Act・2
【Act・2】
街の下層部は一日を通して日の光があまり届かない。上へ上へと伸びる建物に囲まれた空は、とても遠く小さなものだった。
そんな場所にある一軒の小さな店。トタンで覆われた壁は赤茶く錆びて、空調のためのパイプがそこからいくつも突き出していた。
本当に必要なものなのか、車庫のフェンスの前にはガラクタが山と積まれている。小さな入り口のドアガラスに店名が書かれているようだが、掠れてしまっていてよく読めない。
その代わりに、ドアの上に大きなブリキの看板が打ち付けられていた。
【造屋歯車】
それがこの店の名前だ。
文字通り“造る”ことが【歯車】の仕事。
ひっきりなしに金属音が響いてくる店内には二人の従業員の姿がある。一人は火花を散らしながらの溶接作業。もう一人は拡大鏡がついたゴーグルをかけての細かな部品の組み立てと、各々の仕事に没頭している。
「うぅーん」
組み立て作業をしていた一人が、かけていたゴーグルを外して大きく伸びをした。
機械油のついた手で拭ったその顔は、まだ歳若い少女。
着ているのは薄汚れた元は白かったであろうシャツに、カーキ色のつなぎ。機械の前で胡坐をかく姿は、年頃の女の子には少し似つかわしくない。
肩辺りまで伸びた髪はあちこち跳ねているし、汚れた手で触れたために、顔にはところどころ油が黒い帯を描いている。しかしその顔は、美人とは言えないかもしれないが、どこか愛嬌があって愛らしい。
ココという名前のその少女は、まだ若いが小さい頃から機械いじりを得意としていて、もう何年もこの【歯車】で機械技師として働いていた。
「店長ー!!」
ココが溶接作業をしているもう一人に呼びかける。作業の音に負けないような大きな声だ。
「おう、何だぁー」
適当な返事を返した男。ただし手は止めないし、振り返りもしない。
男の名前はシン。【歯車】の現店長である。
――とはいっても今、【歯車】の従業員はココと店長シンの二人だけ。
手を止めないシンに、ココは自分が作っていた商品を手にして言った。
「前から思ってたんですけど――」
「給料は上げねぇぞぉ」
機械技師としての腕はいいが、金にセコいのがこの男の残念なところ。
「あたしが今作ってるこれって、やっぱりヤバい代物ですよね」
ココが華奢な肩にガシャリと構えたそれは、黒光りする大型の銃だった。小柄なココが持つことで、それは更に大きく見える。
シンはココの言葉に、やっと作業の手を止めた。溶接作業用のフェイスマスクを取り、代わりに愛用のサングラスをかける。
目元を隠したその顔は、細面の鬚面で年齢はよく分からない。ガッシリとした体つきはまさに肉体労働者といったところだろうか。
「な、何を馬鹿なことを言ってるんだココ。この……お馬鹿さんめ」
なぜか小さく動揺しながらも、シンはココの肩に優しく手を置いて言った。
「俺がお前みたいな、かわい~い女の子に、そんな物作らせるわけないだろ?」
「店長!」
少々芝居じみたシンの口調にも、ココは感動し声を弾ませる。
「分かったら仕事に戻れ」
「はいっ」
素っ気無さを取り戻した店長の声にも気づかず、いそいそと作業に戻る素直な従業員。
「ちゃんと仕上がってるんだろうな、その玩具の銃。今日渡すことになってるんだぞ」
シンは確認するように聞いた。
その少しおかしな客が来たのは、三ヶ月ほど前のこと。若い男女の二人組みで、依頼内容は《玩具の銃》のサンプルを作ることだった。シンは快く依頼を引き受け、その後の作業をココに一任した。
男の方が何度か依頼内容の修正に訪れたのだが、そのやり取りもココが直接聞きながら進めていた。
ココは機械技師としての腕はいいのだが、どこか少し抜けている。シンにはそれが唯一の気がかりだった。
「もちろんです。確かな仕事、確かな品質。【造屋歯車】のモットーです」
店のキャッチコピーを口にするココ。
実際【歯車】の評判はこの辺りでは一番良い。店長のシンに言わせると「東で一番の技術屋はうちだ」となる。
「おう、分かってるじゃねぇか」
ココのいい返事に安心したようなシン。するとココがボソッと呟いた。
「本当は警察とか行っちゃおうかと思ってたんだけど」
「何っ?!」
思わず大きな声を出したシンだったが、
「ここ追い出されたら困っちゃうし」
続けて言ったココに、頭に巻いていたタオルを投げ渡して言った。
「お前の腕は買ってんだ。追い出したりしねぇよ。親父さんの夢、叶えんだろ?」
そう、ココには夢がある。
父の夢を叶えるという夢が。
「うん」
ココは笑って頷くと、投げ渡された綺麗とはいえないタオルで顔を拭いた。
◆◆◆◆◆
少年は看板を見上げ、手にしたメモと店の名前を見比べた。
「造屋歯車……ここか」
少年がドアのノブを引くと、ガラガラと派手な音が辺りに響いた。ドアベル代わりに付けられた空き缶やガラクタが、ドアを開くとぶつかり合うようになっているせいだ。
このやかましいドアベルのおかげで、店の奥で作業をしていても客が来たことがすぐ分かる。
「いらっしゃい!」
その大きな音を聞いて、ココは作業場から店先に出た。
そこにいたのはひょろりとした背の高い少年。この時期、外は寒くはないはずなのに、くすんだ赤い色のコートをしっかりと着込んでいる。
「見かけない顔ー……何か御用ですか、お兄さん」
「君がここの店主か」
どちらかというと常連客や、その紹介の多い【歯車】。尋ねるココに逆に少年は聞いてきた。
「え? あ、ううん。店長なら今さっき出ちゃったんですけど」
シンはココの作った《玩具の銃》を客へと届けるために出かけたばかり。
「そうか残念だ。ここならなんでも作ると聞いて来たんだが」
残念という言葉の割りに、さほど残念な風もなく少年は言った。
「作るよ」
ココがそれにあっけらかんと答える。
「それが【造屋歯車】の売りだもん」
「君が?」
少年がココを見る。少年とココはどうやら歳も同じくらい。自分を見下ろすココより頭ひとつ以上は背の高い少年に、ココは胸を張って得意気な顔をした。
「腕は確かです。ちなみに名前はココよ。あたしはお金を貯めて夢を叶えるため、ここでもう何年も働いているんだから」
ココの夢に必要なのはお金だけではない。機械技師としての腕が磨ける、ここでの仕事がココの夢にはとても重要なことだった。
自信満々なココの様子に少年は少し考えているようだったが、改めてココを見ると言った。
「なるほどそうか。じゃあココ、君に頼む」
「はい」
「“ココロ”を作ってくれないか」
「……“ココロ”って?」
少年の注文にココは眉を寄せる。
何かの部品の名前だろうか。聞いたことがない。
「文字通り“心”だ。俺は“ココロ”が欲しいんだ。俺はロボットだから」
淡々とした口調で言った少年に、ココは元々丸い目を更に丸くして少年を見た。
「ロボット?!」