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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
三話・ナマエ
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Act・6

【Act・6】


「その後しばらく、俺はトンボに世話になったが、半年ほどたった頃――どうしたクナイ」


 話をしながら歩いていたアキツは、自分のすぐ脇を歩いていたクナイの姿が見えなくなり、足を止めて振り返った。クナイはというと線路の隅に座り込んでしまっている。

 歩き続けた線路の上。道は草むらを抜け、大きな川を渡る鉄橋の上へと差し掛かったところだった。


「疲れたんだよ。ずっと歩きっぱなしだったんだからな!」


 痛む足をさするクナイをアキツは見下ろす。


「立て。日が暮れてしまうぞ」


 その淡々とした口調が、疲れたクナイの神経を逆撫でる。


「ロボットのお前は疲れてなんかないだろうけどな。俺は人間なんだ!」

「この鉄橋だけでも渡りきった方がいいと思うが」


 アキツは長い鉄橋に視線をやった。 橋の終わりは遥か向こうで、この調子で歩いていれば何分も掛かるだろう。しかしクナイは腰を上げない。


「嫌だ!今すぐ休む!」


 別に我侭を言いたいわけではない。ただアキツのことがちょっと気に食わなかっただけ。


「おい」


 アキツが何か言いかけたとき、


「あたしもちょっと疲れたよ、アキツ」


 聞こえたココの声に、ストンとアキツは自分も線路脇に腰を下ろした。


「休むぞ」

「何だよっ。その変わり身の早さは」


 トンボの教育は確かに、ちゃんと身についてはいるようだ。ココはそのアキツの隣に疲れた足を投げ出し座る。


「トンボっていい人なんだね」

「そのままトンボって奴に、人間にしてもらえば良かったじゃんか」


 膨れてそっぽを向くクナイ。


「トンボと別れたのは半年ほどたった頃だった。あの日、トンボは朝から出掛けていた――」




◆◆◆◆◆



「ん? なんだトンボ、出掛けるのか」


 タキはトンボの家に向かう道の途中、丁度トンボ本人が歩いてくるのに出会った。トンボはタキの顔を見ると目を逸らす。


「ああ、ちょっとな」


 何か歯切れの悪い物の言い方だ。何か後ろめたいことでもあるのだろう。分かりやすいにもほどがある。


「なんだ、そのちょっとってのは」

「ちょっとはちょっとだよ」

「そうか」


 タキは少し意地悪く目を細めると、トンボの家に向かう足を進めた。


「アキツに言っておいてやるよ。お前はいかがわしい所へ行きましたってな」

「お前なぁ……」


 ときどき融通の利かない友人にトンボは肩を落とす。タキなら本当に言いそうなところが嫌だ。

 そして帰って来た後に、アキツにその“いかがわしい”について質問されるのも嫌だ。聞いた答えに対し、気まずそうにしたりなどの反応が得られるならまだともかく、あの無表情で納得されたりするのは、自分の方が何かいたたまれない気分になる。

 

「わかったよ。呼ばれたんだよ」


 渋々出掛けることになった理由を口にすると、タキは足を止め振り返った。


「呼ばれた?」

「軍からお呼びがかかったんだよ。トンボ元第三部隊隊長なぁんて言われちゃってさ」


 冗談めかして言うトンボに、タキは眉を顰めトンボの姿を見た。


「その格好で行くのか」


 トンボの格好はいつも鉄屑拾いに行くときと変わりない、着古しくすんだ赤いコートに、カーゴパンツという姿。一言で言えばみっともない。


「なんだっていいだろ。俺はもう離隊したんだ」


 面倒臭そうにトンボは上着のポケットに手を突っ込んだ。


「お前は優秀な軍人だった。もしかしたら……」

「俺はもう軍人にはならない」


 タキの言おうとしたことを察して、トンボはそれを遮るようにはっきりと言った。強く決してぶれないその声に、タキもそれ以上を言うことはできない。


「そうか」

「ああ。……そうだ、タキ」


 トンボは真剣な口調で何かを思い出したように言葉を続ける。


「なんだ」


 タキが次の言葉を待つと、


「アキツがな、一人で寝て一人で起きられるようになったんだぜ! 偉いだろ!」


 意気揚々と口から出てきたその内容に拍子抜けする。

 確かに、眠いという感覚も持ち合わせていないアキツにとって、眠ることと、その眠りから自主的に目覚めることは、少し難しいらしいとは聞いていたが。


「馬鹿親か……お前は」




◆◆◆◆◆



 トンボは町の外れで来ていた迎えの車に乗せられた。とは言っても小型の四輪駆動のジープの後部。運転席とは布で仕切られ、窓にも覆いが掛けられていてどこを走っているのか、分からない。

 一時間以上は走っただろうか。車を降ろされたトンボは、背中に棒でも入っているのではないかと思われるような、やたらと姿勢の正しい若い兵士に連れられ、軍の施設の内部に入った。ちらと見えた施設を囲む壁は高く厚そうだ。

 兵士は廊下の突き当たりにある扉の前に来ると、さらに姿勢を正し言った。


「トンボ元第三部隊隊長がみえました!」

「通せ」


 重い響きのある声がして、扉が開かれる。


「久しぶりだな、トンボ」


 軍服に身を包んだ体躯のいい男が机の上で両手を組み、トンボの姿に一瞬苦笑いの表情を浮かべながら言った。


「お久しぶりです。大尉」


 特に緊張するでもなく、トンボはそう言いながら部屋に入った。


「早いものだな。お前が離隊してもう……」

「三年半になります」

「そうか。まったく情けないな。あれからずっと、西とは睨み合いをしているだけのままか」

「できればこのまま、この戦争が終結してくれればと思っています」


 離隊したとはいえ元軍人の、それも大尉に対する言葉にしては、不適切と思われるトンボの発言だが、大尉は可笑しそうに肩を揺らした。


「相変わらず、思った事をすぐ口にするな」

「すみません」


 謝るその言葉も、すまないと思っていやしないことは明らかだ。


「なあ、トンボ。部隊に戻る気はないか」


 大尉は席を立ち、トンボの前へと来る。


「ありません。俺にはもう、軍人としての素質はかけらも残っていませんよ」


 トンボの今日のみすぼらしい格好も、それをわざわざ示す意図も含んでいるようだ。


「そうか、残念だ。実に残念だよ」


 トンボの態度に気を悪くした様子もなく、それを楽しむかのように大尉は言うと扉へと向かった。


「まあ、今日はお前に見せたい物があってな」

「見せたい物?」

「お前の率いていた第三部隊は実に優秀だった。隊長だったお前には、ぜひ意見を聞きたい。お前は私と違い部下の信頼も厚く、戦場という場所で一番厄介な人間というものの扱いが上手かったからな」


 ついて来いと言う様に、大尉は部屋を出た。

 トンボの部隊は人数も少なく、装備や武器も優遇されない小さな部隊だったが、その活躍は他と比べ目覚しく、特に部隊自体の被害が最も少なかった。

 トンボにとってあの戦争は国のために命を落とすものではなく、自分たちや大切な者たちが、これから先も生きていくための戦いであった。たとえ戦うことを誓った人間であろうと犠牲者が多くては意味がない。

 そこが、この軍の上に立つ者たちと、トンボの考えが少し違うところだった。 


 黙って大尉の後ろをトンボはついて行った。

 長い廊下には窓もない。青白い電光がわずかに足元を照らしている。

 いったい何を見せようというのか。

 厳重に閉ざされた扉の前に立ち、何重にもなっていると思われる防犯装置を解除する大尉をいぶかしげにトンボは見た。


「準備がだいぶ整ったのだよ。苦労して、ようやく計画が形になったのだ。さあ、見てくれ」


 誇らしげな大尉に、トンボは前に進み開かれた扉の中へと入った。

 廊下とは違って、一瞬目を細めるような眩しい人工的な光の下、両目に映し出されたそれにトンボは息を呑んだ。


「これはっ……」


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