Act・2
【Act・2】
「こんな所にも町があるんだね。こんな砂に囲まれた所に」
ココは自分の住んでいた下層部の、コンクリートで固められた地面とは違う感触を踏みしめ言った。クナイは風に舞う砂に細めた目を町に向ける。
「町っていうより、村に近いけどな」
「それより、なんで私たち列車降ろされちゃったの?」
ココは不満そうに頬を膨らませた。プラットホームと看板だけの、駅と呼ぶにはあまりに簡素なそこで、ココたちは強制的に列車を降ろされてしまったのだ。
ロボットの“ココロ”を探すココとしては、それがある可能性の高い東国の国境へとなるべく早く着きたかったのだが。
「車内放送、聞いてたか? 一般客はここまで、って言ってただろ?」
「一般……って」
「だいぶ国境に近づいたからな。あの列車はそのまま軍の施設に荷物を運ぶ貨物車になるわけ。普通の奴らは乗る必要はないってこと。実際、俺ら以外に一般客なんていやしなかったろ」
政府や軍には、あらゆる物が優先される。そもそも、観光地でもない国境に向かう人間なんてほとんどいやしないのだ。
「じゃあ、どうやってこの先行くの?」
「知るかよ。列車で行けなくても、歩いてなら行けるだろ」
「ええ? そんなぁ」
「じゃ、こっそり貨物にまぎれるか?」
クナイはからかうように笑みを含んだ声で言ったが、
「ああ! その手があるね!」
両手を合わせて顔を明るくしたココに眉をひそめる。
「……おい。軍の貨物だぞ?」
「こっそりってことは、やっぱ、夜の方がいいかなあ。ね、アキツ」
クナイの低くなった声とは対照的に、ココは能天気にもう一人の旅の同行者に意見を求めた。しかし返ってくるはずの淡々としたいつもの声はなく、ココは後ろを振り返った。
「アキツ? ……アキツ……どこ?」
◆◆◆◆◆
ハルヒは固く閉じていた瞼を恐る恐る開いた。見慣れた乾いた空がそこには広がっている。
「痛…………くない。 あれ、痛くねえ? 俺、落ちたよな」
少し視線をずらせば、遥か上に先程まで自分が居た高い風車の鉄塔を確認できた。顔を横に向けると梯子が長々と倒れている。やはり自分はあそこから落ちたのだ。なのにどこも痛くはない。
「すまないが、どいてくれないか」
突然背後でした声に驚き、体を起こして後ろを見ると、そこには少年が仰向けに倒れていた。しかもハルヒは、その上に自分がどっかりと乗っていることに気がついた。
「え、わっ」
慌てて下敷きにしている少年の上から降り立ち上がる。
「わ、悪い。もしかして俺、助けてくれた?」
「落ちるのが見えた」
「ごめん、ありがとな……って、あんた平気かよ! あの高さから、俺落ちたんだぞ?」
「問題ない」
ハルヒはうろたえたが、少年は簡単にそう答え、むくりと上体を起こした。
「……ホントか? なら良かったけど……ん?」
ハルヒは立ち上がろうとする少年に手を貸そうとして、目を見開いた。
「問題なくない! 手! その手首、見ろよ! まさか折れてんじゃないだろうな!」
「ん? なるほど。おかしくなっているな。故障のようだ」
ぶかぶかのコートの袖口から出された少年の手首が、曲がってはいけないところから曲がって有り得ない方向を向いている。自分の手首が折れたわけではないのに、ブラリと垂れ下がったそれを見て、ハルヒは気分が悪くなり青ざめた。
「ど、ど、どうしよう!!」
「気にするな」
「そういうわけいかないだろ! 俺のせいじゃん!」
自分を助けたせいで怪我をしたのだ。気にするなという方が無理な話だ。
「とにかく早く病院に!」
「俺の修理ならココに頼んでいる」
「ココ? あんたのかかりつけの医者かなんかか? それに……修理ってなんだよ」
「ココは機械技師だ。そして俺はロボットだ。医者はいらない」
「は?」
ハルヒの眉間に皺が刻まれたときだ、
「アキツいた! もう、何してんの?」
お説教交じりの声がして、ハルヒと少年はそちらに顔を向ける。見ると小柄な少女と、その少女よりも小柄な少年の二人連れがこちらに向かって歩いてくる。
「ココ」
「探したんだからね。……どうしたの?」
「すまない、また故障だ」
「え? ああっ! やだ!! どうしよ……これ、折れてるの?」
少女は目の前に差し出された腕を見ると口元を両手で覆い、怖々といった様子でそれを確認する。
「修理を頼む」
「ちょ、ちょっと、タンマ。なあ、あんた達おかしくない?」
二人のやり取りに思わずハルヒは口を挟んだ。少女が丸い瞳にハルヒを映し首を傾げる。
「誰?」
「あ、俺、ハルヒ。梯子から落ちたとこを、その人に助けてもらったんだけど……」
ハルヒが説明すると、小さな少年が怪我をした少年の腕にチラと目をやる。
「人じゃねえけどな」
「クナイ」
少女が咎めるように名を呼んだ。あまりそのことを言うなというように。
その様子と言葉に、ハルヒの胸がざわつき始める。折れた手首を気にした様子も見られない少年は、どう見ても人間にしか見えない。
「……マジかよ……まさか、本当にロボット……なのか?」
「最新の科学によって作られた完璧な人型ロボットだ。名前はアキツという」
「嘘だろ……」
ハルヒは少女に向き直った。
「ココってお前?」
「ココはあたしだけど」
「機械技師って、もしかしてお前が作ったのかっ!?」
「え? ち、違うよ!」
ハルヒに詰め寄られたココが驚いて否定すると、ハルヒはがっかりしたように顔を曇らせた。
「……なんだそっか」
しかし、次には意を決したようにアキツの肩を掴んで言った。
「じゃ、じゃあ、アキツ! 俺に……俺にあんたの修理させてくれよ!」
「えっ!?」
驚いたのはココだ。アキツは強く掴まれた肩にも動じない。
「修理ならココに頼んでいる」
「でも、俺のせいだし、俺だってこれでも機械技師の卵なんだぜ!」
「俺の修理はココに任せている」
「アキツ……」
どうやら譲る様子のないアキツに、ココは何故か少し嬉しかった。なんだか信頼してもらえているようなそんな気がする。もちろんアキツにそんなことを思う“ココロ”はないのだが。アキツにとっては自分の“ココロ”を作ると言った機械技師に体を預けている、それだけのことなのだろう。
「でも」
まだ食い下がらないハルヒを、隠しきれないにやけ顔でココは押しのけた。
「はいはい、どいてね、ハルヒ。アキツの修理するから」
「ちぇ……」
ハルヒは残念そうにアキツの肩から手を離すと、修理を始めたココの手元を覗きこんだ。
ハルヒも機械技師の端くれ。今はこの町の施設の整備や修理しかしていないが、やはりロボットのこととなると胸が踊る。ましてやこんなに完全な人型を見るのなんて初めてだ。
「――はい終わり。しばらく動かしちゃだめだからね」
「ありがとう」
アキツの腕の修理を終えたココ。ついでに、この前破損した頬もテープを剥がし確認したが、そちらはすでに綺麗に修復していた。
一部始終を見学していたハルヒの表情は今、酷く険しい。
「……おい、添え木と包帯で修理って言えるのか?」
「気持ちはわかるけどな。そんなにあれが気になるかよ」
ロボットなんか全て壊れてしまえばいいと思っているクナイは、アキツを前に喜ぶハルヒの気持ちが分からない。
「だって、人型ロボットだぜ?! 俺の目標はあのヒジリ博士みたいに、すごいロボットを作ることなんだ」
「ヒジリ博士?」
ハルヒの口から出た名前に、ココが反応する。
「そう! お前も知ってるのか? だよな、機械技師だもんな。魔法の手を持つ機械技師。俺もいつかあんな立派な人になるんだ!」
「別に人としては立派じゃなかったけどね」
熱を帯びるハルヒの口調とは逆に、やけに冷めた口調で投げやりに言ったココにハルヒはムッとする。
「おっ、お前、なんて失礼なっ!」
「だって、お父さん、ほとんどロボット馬鹿だったもん」
「知るかよ、お前のお父さんのことなんて」
「だから、あたしのお父さん、ヒジリ」
「は?」
首を捻ったハルヒに、ココは溜息交じりに繰り返した。
「ヒジリ博士はあたしのお父さんなの」