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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
六話・ウソツキ
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Act・2

【Act・2】


「暑い……ヤバい……」


 クナイは唾を飲もうと喉を鳴らしたが、口の中はカラカラでもう唾液もありはしなかった。

 東国の国境へと向かっていた三人は今、灼熱の砂漠の上を自力で歩いていた。

 軍の貨物車に潜り込んだココ達は、このまま国境まで行けると思っていた。しかし列車は途中で止まり、積み荷の中から何かを探しに来たらしい兵士が扉を開けるのに、隠れる間もなく見つかった。

 かくして、国境へと到着する前に三人は列車を放り出されてしまったのだ。


「この砂漠がこんな広いなんて……知らなかったなぁ」


 放り出された当初は元気に先頭を歩いていたココも、いつまで歩いても変わることのない景色と歩きづらい砂地に、足取りがどんどん重くなっていった。


「おい、ゆっくり歩けよ」


 クナイが前方を行くアキツの背に言うと、アキツは足を一旦止めて振り返った。


「すまない」

「……言っとくけど俺、お前のそれ、好きじゃない」


 返された言葉にクナイは不愉快さを増した声で言った。


「それ、とは?」

「お前の“すまない”とか、“ありがとう”だ。お前どうせ、すまないとも、ありがたいとも思ってないくせに」

「……どういう場面で、どういう言葉を使うべきかを学んだのだが」


 出会ったときや別れのとき、食事の始まりや終わり、何かをもらったときや失敗したとき。人間にはシチュエーションに合わせて言うべき言葉がある程度決まっている。そのときの相手の口調や言い方も含め、それに返すべき言葉の種類のいくつかをアキツはトンボから教わった。

 トンボも教えながら首を捻っていたので、アキツは自分の選択した言葉がときに間違っているらしいことは理解していたが。


「その場に合わせただけの言葉が気に入らない」

「クナイ、その代わりアキツは嘘も言わないんだから」


 不満を口にするクナイをココはなだめた。


「そうだけど……」

「ホント、暑いねー」


 意識してか無意識にか、話題を暑さに戻されてクナイは納得いかないものの不満の矛先を変える。


「軍の貨物車になんて、忍び込んだのが間違いなんだよ……」

「兵士に見つかるとはついていなかったな」

「乗せていってくれてもいいじゃんねぇ……一番近い街まで、どれぐらいだったっけ?」


 ココは足取りを緩めたアキツの作るわずかな影に身を寄せる。


「四・五十キロと言っていた」

「四十と五十じゃ、ずいぶん違うだろうが……」


 もはや汗も出ない。

 ジリジリと肌を焼く太陽、歩くたびに湧き上がる足元の熱せられた砂からの暑さ。

 もはや止まってしまいそうな足取りのクナイに、アキツは自分の速度を合わせ隣を歩く。


「大丈夫か」

「大丈夫に見えるかよ!」

「……けっこう元気そうだが」

「この状況でよくも! ……やめた……疲れる……」


 クナイは張り上げた声を力なくしぼめる。


「確かにやめたほうがいいな。騒げば騒ぐほど、喉が乾くだろう」

「お前はいいよな。暑くねぇんだろ?」

「そうだ。俺は暑さを感じない」

「信じらんね……こんなあちぃのに……なあココ、こいつにとっとと“ココロ”作ってやって、この苦しみ味わわせてやろうぜ」


 投げかけた言葉に返って来る声がなく、クナイは肩越しに後ろのココを見た。


「おい、返事くらい……ココ? ん、ココ? おいアキツ、ココがいない!」

「あそこだ」


 見回すと、かなり後方でココが砂の中に突っ伏していた。アキツが疲れた様子もない足取りでココの下へと走り戻る。うつ伏せに倒れたココを抱き起こすと、砂にまみれた顔を払って軽く叩いた。


「ココ、ココ、しっかりしろ」

「う……んん……」


 呻き声を上げ、眉を寄せるココだがその目は開かれない。

 クナイも戻ってきて砂の上に寝かされたココの顔を覗きこむ。


「ココ! おい、しっかりしろよ!ココ ――って、おい、アキツなんだよ! 俺の顔どうすん気だ、離せよ!」


 突然アキツに後ろ頭をわしづかまれ押されたクナイは、ココの顔の両脇に手をついて踏ん張る。


「人は額と額を合わせて熱を計るだろう」

「ば、馬鹿! そんなん、てめえのデコでやれっての!」

「俺では熱いか、そうでないかが分からない」

「……それは……わ、わかった! だから、押すなって……ちょっ」


 元々だいぶ削られていた体力では、アキツの馬鹿力に到底長く抵抗してはいられず、へにゃとクナイは腕を折る。ゴチと軽く音を立て額をココのそれに押し付けられたクナイは、ココが結構な石頭だということを知った。


「……どうだ」

「……熱い……それもかなり……すごく……熱いと思う」


 日に照らされ続けて自分の肌も熱くなっているはずだが、それでも額で感じる熱は自分のそれより熱い。


「急いだほうがいいな。……クナイ」


 感情のないロボットが自分を気遣うように見る目に、クナイはふいと顔を逸らす。


「俺のことならいいから。早く行こう。でないと、そいつ死んじまうかもしんないだろ」

「ああ」


 アキツは上着を脱ぐとフード付きのそれをココの頭から被せ、背中に背負い歩き始めた。安定しない砂の大地が沈むのを見て、クナイは遠慮がちにアキツに声を掛ける。


「おい……その……荷物は俺が持とうか? そいつ背負ってたんじゃ、お前……」

「問題ない」

「…………だよな」


 今更だ。

 ココとその荷物分の重さくらい、アキツにとってはどうということないことくらいクナイも知っている。逆に自分の足は自分の体一つ支えるのすらやっとなのだ。

 早く行こうと言ったくせに、前を行くアキツについていくことができない。おそらくアキツは今もクナイに合わせ歩く速度を落としている。それが腹立たしく、情けない。

 かといって置いて行ってくれとも言えない。言ったところで、この人の気も知らないロボットが言うことを聞くとも思えなかった。

 少し歩いただけでクナイの息は簡単に上がった。

 砂の窪みに足を取られ転んだクナイに、アキツは振り返りしゃがむ。


「クナイ」

「……何?」

「飲め」


 差し出されたのは水筒だ。手に押し付けられ受け取ると、とっくに空になっているクナイのそれとは違い、アキツの水筒は重たかった。


「……お前の水じゃん」

「少なくとも、俺は飲みたいとは思わない」

「でも……」

「飲むべきだ」

「……わかった」


 いつもは苛つく淡々とした命令口調が、逆に今のクナイには有り難かった。

 アキツはココの口にもゆっくり水を流し込むと、太陽が傾き始めた空に目をやる。


「日が暮れてきたら少し休もう」

「でも早く行かないと」

「クナイまで倒れることになる」


 言われてクナイはアキツの胸倉を掴んだ。


「平気だって言ってんだろ!」


 嘘だった。もう無理だ。

 だけど


「ココが死んだらどうすんだよ! わかってんのか? 死んじまったら、ロボットと違って元には戻せないんだぞ!」

「だから休もうと言っている。クナイも死んだら、元には戻れないんだろう?」

「……俺は」


 アキツはココの隣に腰を下ろし自分も水筒に口をつけた。それを見て諦めたようにクナイも砂の上に座ると、肩から掛けていた鞄を置いてその上にだるい体を横たえる。


「明日、気温が上がる前にまた進もう。それまで休め。眠れるなら、眠ったほうがいい」

「……うん……」


 口だけで強がりを言っても、結局倒れてしまったならば、その後は自分ではどうすることもできない。今はアキツの言うことを聞いたほうがいい。

 日が落ちて涼しくなると、限界を迎えた体から力が抜けていく。

 瞼が閉じる直前、クナイはアキツがココの額に手をやるのを見た気がした。


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