Act・3
【Act・3】
町の外れにある箱のような建物。
砂漠の町にあるその建物だが、重そうな扉を開けて入ると外の光や熱を完全に遮断できているのか、中の空気はどこかひんやりとしていた。
「ここは?」
前を行くハルヒにココは聞いた。
「この町の水を管理する施設」
「小さくないか?」
クナイの率直な感想にハルヒの顔が渋る。
「他の街と比べるなよな。過もなく不足もなく、必要なものを必要な分。ヒジリ博士がそう言って造ってくれたんだ」
「お父さんがこれを?」
父の名前にココは改めて施設の中を見回す。
ゴゥン、ゴゥンと機械が稼動する音が、足元から絶え間なく響いてくる。狂いなく規則正しく動く機械の音は、まるで鼓動する心臓音のようで、この建物が生きているかのように思えた。
「もっとも、かなり昔らしいけど」
「じゃあ、お前は実際にその博士に会った事はないんだろ?」
「いや、俺が会ったのは三年ちょっと前かな。ここにいた博士と話したんだ。自分が若い頃に作ったこの施設のことが気になってたらしくってさ」
ハルヒはどうやらヒジリに造ってもらったこの施設を自慢したかったらしい。
「ずいぶんイイ人みたいじゃん、お前の父ちゃん」
嬉しそうにヒジリとの思い出を語るハルヒに、クナイはココを見るが対照的にココの顔は不機嫌だ。
「幼い娘を一人家に残して、ひどい人じゃん」
「この、また博士の悪口を!」
「博士じゃないもん、あたしのお父さんだもん」
「自分の作った物に対する責任感が強かったんだなあ」
「子供に対する責任感はなかったんだなあ」
「あの機械に対する情熱、俺に物を作ることの素晴らしさを熱心に語ってくれた」
「あの機械馬鹿ぶり。口をひらけば機械のことばかり」
「俺の博士を侮辱すんな!」
「あたしのお父さんを美化するな!」
「…………とても同じ人物について話しているようには聞こえないな」
一人の人物について言い合う二人の言葉にアキツは言った。
「こんな施設を作るより、町を移ったほうが早かったんじゃないか?」
クナイが覗き込んだ手すりの向こうでは、地下から汲み上げたのだろう水がタンクの中に満ちている。
「たしかにな……でも昔はこの地帯ももっと水が豊富で豊かな土地だったって聞いてる。俺は知らないけど」
ハルヒが小さい頃から年寄りたちに聞いていた昔の街の様子はもはや、お伽話のレベルだ。
しっとりと水気を含んだ土の地面に緑の絨毯。優しくそよぐ風は常に花の匂いを運んできて、木漏れ日の下では小さな動物達が駆け回っていたとか。
もし再びそんな風景を見ることができるなら、見て見たい。この施設がなければ、この町なんてとうになくなっていただろう。
ココは小さく肩をすくめた。
「作るって言ったら、聞かない人だったから」
「……なあ、ちょっと気になったんだけど、ヒジリ博士は今……? なんかさっきから話し方が過去形で……」
「お父さんは……知らない」
「知らない?」
「三年前からお父さんは行方不明だから」
「博士が行方不明?!」
あの日、いつものように【造屋歯車】の二階で目を覚ましたココは、いつものように食事も取らず朝から作業場にいるであろう父に、一緒に朝食を食べるように言いに行った。
そこに、いつもは目に入るはずの薄汚れた作業着姿の父の背はなく、作りかけのロボットだけが父の代わりのように椅子に座っていた。
ココは洗面所やトイレも覗いて見た。ちょっと席を外しているだけだと思ったのだ。父がこんな風に仕事をやりかけでどこかへ出掛けるなどということは、それまで一度もなかったからだ。しかし探すほどの広さもない【歯車】の中に父を見つけることはできなかった。
やがて朝食を作り終えたシンも作業場にやってきた。
シンも「ヒジリ博士」の技師の腕に惚れ込んでいた一人だ。何度も通ってきては「弟子にしてくれ」と床に頭を付ける若い機械技師に、ヒジリは弱りに弱って【歯車】で働く従業員としてシンを住み込みで雇うことにしたのだ。
作業場にヒジリの姿がないことにシンも眉を顰めたが、そのうちにヒジリの愛用の道具入れがなくなっていることに気がついた。
そのことを聞いてココは理解した。理由はわからないが、父が自らの意思でどこかへ行ってしまったのだと。
シンはヒジリの代わりに彼が戻るまで【歯車】を守ると言い出し、ココはシンの手伝いをしながら父が戻るのを待った。シンはココが尊敬するヒジリの娘だからといって甘やかしてはくれず、むしろ厳しく、そしてケチだった。
結局三年待ってもヒジリは帰っては来なかったわけだが。
「三年ってことは……ここに来たすぐ後か? そ……そうか、そうなのか……」
ハルヒは酷く落胆した。またヒジリと会いたいと思っていたし、絶対にまた会えると思っていたのだ。しかし今、実の娘ですら会えないと言う。何より行方不明だなんて心配だ。
「じゃあ、お前今は?」
ハルヒはうつむいていた顔を上げココを見た。
「お母さんはもうずっと前に死んじゃってるし、今はアキツの“ココロ”を作るためロボットの“ココロ”を探して、旅してるとこ」
「ロボットの“ココロ”か。……なあ相談なんだけど……さ」
「何?」
「俺も一緒に連れて行ってくれないか?」
ハルヒの様子は真剣だが、クナイは呆れたように息をつく。
「……物好きだな……」
「俺も立派な機械技師になりたいんだ。それにはこの町にいたんじゃダメだと思うんだ。俺もそのロボットの“ココロ”探しに連れてってくれよ!」
「それは、あたしはいいけど……」
同じ機械技師としてハルヒとは話も合いそうだし、仲間として旅に加われば心強い気がする。何より、立派な機械技師になりたいという気持ちもココには理解できた。
ココはチラとアキツとクナイの顔を伺った。
「なんだよ、俺がダメって言えば、それはちゃんと通るのか? 通らねえくせに。そもそも俺はお前らと目的違うし。好きにすれば?」
クナイは口悪く、それでも反対はしなかった。
「人数は多い方が楽しいんだろう?」
楽しいの意味すら分かってはいないアキツもそう言って、ココは笑顔で頷く。
「――うん!」
「じゃあ……」
「一緒に行こう、ハルヒ」
「やった!」
喜びを口にしてガッツポーズまで決めるハルヒにクナイは釘を刺す。
「言っとくけど、あるかどうかも分かんないんだぞ? ロボットの“ココロ”なんて」
「“あきらめたらそこまでだ。大切なのは、今何ができるかってこと。自分の可能性を信じること。弱くて不器用な人間は、そのために道具を使うことだってできるんだから”」
「何だそれ」
妙に気取った調子で妙な台詞を口にするハルヒに聞くと、ハルヒはにやにやとした笑みを浮かべた。
「へへ。ヒジリ博士の言葉。“そして、僕は物を作り続ける”」
「カッコわるっ!」
ココがすかさず言った。
「どこがだよ! カッコいいじゃんか!」
「ああ、恥ずかしい」
「おいこら!」
耳を両手で塞ぎながら施設を出て行くココをハルヒは追いかけた。