスイッチを押す。

 すると、シンが抱えている商品のケースから、カチカチという規則正しいタイマー音が聞こえ出した。


「何?!」


 この音は、ひょっとしてもしなくてもアレの音に間違いない。シンは大慌てでケースを店の奥へと、力いっぱい放り投げる。

 次の瞬間、壮大な爆音と爆風が巻き起こり、【歯車】は煙と共に一瞬で吹き飛んでしまったのだった。


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