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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
四話・リユウ
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Act・1

【Act・1】


 ココはその人間の言葉に笑い、驚き、最後には落胆して出口へと向かった。

 扉は自動でココが前に来ると開き、その後に続いていたアキツとクナイが出ると、すぐにぴたりと閉じられた。

 扉を出てすぐに、ココは後ろの二人を振り返ると言った。


「ねえっ。信じられる? 素泊まり一人一泊一万イーエンだって!」


 “ココロ”探しの旅を続ける三人は、新たな街に来たところで暮れてきた日に、まずは宿を探すこととなった。しかし見つけた宿の店主に言われた値段は、ココには到底、はいはいと言って出せる金額ではなかった。

 この街で一番安いというその宿。初めは冗談だと思ったが、そうではないらしい。三人一緒で寝床も一つで構わないと言った所で、それ以上下がらない宿代に、ココは諦め宿を出たのだった。


「ここは街の最上層部にあたるからな。それなりに金のある奴ばっかなんだよ」


 クナイは初めから分かっていたかのように言う。

 戦後、この国の街はどこも狭い土地に上下に伸びるような発展をしていった。下層へ行くほど日の光も届かなくなり、暗く寒く空気も悪い。金のあるものが上を選ぶのは当然のことだ。

 クナイは工業街の最下層部である貧民街で育った。街全体が貧しい工業街でも、やはり上の者と下の者では貧富の差が激しかった。

 そして、上の者はより上へ上へと街を積み重ね、下層部はそれに埋もれていく。上を支えているのは下だということなどお構いなしに、富を持つものはやがてより上に行くことで、自分の権力を誇示するという馬鹿げた考えすら持ち始めていた。

 ココも下層部の住民だ。

 街へ一歩足を踏み入れたときに見た、今までとは打って変わって綺麗な白壁、近代的で清潔なガラス張りの建造物、人工的に植えられたものとはいえ青々とした緑の葉をつけた街路樹に、自分たちの生活と違うものを感じなかったわけではないが。


「だけど一万イーエン……そんな払えないよ。もう夜なのに」


 見上げた空は、かつて下層部で見ていた頃のものより近くて大きい。

 その空は今、だいだい色から群青へと緩やかなグラデーションを広げながら、小さな星明りをぽつぽつと散りばめ始めていた。


「じゃ、今夜はその辺の道端で寝るしかないな。ほら、そこの軒下とかいいんじゃねぇか」


 クナイが指差したのは道端に設けられた休息所のような所で、座るためのベンチもあり、確かに一晩くらい過ごすのに問題はなさそうなのだが、人通りは多い。

 今こうして立っているだけでも、三人の少し薄汚れた格好に、チラチラと行き交う人は視線をやる。

 いくらココが自分の姿、格好に無頓着な方とはいえ、一応女の子。あんまりいい気分ではない。


「クナイ……人の目が痛いよ」

「金持ちじゃないんだ。仕方ねぇだろうが!」


 クナイが声を張り上げると、アキツが足を進めた。


「なら次の街へ急ごう。安い宿があるかもしれない」


 自身は寝る場所も人の目も、気にする“ココロ”を持たないアキツの言葉にココが頷いたときだ。どこからか何かを警告するようなサイレンの音が、辺りに低く断続的に鳴り響いた。


「何の音?」


 キョロキョロとココは辺りを見回すが、街の住民に慌てた素振りは見られない。戸惑うココとクナイ。再び足を止めてしまった三人に声が掛けられた。


「あなたたち知らないの? 軍の閉鎖命令のサイレンよ」


 声を掛けてきたのはココと同じくらい、もしくは少し年下と思われる少女だった。

 ぱっちりとした強気な瞳をした可愛い顔立ちで、艶々とした栗色の髪はウェーブしながらくるんと肩先で揺れている。ふんわりと丸い肩のワインレッドのワンピースは質感の良さそうなベルベット。華奢な足先に履いているエナメルの靴は磨き上げられ光っていた。

 ココは少女の言った聞き慣れない単語に首を傾げる。


「閉鎖命令?」

「そう。きっとまた、西の人間が入り込んだのね。そいつが見つかるまで、街の出入りは一切禁止なの」

「出入り禁止!?」

「もう隣街への道や駅には警備隊がいるはずよ」

「それで、その閉鎖命令はいつ解かれるんだ」


 アキツの問いに少女は小さく肩をすくめた。


「さあ。一時間か一日か、一週間か」

「そんなに!」


 つまりは街に入り込んだ他所者が見つかるまで、ここから動けないということ。もし見つからなければ、それ以上ということもありえるというわけだ。

 一晩の宿にすら困っているというのに、一週間もこの街に閉じ込められたら旅を続けるどころではなくなってしまう。

 ココが頭を抱えていると、小さな地響きと共に、ガシャンと今度は何かが崩れ倒れる音がした。

 皆でその音がした方へ目をやると、少女の後方やや離れたところでロボットが一体、道に仰向けに転がっていた。


「え。ちょ、ちょっと!」


 倒れているロボットを見た少女が、そのロボットの元へと駆けて行く。どうやらロボットは少女の物らしい。ココは倒れたロボットが気に掛かり、自分もそちらへと向かう。


「ちょっと、しっかりしなさいよ! このポンコツ」


 少女は倒れたロボットに、華奢な足で豪快な蹴りを入れていた。ココはロボットを覗き込んだ。ココの目にも特に新しくはない、良く見かける一般作業用の二足歩行ロボット。


「壊れちゃったの?」

「もう。これだから安物は。荷物持ちロボットの癖に。どうしてくれるのよ、この荷物」


 見ればロボットの脇には、ロボット自身よりもかなり大きな荷物の包みが転がっていた。クナイはちらとロボットとその荷物を見比べ言う。


「すいぶんでかい荷物だな。オーバーワークさせてたんじゃないのか」

「そんなことないわ。売り文句は車だって持ち上げるってことだったもの」


 少し不機嫌な様子で腕を組む少女の傍らで、ココはロボットの体の中を開いてみた。内部に問題はないようだ。次に足を確認する。荷物持ちロボットということだったが、荷物を運ばせるだけならもっと良い形があるはずだ。元々は何か別の用途のロボットだったのかもしれない。二足歩行ロボットは足に負担が掛かる。

 

「どうだココ」

「うん。足のバネが熱で変形しちゃったみたい。バネさえあればすぐに直せると思うけど」


 自分の手元を覗くアキツにココは答えたが、


「ああ、いいわ、直さなくて」


 少女は言いながら携帯端末を取り出すと、どこかへと連絡をする。


「え?」

「前から新しいのが欲しかったの。ちょうどいいわ」

「でも……」


 すぐに直せるのだ。そう、数十分くれればダメになった部品を取り替えられる。このロボットはまた動くことができるのに。しかし、すでに少女の目は壊れたロボットを見もしない。


「問題はこの荷物ねぇ」

「俺が運んでも構わないが」

「あなたが?」


 言ったのはアキツで、少女はアキツを見る。

 荷物を運ぶのに顔は関係ない。まあ……いいに越したことはないけれど。

 背は高い。しかし着ている赤いコートが大きいせいもあるかもしれないが、体格はどちらかというと細いように思える。

 少女は苦笑した。


「嬉しいけど、到底無理でしょう?」

「荷物の中身は何なんだよ」


 クナイが小柄な自分では、すでに見ただけで動かすことすら無理と悟るその荷物。大きなだけではなく重そうだ。


「ロボットよ」

「……あっそ」


 先ほど新しいのが欲しいと言った口で、あっけらかんと言う少女の答えに、聞くんじゃなかったというようにクナイの顔が歪む。


「一人で持ち上げられるような物じゃないわ」


 しかし、アキツは荷物の下へと手を差し入れた。


「問題ない」

「ちょっと、止めときなさいよ」


 止める少女の目の前で、大きな荷物の片側が地面から浮いた。持ち場所を考えているようだったアキツは、地面から浮いた荷物の下に体を潜り込ませる様にすると、自分よりも大きなそれをゆっくりと頭上に抱え上げた。

 ポカンとしながら荷物を見上げる少女に、アキツはいつもの口調で聞いた。


「どこへ運べばいいんだ」

「……驚いた。なんて力なの……」

「どこへ運ぶ」

「え、あ、ああ……私の家よ。こっち」


 荷物を掲げるアキツを先導するように少女は歩き出した。周りの人が驚きの表情でアキツを見ている。それはそうだ。はたから見れば、アキツは人間と変わらないのだから。

 クナイは呆れたように溜息をついた。


「まったく、面倒くせぇ。まぁ、どうせ街からは出られないんだしな。……おい、ココ。あいつ行っちまうぞ」


 見ればココはまだ壊れたロボットを見下ろしていた。


「うん。今行く」


 ココは先に行ってしまったアキツを追って歩き出した。ココが一度振り向くと、少女が呼んだのであろう回収業者が、クレーンで壊れたロボットを持ち上げていた。乱雑にトラックの荷台に放り込まれたロボットは、もうロボットではなくただの鉄屑のようだった。


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