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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
三話・ナマエ
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Act・7

【Act・7】


 日が暮れ、窓からの景色がすっかり暗くなっているのを見たアキツは、部屋のドアを開け居間にトンボの姿を見つけた。

 いったい、いつ帰って来たのか。トンボは椅子に座りぼんやりと床に視線を落としている。


「帰っていたのかトンボ」


 声を掛けるとハッとしたようにアキツを見るが、その顔はどこか青ざめている。


「顔色が悪いな。どうした」

「アキツ……」

「トンボが帰ってこないから、いつもの時間に先に食事はしてしまった」


 時計を示しながらアキツは言った。腹が減らなくても時間が来たら食べる。それが約束だったから。


「はは、そっか。偉いぞ」


 トンボは笑ったが、その顔を見てアキツはトンボの前に座った。


「どうしたんだ。泣きそうだ」


 するとトンボは、そのアキツから顔を逸らすように深くうつむいた。


「悪いアキツ。俺は……俺はやっぱり自分の自己満足のために、お前の面倒をみていたんだ。そうすることで、自分の罪が少し許される。そんな気になっていた。お前はあいつに似てたから」

「あいつ?」

「三年以上前のことだ」


 そう、もう三年経った。

 そして、まだ三年しか経っていない。


「エリア5で、俺が殺した子供のことだ」

「……殺した」


 トンボは顔を上げ、アキツを見た。


「エリア5、俺たち第三部隊はそこで西軍の部隊がキャンプを張っているとの連絡を受けて、その近くの廃屋の並ぶ町にキャンプを張った」


 瓦礫ばかりで、町の人間はすでにどこかへ移ったか殺されたか、誰もいなかった。いないはずだった。

 なのに、そいつは現れた。


「お前よりもっと幼かったんだけどな。西側の奴だか、東側の奴だかは知らない」


 まだ小さな子供に、西も東も関係ありはしない。あの時もそう思った。

 もし生きていたなら……そう、今のアキツくらいの見た目に成長していたかもしれない。


「そいつは俺たち部隊の兵士に、煙草やらガムやらを売りに来てた。辛気臭い戦地で、おかしなくらいニコニコとよく笑う奴だったよ」


 隊長であるトンボにも煙草を差し出し、煙草よりチョコレートはないのかと言ったトンボに、変な隊長だと言いながら。


「それが何日も続いた。次第に親しくなっていったのは無理ないだろ?」


 何度か注意はしたのだ。こんな所へ来るべきではないと。

 その口調が強いものにならなかったのは、その笑い声に自分も他の兵士も穏やかな気持ちを思い出せるから。


「あの日もあいつは、いつものように俺たちの所へ来ていたんだ。そのとき、敵の奇襲攻撃にあった。俺はそいつの手を引いて走った。でも」


 耳にいつまでも残る銃声。壁や地面を弾いて飛び交う銃弾。視界を奪う砂煙。いつも笑っていたそいつがおびえた顔をして、しがみついてきた腕の感触。

 トンボは自分の手を見た。


「敵に応戦するとき、俺はそいつの手を離しちまったんだ。気づいたときにはどこにもいなかった。慌てて探したが見つからない。名前を呼ぼうとして……初めてそいつの名前をまだ知らなかったことに気づいた」


 聞く必要はないと思っていたから。

 敵との距離はどんどん縮まり銃撃が激しくなる中、名前も知らないそいつの姿を必死で探した。


「俺は隊員たちに指示を送ってから、敵の隠れていそうな建物へと向かった。二階への階段を上がろうとしたときだ。後ろで駆けてくる足音がして、俺は振り向き様に発砲した。味方は俺の指示で、みんな移動したはずだったからな」


 あの軽い足音が、敵兵のはずがないじゃないか。

 何度後悔しただろう。


「それがその子供だったのか」

「きっと、俺を見つけて駆けて来たんだ……タキが次の指示を出さない俺を心配して見に来るまで、俺はその場を動けなかった。死体なんて見慣れたと思っていたのに」


 もう二度と笑わないそいつを連れて行こうとして、タキに置いて行くように言われた。

 子供とはいえ、人一人を担いでしのげるような状況ではなかった。トンボには自分の部下を導く責任があった。


「俺は離隊して戦場から逃げ出した。そんな俺の前にお前が現れたんだよ、アキツ」


 傷つき笑うことすらしない目の前に現れた、自分が殺した子供によく似た少年。


「お前を助けることで、あの時の償いをしている気分になっていたんだ」

「それは、いけないことなのか」

「え?」

「事実、俺はトンボに助けられた。それは……いい事のはずだ。俺を助けたことで、トンボがまた苦しむことはない。たとえどんな理由であってもだ」


 トンボにどんな事情があろうと、アキツは手当てを受け、寝床と食事を与えられた。むしろそれで償いをしている気分というものを、本当にトンボが得られるならば、それはそれでいいのではないか。


「そうだろう?」

「アキツ」


 そのとき、ドアを激しく叩く音がした。


「トンボ! トンボいるか!」


 聞えてきたのはタキの珍しく取り乱した声。


「どうした」


 ドアを開けるとタキは一度アキツに視線をやり、それからトンボに詰め寄った。


「お前、基地で何か見たか」


 その言葉にトンボの顔つきが緊張感を持つ。


「お前も呼ばれたのか」

「すまない。何も知らない振りが……できなかった」

「お前は悪くない。きっと俺の反応がおかしかったから、タキで確かめたんだ」


 言うトンボの声は先ほどまでの情けないものではなく、かつて軍人だった頃のような強さがあった。トンボは近くにあった鞄を手に、アキツの肩を掴んだ。


「アキツ、ここを出るぞ」

「なんでだ」

「ここにいたら危ないんだ」


 急かすようにアキツを促すトンボをタキが止める。


「トンボ、お前までいなくなったら、あいつらはさらに疑う」


 表で車が止まる音がした。

 タキがカーテンの隙間から外を見ると、数人の兵士がジープから降りるところだった。


「もう来たか……地下通路から行け。ここは俺が時間を稼ぐ」


 タキは部屋の灯を消すと、ドアに身を寄せた。


「頼む。行くぞアキツ」

「アキツ、元気でな」


 部屋を出ようとするアキツに向かって一言、そう言うタキにアキツは頷いた。

 裏口の敷石の隣にある鉄の扉を開けると、下へと降りる階段に足を掛ける。地下通路というより下水道なのだろう。歩くと水の跳ねるそこを、トンボの後に続いてアキツは走った。

 トンボは危険だからと言う理由以上のことを話すことはなかった。

 やがて上へと上がる梯子が見えるところまでやってくると、トンボは自分が着ていた上着をアキツに着せ、持っていた鞄を肩に掛けさせた。


「あのマンホールを出ると隣街まですぐだ。駅に行って列車に乗れ。ここからもっと離れろ、いいな」

「わかった」

「俺、お前を人間にしてやるって言ったのにな。ごめんな。俺は一緒には行けない」

「どんな教え方よりも、トンボを見ていれば人間というものがどんなものか、よく分かった」


 そう言って躊躇ためらうこともなく梯子を登り始めるアキツに、トンボは言った。


「アキツ! 絶対……絶対に人間になれよ! 約束だからなっ!」


 下からそう掛けられた言葉に、トンボを見下ろしアキツは言葉を返す。


「ああ、約束だ」


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