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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
六話・ウソツキ
32/75

Act・1

【Act・1】


 真っ白な壁に真っ白なベッド。窓から差し込む眩しい光を和らげるカーテンまでも、取り替えたばかりのように白い部屋。

 それらに清潔感というよりは無機質な冷たさを感じながら、男は目の前の医者が口を開くのを待った。


「はい、大きく息を吸って――はい、吐いてください。注射を一本打っておきますからね」


 医者は聴診器で男の胸の鼓動を確認した後、慣れた手付きで女性看護士から受け取った注射器の針を男の腕に押し当てる。医者の腕が良いのだろう。痛みは蚊に刺された程度のもので、注射器の中の液体が自分の体の中に入れられていくのを男は見ていた。


「では、薬を出しておくので、部屋に戻ったら飲んで休んでください」

「あの……先生」

「なんですか?」


 医者はカルテから顔を上げた。その顔はまだ若い。少し垂れ気味の目を笑みでさらに緩ませて医者は男を見た。


「あの……その…………」

「どうしたんです?」

「私の本当の病気は、何なんでしょうか……」

「本当の病気?」

「ええ、教えてください! 本当の……本当のことが……知りたいんです!!」


 男が街の病院からここへと移されたのは三日前のこと。

 胃炎だと言われていたはずなのに、なぜ病院を移らなければならないのか分からない。

 いや、本当は分かっている。あの街では手に負えない病気だったからだ。そうとしか考えられない。

 男の言葉に医者は顔を曇らせ声を落とした。


「……そうですか。そんなにおっしゃるなら……」


 やはり。


「あなたは本当はかなり重度の――」


 医者の厳しい顔にごくりと男は喉を鳴らす。


「胃潰瘍なんです」

「…………はい?」


 男も聞いたことのあるその病名。拍子抜けといったように男は目をしばたかせた。


「あなたは神経質な性格でしょう? そういう方は特に胃に負担が掛かるんですよ。ここを紹介されたのも病院側の配慮でしょう。もう少し気を楽にして治療に専念してくださいね。ここでの療養は快適でしょう?」


 たしかに。

 三日前、同じような症状の患者がいるからと病院に言われ、他の患者数名と共に男は乗り合いの車に乗せられた。

 街から三時間はかかっただろうか。

 窓の外に広がるのは風に波打つ砂漠の地。不安が男を襲い始めた頃、砂漠の中に見えてきたのは真っ白なドーム型の建物だった。車の中からでは全貌を確認できない大きさのそれに男は驚き、不安は益々大きくなる。

 しかし車がドームの中へと入った瞬間、今度は別の驚きが男の目を丸くさせた。

 ドームの中は外とは打って変わった世界が広がっていた。

 車を降りた男の足が踏んだのは素焼きのレンガの道。道の両脇には青々とした緑の木々と花が植えられていて、小鳥のさえずりまで聞えてくる。

 案内された病院のエントランスは白いアーチ型の柱が美しく、透き通った水が流れ続ける円形の噴水まである。

 下層部とまではいかないが逆に裕福ともいえない生活をしていた男には、まるで天国のような景色であった。


「は……はは、そうですか……」

「胃潰瘍を甘くみないでくださいね。胃潰瘍は通常、薬で治療していくものですが、これ以上酷くなるようでしたら手術が必要ですから」


 医者に少し怖い顔で念を押され、男は頭を下げた。


「す、すみませんでした。その、なんか変なこと言って」

「いいえ、よくあることですから」


 医者はにっこりと笑顔に戻り、男も恥ずかしそうに笑った。


「じゃあ、失礼します。先生、宜しくお願いします」

「後で病室の方へも伺いますよ」

「有難うございます」


 男がもう一度深く頭を下げ診察室を出て行くと、医者の顔から笑顔が消えた。


「本当の病気は何ですか……ね」

 

 緩く癖のある髪を掻き上げ溜息をつくと、白いカーテンを開け外を見る。医者にはもう見飽きた人工的な天国がそこに広がっている。

 胃潰瘍と聞いて安心する男には心底呆れた。胃に穴があくというのは大変な病気だ。それでもすでに耳にしたことのあるその病名に安堵する男の心理は理解できる。

 恐怖とは主に、知らない、分からないことからくるものだ。

 しかし、


「そんなこと知って、どうしようっていうんですかねぇ」


 知ったところで何もできはしないくせに。

 そもそも胃炎が胃潰瘍だったくらいなら、初めから隠さず告げている。

 医者は男の態度を思い出し、鼻で笑うとカーテンを閉めた。

 


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