Act・3
【Act・3】
バンバン、バン!!
続けざまに鳴った弾けるような花火の音に、ココは驚き空を見上げた。下層部と違い遮るものの少ない青いそれに、かすかに煙の跡が白く残っている。
視線を前に戻しココは改めて、アキツをこの試合に出場させることになったことを後悔した。
近代的な上層部の建物としては珍しい、古い時代を髣髴とさせるむき出しの石造り。円筒形をした闘技場がそこにはあった。
いわゆるコロッセウムというやつだ。この方が人々の感情を盛り上げるのだろう。わざわざこの形に造られたであろう建物に、人々がぞろぞろと入っていく。
ロボット同士が戦うという見世物は、この辺りでは結構な人気のある催しのようだった。
こんなに沢山の人が集まると、ココは思っていなかった。実際に戦うのはココではないのに、妙に緊張してきてしまう。もちろん当のアキツは緊張するような“ココロ”を持ってはいないのだが。
「おいココ、ぼーっとしてんなよ。俺たちはこっちだって」
先を行くクナイが出場関係者の入り口の方を指差し呼ぶ声に、ココは慌ててそちらへと走った。
『さて、皆様お待ちかね! 今回で第七回を迎えましたロボット合戦!!』
司会を務める男がマイクで高らかに試合の開催を告げ、会場に熱気のこもった歓声が響く。
ココが出場者の付き添い席に着いたときには、すでにアキツは会場の真ん中にある円形状のリングに上がるところだった。
『左サイド、前回勝者カジ選手&バトラー号。右サイド――おっと、これは前回敗者ヒナ選手。新たなロボットと共に再挑戦! ……新たな……ええ、ヒナ選手、ロボットは?』
司会者が戸惑い顔でセコンドに立つヒナを見る。
「ちゃんともうリングに立ってるじゃない」
『え?……ああ、失礼いたしました。なんと驚き。手元の資料を確認いたしましたところ、ヒナ選手のロボット“完璧な人型ロボット・アキツ”。すごい! しかし、はたして強いのか!!』
リングの上、ひょろりとした少年型のアキツに対し、向かいにはアキツの倍以上はある大きさのロボットがスタンバイしていた。二足歩行型ではあるが工事現場の重機を思わせるしっかりとした造りで、アーミーグリーンのボディは硬く丈夫そうだ。
セコンドにはヒナと同じ歳くらいの少年が、にやにやと意地の悪い笑みを口元に浮かべ、こちらを見ている。
「また負けに来たのか」
「うるさいわね! 勝ちに来たのよ」
リングを挟んで言い合う二人の脇で、ココは一段高くなっているリング上のアキツの傍へ行き、声を掛けた。
「アキツ」
「なんだココ」
「うん……あんまり、その、壊れないようにね」
「わかった」
コクリと頷き答えるアキツの顔はいつもの通りで、本当に分かっているのかいないのか。
「相手、強そうなロボットだね」
「見た目だけでは判断しかねる」
「……でも、あのロボットも一生懸命作った人がいるんだよね……」
機械技師の少女が呟き送る視線の先を追って、アキツは対戦相手のバトラー号を見る。
「……そうだな」
試合の開始を待ちきれなくなった観客の怒声が大きくなってきた。司会者がアナウンスを続ける。
『ここにお集まりの皆さんはもうご存知かと思いますが、ルールは簡単! 相手が戦えなくなった時点で終了のなんでもあり! では、バトラー号VS完璧な人型ロボットの……えぇ、長いので以後、アキツ選手と呼ばせていただきます。バトラー号VSアキツ選手、試合開始!』
試合開始のゴングが響いた。
バトラー号の持ち主の少年カジとヒナが声を上げる。
「いけ! バトラー!!」
「アキツ、しっかり!」
その直後、バトラー号の両の肩口が開き、中から筒のようなものが現れた。かと思えば、すぐさまそこから小型のミサイルが、アキツに向け続けざまに発射される。
ミサイルは八方からアキツ目掛けて襲い掛かり、爆音と爆煙を上げて弾けた。リングの床石をも砕き、その破片がココたちの方へも飛び散ってくる。
思わず腕で顔を覆ったココが次にリングへ目を戻すと、リングの上は濛々とした煙で覆われていた。
『おおっと、これはいきなり! 大丈夫かアキツ選手!』
「アキツ!」
リングに駆け上がろうとするココの服をクナイが引っ張った。
「大丈夫だよ、ほら」
煙が薄れてきたリングのアキツが居た場所に、その姿は影も形も見当たらない。
『ん? いない。アキツ選手消えました!』
「なるほど……なんでもありだったな」
『いた! いつの間に。アキツ選手、バトラー号の後ろに回り込み!』
アキツはいつの間にか、持ち前の素早さでバトラー号の後ろにまで移動していた。
無傷の様子のアキツにホッとしたココだったが、隣りにいるヒナに詰め寄る。
「ミサイルなんて聞いてないよ!」
「なんでもありって言ってたでしょ? アキツは何かないの? 目からビームとか」
小首を傾げ、あっけらかんと聞き返すヒナに開いた口が塞がらない。
「そんなのないよぉ……」
むしろ、そんなの出たら何か嫌だ。
そのとき、ズシンと重い地響きがした。見ると、バトラー号がうつ伏せに倒れている。その足元にアキツが立っていた。
『アキツ選手、バトラー号の足を掴みました。そして……振り回す! 自分の倍以上あるバトラー号を軽々とっ。凄い力です!!』
ココ達の所まで風が来るほど、ブンブンとコマのように振り回されるバトラー号の体。そしてアキツが手を離すと、会場の壁にバトラー号は突っ込んだ。わざわざ造られた古い闘技場の姿を模した壁を見事に破壊して、バトラー号は瓦礫に埋もれた。
「バトラー! 平気かっ。バトラー号!」
カジが自分のロボットを心配するような声を上げる。すると瓦礫の中から、またミサイルがアキツへと飛んできた。もちろん、アキツは先程と同じく顔色一つ変えることなく回避する。
ミサイルによって瓦礫を弾いたバトラー号がリングへと戻ってくる。ミサイルから更に小型の銃へと武器を変え攻撃を続けながら。
『バトラー号、激しい攻撃! ですが、アキツ選手に当たりません。それにしてもアキツ選手、手数が少なくないか?!』
司会者の言葉にクナイは眉をひそめた。
確かに。
バトラー号がどんなに攻撃をしてもアキツはそれを余裕で避けている。しかし、避けているだけだ。あの感じなら近づけないわけではないだろうに、アキツから攻撃を仕掛けようとする様子が見られない。
クナイはリングの端までやってきたアキツのそばへ駆け寄った。
「おい、おいってば!」
呼びかけても答えないそいつに言い方を変える。
「アキツ! 何やってんだよ」
するとアキツはチラとクナイを見て言った。
「手加減を……するのが難しい」
返ってきたのは予想外の答えでクナイの顔が渋る。
「はあ? そんなもん、することねぇだろ」
「ココはあれが壊れてしまうのが嫌なようだ」
人を気遣うココロも持たないくせに、そんな事を言い出すアキツにクナイは苛付く。
「……バッカ! それでお前が壊れちまったら、もっとダメだろうがっ!」
「だから難しいと言っている」
壊れることなく壊すことなく。
アキツがそんなことをしようとしているのだと分かり、クナイは呆れて怒鳴る言葉を失う。そこへまたミサイルが飛んできた。
「うわっ」
クナイは爆風に煽られ地面に尻餅をつく。アキツと違い、これだけでもクナイには痛い。
アキツはというと、やはりすでに身をひるがえしリングの向こう側まで移動していた。
「……あの馬鹿!」
ココがクナイの元へとやって来て手を出す。目の前に差し出された手を借りることに、不本意そうな顔をしながらも立ち上がるクナイに、ココは不安そうな顔をする。
「クナイ、アキツこのままじゃ……」
それを見て、アキツを戦闘用なんて言ったことに、クナイはまた小さな罪悪感を感じる。
ヒナはというと、アキツが攻撃しないことに苛立ちを露わにし始めた。
「アキツ! しっかりしなさいよ!」
愛らしいパフスリーブから伸びた細い腕の両手を握り締め、リングの縁を叩きながら煽る。カジは自分の勝利を確信しているかのような顔で言った。
「バトラー、もっと近づけ!」
するとバトラー号は銃撃による攻撃を止めた。両腕をアキツに向かって伸ばす。手首から肘の部分にかけてが開くと、そこから折りたたまれていた刃物が伸びて広がった。三日月形のそれが鋭く光り振り上げられる。
『おおっ! バトラー号の腕がまるで鎌のように変化しました! これは切れ味が良さそうだ!!』
空気を裂く音を立てながら、バトラー号の両手の鎌がアキツの首元を次々と横切る。
『アキツ選手、これも避けていますが――んんっ! ちょ、ちょっと、血! アキツ選手、頬から血がっ! タイム、タイムー!!』
バトラー号の鎌が掠ったアキツの右の頬がぱくりと割れ、そこから生々しい赤い色が顎に向かって帯を引いていた。普段、この試合で見ることのない鮮やかなその色に、司会者が慌てて席を立つ。しかし――
「気にするな。“オイル漏れ”だ」
そのオイルを拭うこともせず言うアキツに拍子抜けという風に、腰を下ろす。
『は? あ……そうですか?……では、試合続行いたします……』
試合再開のゴングが再びカンと小さく鳴らされる。
顔に傷を負ってもその表情の変わらないアキツだったが、対照的にその赤い色を見て青ざめる者がいた。クナイである。
あの色はクナイに過去の記憶を思い起こさせる。
あの匂いと温度と感触を。
「――あの馬鹿が! おい、なんか寄こせ!」
気分が悪いのを隠すように、クナイはヒナに向かって強い調子で言った。
「なんかって何よ」
「何か武器になるようなもんだよ! あのままじゃ無理だ!……ん……おい、お前それ寄こせ!」
クナイは周りを見回して、一人の清掃員を見つけて走り寄った。
ロボットではなく人間の清掃員がここでもまだ働いているとは。会場にはロボットがその体でゴミを集めているのが見られたが、人間の手をまだ加えるべき場所があるのだろう。
もっとも、クナイに声を掛けられ驚いているそいつは、ロボットと違い仕事をほったらかして試合の方に気を取られていたようだが。
『さあ、アキツ選手どうする?!』
「おいっ、アキツ!」
『お? ここでセコンドから何かがアキツ選手に投げ渡された! ……ええと、これは……清掃員のモップですかね。これでどうしろというのでしょう!』
「うるさい! おい、負けやがったら承知しねぇからなっ」
『選手もむちゃくちゃだが、味方もむちゃくちゃだー!』
アキツはクナイが投げた長いモップを頭上で両手に受け取ったが、そこへバトラー号の鎌が振り下ろされる。
『バトラー号、アキツ選手がせっかく手に入れたモップ……いや、武器を二つに切ったー!』
短い二本の棒になってしまったモップを両手にアキツはバトラー号から距離を取る。そして大きく振りかぶると、モップの房のついている一本をバトラー号に向かって射るように投げた。
モップはモップとは思えない勢いでバトラー号の右肩を貫通した。関節の僅かな隙間にある柔らかな部分を見事に貫いたモップは、勢いを衰えさせることなく、バトラー号ごとリングを外れた壁に深く突き刺さった。
『これは……なんということでしょう! アキツ選手の投げたモップがバトラー号に! バトラー号、壁に貼り付け状態だ!!』
「バトラー号!!」
カジの声にバトラー号はもがき、やがてモップの刺さった右肩をそのままに、リングに向かって体を進め始めた。
右肩と体はメリメリと音を立て離れていく。やがて一際大きな音を立て、右肩をバトラー号は自ら引きちぎった。反動でよろめくバトラー号は足を踏ん張ると、ズルズルと配線を引きずりながらリングの上へと戻る。
『バトラー号、リングに戻ります!』
ココはそれを見て何ともいえない気持ちになった。
「戦うことしか頭にないんだ……」
「それがあいつの作られた理由だからな」
クナイがココの呟きに答える。
再びリングの上に立ったバトラー号に、興奮した観客の煽る声が降り注いできた。その轟きの音にココは小さな恐怖を感じる。観客の熱とは対照的に背筋が寒くなるような気がした。
アキツへと再び鎌を振るバトラー号。しかし腕を片方無くした今、自分の仕掛ける攻撃でバランスを崩してしまう。アキツは先程よりも軽々とバトラー号の攻撃を避けることができた。そして再びバトラー号の後ろへと回り込む。
『アキツ選手、ここで再び投げたもう一本のモップは――バトラー号の左足に命中だ!!』
足をやられ完全にバランスを崩したバトラー号は、大きな音を立ててリングに突っ伏した。
『倒れたー!! バトラー号、倒れました!!』
しかし、もがきながらもバトラー号はまだ立ち上がろうとしていた。片方だけになった腕で重い体を起こそうとする。
アキツはバトラー号に向かって急ぐこともなく歩み寄ると、倒れたバトラー号の背中の扉を開いた。そして何やら操作をすると、バトラー号の目から光が消え、グシャリともがいていた体は力なくリングの床に崩れた。
『ああ、アキツ選手、バトラー号を停止させてしまいまし……た。……ちょっと失礼……ねぇ、こういう終り方、あり? 壊れてないけど。……そう?』
司会者が他のスタッフ達とこそこそと話し合いを始めた。普段はどちらかが動けなくなるまで破壊されることで、このロボット合戦は終るのだ。
会場にもざわざわという不穏な空気が流れ始める。
『ええ、失礼いたしました! ということで、バトラー号が戦闘不能となりましたので、アキツ選手の勝利です!!』
「やったわ!」
司会者の宣言にヒナが両手を上げて喜ぶ。
会場にはブーングの入り混じった歓声が響いたが、ココは試合が終ったことに、とりあえず胸を撫で下ろした。